廃墟の屋上。月はあの時、己を照らしていたモノと変わらない。
 変わってしまったのは自分。今、自らを捕らえている状況。
「どうしよ…。また……『発作』起こりそう……」
 笑う。自らを抱きながら。
 真実に気づいてしまったあの夜から、『発作』は治まったけれど。
 同時に、涙も失ってしまった。
「あの人は…どんな気分だったんだろ?ダミーとはいえ、オレの死を見た時」
 妙な気分だった。
 まるで本当に自分が死んでしまった気がした。
 ココにいるのは霊魂か何かで、自分の死を見つめている様な気分だった。
「生きてるって何かな…?今のオレより…、お前の方が生きてる気がする……」
 星は綺麗に輝く。そのいくつが、他の光を受けて輝くモノだろう。
「気持ちいいな。今夜の風は」
「!」
 シャルの胸が、高く波打つ。
「姿を見ないと思ったら、こんな所にいたのか」
「団長……」
 優しく微笑みながら、クロロはシャルの下へと近づいてくる。
「どう…したんですか?みんなの…トコに……いなくていいんです、か…?」
「そうだな…。どうしてだろうな。まだウボォーの事が、気にかかってるのかもな」
 はぐらかす様に、クロロは笑った。
「そういうお前は?」
「え?あ………」
 答えに迷う。
「お前もウボォーの事が気にかかったんじゃないのか?
 お前とウボォーは仲が良かったからな」
「さぁ…。オレ、団長が思っているよりもずっと、冷たいから……」
「そうか?」
 少し不思議そうに、クロロはシャルを見つめた。その隣りに並び、同じ風を受ける。
「そうですよ。ゴミ掃除してる時…パクにも言われました。
 『アナタもウボォーとは仲が良かったのに、泣かないのね』って。
 ちょっと、からかう様にでしたけど」
 口元に手を当て、シャルは笑う。
「オレ、何て言ったと思います?」
 嘲る様に笑う。
「オレとアイツの関係は相互応酬的な物。
 見返りを期待した、互いに互いを利用しあう仲。
 だから、それを悲しくは思っても、泣いたりなんかしない、って。
 そう…答えたんですよ」
 バカだな、と思った。
 こんな、自分を貶める様な事を言って。
「パクは…『強いのね』って笑ったけれど……」
 その言葉を受けた時、違和があった。
「オレはそんなに強くない……」
「どうして?」
 笑顔の中、クロロは真剣に、シャルの瞳を覗き込む。
「オレは…弱いんです…。涙を流す、強ささえ無い」
 言うほどに自らを追い込んでいく。贖罪を、求める様に。
「泣かなかったのは、それほど悲しくなかったからじゃありません」
 とても切なく、誰もを悲しみへと誘う声が発せられる。
「泣かなかったのは、泣けば…その場に倒れてしまいそうだったからです。
 倒れて、もう2度と立ち上がれなくなりそうだったから」
 瞳から、引き裂かれそうな心の悲鳴が伝わってくる。
「ね。弱いでしょう?クモとして失格なほど」
 どこまでも、自責にかられたその微笑み。
 クロロの視線から逃れる様に、シャルは俯く。
「良いんじゃないか?弱くても」
「………?」
 クロロの口調は、信じられないほど、優しかった。
「オレは、弱いお前が気に入ってる」
 驚きに顔を上げたシャルを迎える、クロロの微笑み。
「というより、自分は弱いと認めた上で強くなりたいと願うお前が、だな」
「団長…?」
「重要なのは、強くなりたいと願う心だ。
 完全な強者は、痛みを感じなくなってしまうからな」
 らしくない事言ってるな、とクロロは少しバツが悪そうな表情を見せた。
「だから」
 真っ直ぐに、シャルを見つめる。
 クロロの瞳の中に、シャルは自分の姿を確認出来た。
「泣きたいなら、好きなだけ泣けばいい」
「でも、オレは……」
 シャルはその言葉を悪くとってしまう。
 立ち上がれなくなってしまえば、もう、クモではいられない。
 自分をクモから除いてしまいたいのか、と。
 そんなシャルの不安がわかったのか、クロロは笑った。バカだな、と言いたげに。
「倒れそうになったら、オレが受け止めてやる。
 倒れてしまったらその手を取って、無理やりにでも立ち上がらせてやる」
 その言葉のどこに、ウソがあっただろう。
 その笑顔はシャルに、『確信』を教えた。
 クロロはそ…っ、とシャルの頬に手を添えた。
「オレが、支えてやる……」
 囁きかける。その口唇がシャルの口唇に重ねられる、ほんの直前に。
「―――――」

 シャルの瞳から、一粒の涙が零れた。

「あっ、あれっ?」
 幾度拭っても、シャルの涙は止まらない。
「お、おかしいな、何で……?」
 本人の意思を無視して、涙はシャルの顔を濡らしていく。
「何でだろ?あれ…ッ?あ…。何で……?」
「シャル」
 呼ばれてシャルは顔を上げる。
 クロロの深い色の瞳が、全てを見透かしてくる。
 先ほどと同じ微笑みで、クロロが少し腕を広げる。
「支えてやる」
「…………」
 封じ込めて、永遠に忘れてしまおうと思った感情。
 その感情が、堰を切って自己主張を始める。
「団長……ッ!!」
 シャルはクロロに抱きついた。
「ぅ…ッ、ああぁぁぁ…ッ。うぅッ…ぁ、は、ぁあ…ッ」
 その胸に顔をうずめて、子供の様に、シャルは泣いた。
「オレ、ッ…オレ、アイツに謝らなきゃならない事、たくさんあったのに…ッ」
 何も言わず、クロロはシャルを抱きしめる。
「アイツは優しかったのに。あたたかかったのに」
 自分とは違う。
 心のない冷たい人形の様な自分とは違って、あたたかかったのに。
「オレ、最後までアイツを利用してた…ッ!」
 何度だって自分を責める。
 それしか、出来ない。
「分かっているさ、ウボォーは。
 アイツはそんな事でお前を責める様な、そんなヤツじゃない。
 お前に謝ってもらいたいとも、思ったりしない」
「でも、オレの心は…ッ、本当に残酷で、冷たいから……ッ」
「どうして?」
「オレは結局、自分の事しか考えてないから……」
 クロロは、子をあやす様にシャルの髪を撫でる。
「お前は冷たくないよ。だって今、泣いてるじゃないか。アイツの為に」
 シャルは、首を振って否定する。
「違うんです…。泣かなかったのは、もっと残酷な理由から……」
 涙を流したくなかったのは、立ち上がれなくなるから。
 けれど潰されそうだったのは、悲しみの重圧にではない。
「オレ、アイツに嫉妬したんです」
 シャルは、思い出していた。
「ノブナガがアイツの為に泣いた時、オレ、アイツに嫉妬したんです」
 羨ましかった。
「自分の為に泣いてくれるヤツがいるアイツが、どうしようもないほど羨ましかった」
 シャルはより強く握りしめる。クロロの、コートを。
「だから絶対にアイツの為に涙は流さないと、流したくないと、本気で思った」
 つぶされそうになるのは、自らの愚かさに。
 どこまでも優しかった仲間に対する、自らの冷酷さに。
 いくら人を殺めても、感じる事のなかった、罪の意識に。
「だってアナタは、オレが死んでも泣いてくれないと思ったから」
 クロロにもたれた身体を起こし、意を決して見つめる。
 訴える。自らの足で立って。
「シャ…、!」
 クロロの首に腕を回し、自ら抱き寄せキスをする。
「オレ…ッ、アナタが好きです……ッ!!」
 身を焦がすほど渇望していたモノは、自分にだけ欠けている。
 そんな思いが、あの時シャルに悲しい嫉妬と憤りを与えた。
 クロロは、シャルを自らの胸に抱き寄せる。抱きしめて、何処か切なげに囁く。
「知っていたさ」
「!?」
「知っていたから、何も言えなかった」
「団長……」
 シャルは再び顔を上げる。確かめようと、クロロを見つめる。
 クロロは、微笑んでいた。声色と同じ切なさで。
「お前は、勘違いをしてる」
 自らの存在を刻み付ける様に、シャルを強く抱きしめる。
「お前が死んだら、オレは泣くよ」
 止まらぬ涙が、シャルの頬を絶え間なく伝う。
「ほん…、とう…に、ですか?本当に……オレの…、為に……?」
 ああ、とクロロが頷く。
「当分…そのつもりはないけどな」
 脳裏に浮かぶ、死の一節。
「オレはもう……誰の為にも、涙を見せたくない」
 いつだって、遺された者だけが悲しい。
「だん…ちょう……?」
 クロロの様子の変化に、シャルは心地良い痛みの中で戸惑う。
「お前は死なない。必ず、オレが死なせない」
 それはどこか、己への誓いに似ていて。
「団長……」
 不安げな、シャルの呼びかけにクロロはハッとする。
 憂いを越えて、クロロは微笑む。
「大丈夫だ」
「え…?」
 改めて、変わらぬ想いを伝える。
「お前は、冷たくなんかない」
 自らの腕の中に確かにいる真実をシャルに実感させようと、更に強く抱いて。
「少なくとも、こうしている間は」
 風が、、、変わった。

『泣かないで』

「シャル…」
 大切な、大切な宝を扱うかの様に、クロロはゆっくりとシャルを倒していく。
「オレには、お前の悲しみを消し去る事は出来ない…」
 人形の様に、何の抵抗もなく床に寝かされるシャル。
 その身の上に、クロロは両手両膝をついて覆い被さる。
 涙に濡れるシャルの頬に、片手を添える。親指で、涙を拭ってやる。
 すぐにその親指を、涙が濡らしてしまうけど。
「けれど、忘れさせてやる事は出来る」
 シャルの口唇に、己の口唇を落とす。
「でも…誰かが来たら……」
 優しい微笑みを答えに、クロロはシャルの心配を打ち消す。
「それがどうした?」
 シャルは自らの中で、心が目覚めていくのを感じた。
 人形が人へと命吹き込まれた瞬間を、確かに感じさせられた。
「いえ…」
 束の間の忘却。
 それでも構わない。
「何でもありません……」
 シャルは強く、クロロを抱き寄せた…。

END


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・後書き
 恥ずかしいです。何故、このようなものを書いたのか。(書きたかったからだろうが;)。
実はコレ、ネタはなんと!4月下旬に浮かんでいたりします。
そして初の2ページSS。流石に長すぎると思ったので;
ネタの段階で、そんな気はしてましたが。
 
ごめんなさい。すみません;
更新直前まで、UPするかどうか胃が痛くなるほど悩んでました。(半実話)。

 タイトルもラストも違ってたりします。団長、人間的にちょっとヒドい人でした(笑)。
でも推敲後も、ヒドい人なのは変わってないかも;オイオイって感じで。
その分、ウボォーが良い人に見えます(笑)。マチも。
 時川の考えるシャルの危うさを書いてみたかったのです。
危うすぎな気が、今から思うとしなくもないです。
シリアスだとシャルがこうなってしまうのは何故でしょう?時川の趣味?
けどシャルが幸せになれそうな終わり方だとは思うのですが。
つ、次こそシャルが真に幸せなシリアスを…。(何度この誓いをしたことか)。

 「KISS OF LIFE」
(平井堅)は歌詞が好き、というか団シャルに聞こえたのでセレクト。
幸か不幸か、この曲に出会わなかったら書き上げなかったかもしれないほど、この話からは
ほとんど手を引きかけてました。5月上旬ごろまで。
 「あのバカ愚者・時川の書く駄文だからな」って感じで、広い心で受け止めてください;
皆様の反応が、ある意味1番恐いSSなので。怒らないで下さいね

以上、小心者の時川でした!(逃)。