「Secret Love」

 その日。土曜日の午後。部活を終えて、
「はぁ…ふぅ……」
 忍足は悩んでいた。
「どないしたらええんやろ…?」
 悩む。はっきり言って『苦悩』で済まない程、悩んでいた。
「絶対、用意せなあかんよな…」
 部室で一人、頭を抱える。
 それは昨日の事、

「忍足」
「んー?」
 帰り支度中、二人きりの部室で忍足は跡部に声をかけれられた。
「十月四日が何の日か、覚えてるよな?」
「……金曜日」
「は?」
「十月の第一金曜日。ドラえもん放送日。もしくは金曜ロードショー」
「オイ」
「あと鰯の日で北島三郎の誕生日だったりする」
「侑士!!」
 思いっきり、忍足を睨みつける。
「……わかってるて。跡部の誕生日…やろ?」
「わかってんなら、最初からわかってると言え!」
「んな事言われてもやな…」
 誕生日を素直に祝いたい相手であれば、話は別だったのだが。
「忍足」
「何?」
「別にプレゼントは期待してねぇからな」
「は?」
「その代わり部屋を取った。俺を祝いに来い」
「部屋!?」
「そうだ。しかもキッチン付きだ。嬉しいだろう」
「な、何が…?」
「照れんなよ。この俺を手料理で祝えるんだ。嬉しくないはずがねぇだろ」
 忍足の気持ちを(相変わらずだが)勝手に決め付け、満足そうに笑う。
「そう言う訳で、プレゼントに物は期待してねぇからな」
「は、はぁ…」
「無理して高い物とか買う必要ねぇぜ。値段は関係ない」
(それって…)
 物も期待していると言うのでは?と、内心疑問。
「じゃ、楽しみにしてるぜ」
「いや、あの…ッ」
 けれど忍足に困惑を訴える暇も与えず、
「今日から一週間は、一人で帰ってやるよ。準備が必要だろうからな」
 ご機嫌よろしくご帰宅なされたのでした。
「嘘やろ…」

 

 …と言う過程を経て、現在に至る。
「参ったなぁ…」
 跡部へのプレゼント。
「何がええんかなぁ…?」
 ホテルに泊まるのはまだ良い。元々恋人同士だ。覚悟をしていなかったと言えば、嘘になる。
手料理にしても、好物を並べてやれば良いのだし。
「跡部、何が欲しいんやろ…?」
 欲しい物は、既に何でも手に入れてそうな男だ。
 今更自分が何か買った所で…意味らしい意味があると思えない。
「う〜〜〜ん……」
 悩む。跡部が喜び、かつ跡部がまだ持っていない物などあるのだろうか。
「……そや」
 思い出して、忍足は顔を上げる。
「樺地!おるやろ、樺地!」
 扉へ向かい、声をかける。
「…………」
 待ってみても静寂のみ。だが、
「そこにおるのはわかってんのやから、大人しく出てき。跡部には言わんから」
 忍足は呼びかける。でも、
「…………」
 やはり静寂。
「俺、今までだって跡部に言った事ないやろ?」
 続け様に、
「樺地ー。出てけへんのやったら、俺、泣いてまうで?ええんかなー?跡部の恋人泣かせても」
 卑怯だとはわかっているが、声を投げかける。と、
「ウ、ウス……」
 扉が開いて、予想通りの人物が姿を見せた。
「相変わらずご苦労様」

 付き合いたての頃は、何故跡部が自分の行動を逐一知っているのかわからなかった。
その場に跡部がいる時はまだしも、いない時でも。
 ずっと必死に考えて、忍足は一つの結論に出た。

『樺地を付けていたのだ』と。

 あの跡部なら、純粋な樺地を言いくるめて自分に付かせる事など容易い。
 気付いた時は酷い頭痛がしたものだ。
 部長のくせに純粋な可愛い後輩に何させとんねん、あのアホ!?と。

「樺地、付き合え」
「?」
「もうすぐ跡部の誕生日やろ?」
「ウス」
「跡部が何持ってて、何持ってないか…て、あんまようわからへんねん、俺」
 つまり、いつも跡部の側にいる樺地への協力要請だ。
「俺と跡部が付き合ってんの知ってんのは、お前だけや。やから今日、俺と一緒にデパート行って欲しいんや」
 ねだる様に笑顔を浮かべ、見上げる。
 樺地なら、跡部の機嫌を損ねる事もない。
例え『他の男といたか?』と聞かれても、『いいえ』としか正解が無いのだから。
「樺地…行ってくれる?」
「……ウス」
「ありがと、樺ちゃん

 感謝の意を込めて、腕に抱きつく。樺地の純粋さを利用する辺り、自分も跡部と同類だと内心苦笑しながら。

 

 と、早速デパートに来た二人。
「どないしよ…か」
「ウス…」
 何を買えば良いのか。
『スポーツ用品店でも行ってみよか?』
『ウス』
 との会話から、スポーツ店に入ったのは良いが…
「リストバンド…じゃ、ありきたりやし、タオルっちゅーのもなぁ」
 棚から手に取っては、戻していく。
「樺地、何かええ案ある?」
『ふるふる』
「そっか…」
 考えてみれば、樺地も今年の誕生日プレゼントに迷ってるのかもしれない。
「樺地は去年、どんなの贈ったん?」
「……紅茶セット、です……」
「紅茶か…。なるほど、そっち方面もありか…」
 飲食系の方が楽かもしれない。と思ったものの、
「でも跡部先輩は……」
「うん?」
「跡部先輩は、忍足先輩から形に残る物が貰いたいと…言ってました」
「形に残る物?」
「見る度に、忍足先輩の愛がわかるから…と」
「あの男は…」
 呆れを通り越して感心する。どうしたら、そこまで『俺様』になれるのか。
「じゃあやっぱり、リストバンドとかか?シューズってのも有りやけど…」
 沢山あってもむしろ困る。特に後者。
「何かないかなぁ…」
 跡部が自分の『愛』がこもっていると判断し、更に持ってなくて、かつ喜んでくれる物。
「う〜ん…」
 悩む。
「ちょっと…他にも色々歩いてみようか」
「ウス」
 何もデパートはスポーツ店だけじゃない。
「服って手もあるもんな。うん」
 そう、自分を励ましてみた午後の忍足だった。

 駄菓子菓子(オイ)

「大丈夫…ですか?」
「……大丈夫や無いかも……」
 喫茶店。顔を両手で覆い、苦悩する忍足。
「服って…高いな」
 正確に言えば、自分が跡部に似合うと思える服が。
「絶対デートに着てくるやろし、それでなくても…しばらくは毎日洗濯&乾燥くり返し着続けるかもしれんから…滅多な物選べへんし…」
 嗚呼、苦悩。
(どうしてアイツはいつも、第一に俺を悩ませにくんの…?)
 本人にその自覚が無いから、余計に性質が悪い。
(いや、確かに『常時、世の為・人の為』な跡部なんて、死んでも見たないけど…)
 ある意味、史上最大のホラー。
「忍足先輩…?」
「ん?どした、樺地?」
「どうか…しましたか…?」
「あ!?い、いやいや!全然何も!」
 まさか『常時、世の為・人の為』な跡部を想像しかけ、更に気持ち悪がってたとは、
この純粋な後輩には口が裂けても言えない。
「それで…結局、プレゼントは……?」
「そーやなぁ……」
 はっきり言って、何が良いやらさっぱりだ。
「このまま考えとっても、時間の無駄遣いなりそーやしなぁ」
 悩む。跡部の機嫌を取れるプレゼントを。
(何より、跡部がどんなシチュエーションを期待してるかって事やな…。跡部の想像を読んで、色々考えんと…)
 そのまま、当日シュミレーションを展開してみる。
(まず跡部がソファーか何かに俺を抱き寄せて……で、しばらくしたら俺が料理を……)
 そこでハタと気付く。
「そうや、料理!料理があった!」
 突然顔を上げた忍足に、樺地が不思議そうな視線を送る。
「樺地、本屋!本屋行こう!」
「本屋…ですか?」
「そうや。本屋行って、当日のメニュー決めんと。ほら、ケーキとかも作らなあかんし」
 『普通』じゃダメだ。忍足はそう思う。
 確かに最初は、適当に好物を並べようと思った。
それに大抵の料理なら、当然の様に忍足は作れる。だからバリエーションだって大丈夫だと。
 だが気付いてしまった。跡部に作る以上、『普通』ではダメなのだ。
 ローストビーフにしたって、そのままではつまらなさ過ぎる。
単純に普通に好物を並べても恐らく、いや間違いなく跡部は喜ばない。
 それなら最初から自分の手料理ではなく、ホテルのルームサービスにしているはず。
(ってか……)
 自分で自分に呆れる。
(わざわざ苦労や手間を選んでやる程、アイツに惚れてるって事か……)
 あの超我儘に振り回され続けてるのに、どうしてそう思ってしまうのか。
「はぁ…やれやれ」
 勘定を済ませ、本屋に向かいながら、忍足はずっと呆れていた。

 

「え〜〜〜っと?」
 『料理』コーナーの前に立って、適当に本を物色。
「まずケーキ選びからにしよっか。樺地、自分は何ケーキが好き?」
「自分…ですか?」
「そ。参考までに」
 手に取ったケーキの本を開き、樺地に提示する。隣に並んで、一緒に見るよう手招きしつつ。
「あ
このボストンパイとか美味しそーやない?タルト・オ・フレーズも。見た目インパクトあって、
跡部好みかもしれんし。このシューロールも工夫次第ではイケるな…」
 先程までと異なり、今度は選択肢の多さに悩む。けどこれは、むしろ楽しい。
 はっきり言って、こうやって悩むのが買い物の醍醐味だ。
「チョコもえーな…
いっそ、フルーツケーキもなぁ。クロカンブッシュでもえーし。
なぁなぁ、樺地もそう思わん?」
「ウ、ウス…」
「そーやろ?絶対コレええよな。ババロア系も好きやなー俺

 心の底から、打って変わって忍足は笑顔で楽しみだす。
「見てぇな、これ。プリンベースのチーズケーキやって!ええなぁ…美味しそーや…。何食べようかな…」
 どうせ自分も食べるのだからと、ご機嫌に自分の一番食べたいケーキを探す。

 その後、ケーキが終わるとディナーのメニュー決めに、和食・洋食・中華とジャンルを変えていき、
忍足のご機嫌選択タイムは過ぎていった…。

 

 夕方。どっぷりと日が暮れて、
「ああ、あかん;メニュー決めんのに時間費やし過ぎた」
 余りにも『選択に悩む』という行為に没頭してました。
「ごめんな、樺地…。樺地の貴重な時間…俺の所為で……」
『ふるふる』
 構いませんと付け加えて、樺地は否定する。
「そっか……樺地はホンマにええ子やなぁ……」
 何やら改めて感慨を覚えたらしく、忍足は心で後輩に恵まれた事を感謝する。
「任せとき、樺地。樺地の誕生日の時は、すっごいもん作ったるからな。
その前のクリスマスも、樺地の好きなもん作ったる!!」
「ウ、ウス……」
 ペコと、樺地が頭を下げた。
「えーってえーって。もう、ホンマに純粋でええ子で…大好きやで

 本当は頭を撫でてやりたいがこの身長差だと格好悪いので、忍足は笑顔―とびきりの―だけにしておいた。
 跡部に見つかったら、二人共ただでは済まんなー…と軽く苦笑して。
「しっかし……なぁ?」
「結局、跡部先輩へのプレゼント…決まりませんでしたね……」
「そーなんよなぁ……」
 これでは一体、何の為にデパートへ来たかわからない。
「はぁ……」
 また明日、再びあの苦悩を味合うのか。流石に今度は、樺地を巻き添えに出来ない。
「はぁ……」
 また今夜も、安眠は遥か彼方。
「大丈夫ですか…忍足先輩……?」
「ちょっと…あかんかも……」
 樺地の心配に癒されつつも、出口へのエスカレーターを下る。
(はぁ…。何か無いかなぁ…?)
 その際も、目線は左右を忙しく。するとその時
(ん……?)
 忍足の視界に、とある店が。
「あれ?」
 慌ててその方へ向く。その文字を改めて読み、
「これや……」
「?」
「樺地、見つけた!」
 その笑顔は、あの日以来一番の、快晴スマイルだったと言う。

 

 月曜日。
「ふぁぁ〜…あ……」
 部室で一人、大きく開いた口に手をやり、それから眼鏡を取って涙を拭う。
「きっつ…」
 身体がだるい。
「忍足?」
「跡部……」
 カチャという音と共に部室に、跡部が入ってくる。忍足は伏しかけた身体を起こし、
自分をここまで追いやった要因でもある人物を見る。
「随分と疲れてるみたいじゃねーか」
「ちょっとな…」
「ちょっと?」
「ちょっと」
 ぶつかる視線。言葉無く互いに互いを瞳に映す。そして、
「そうか」
 忍足の視線から何かを感じ取ったのか、跡部は微かな満足を込めて笑った。
 恐らく『この俺の誕生日の為に』とでも思ったのだろう。今回に限り、その勝手な自信は正解なのだが。
「忍足」
「ん?」
 ご機嫌に、跡部が忍足の傍へと進む。
「あまり無理すんなよ」
「な!?」
 確かに自分から進んで苦労しているが、元凶がそれを言うか!?と忍足。
しかし当然、そんな思いが届く男ではない。
 本当に、何故こんな男に惚れてしまったんだろう。ふと、自分の趣味に自嘲した瞬間、
「ふぇ?…―――ッ!?」
 跡部に口唇を塞がれる。ぐいと腕を掴まれた認識と同時。
「ん…ッ…ふ、ん、んぅ……ッ」
 深く永い、跡部の口付け。
 すぐに、甘い息苦しさが忍足の神経を支配していく。
 そう言えば、キスは三日ぶりだったな…と久しく思う。
いや、一般だとそう思う程の期間ではないが、恋人が跡部なので仕方ない。
「…っは…」
 口唇がようやく解放される。潤んだ視界の先に、満足そうな跡部が見える。
「嬉しかったろ?続きは、当日にしてやるよ」
「ッ…」
 一瞬、首筋にもキスを落とされ、忍足の身体が震える。
「あ、跡部…ッ!!」
「じゃあな、楽しみにしてるぜ」
 パタン。
「…………」
 はぁ。ため息一つ。
「俺、やっぱ趣味悪すぎるわ…」
 呆れながら、けれどやっぱり、

「今日も徹夜になんのやろな…俺」

 結局は、もうどうしようもない位、惚れているのだから。

 運命の誕生日まで、あと三日。

END  

 

・後書き
 ……やれやれ。『あと三日』どころじゃねぇ!!!!(爆死)
とりあえず、跡忍バースデーSS前哨編です。

いや、書き始めた当初は、全然間に合うペースだったのですが…宍忍バースデーとかと重なってしまい…;;
やっぱり一週間で2本は無理…ではなく、ただ単に時川の激アホ度が露呈されちゃいました。
コレ書いてる最中に書きたくなったパラレル宍忍は、一夜仕上がっていたりするので;10月2〜3日に;(このアホ;)
 しかもコレ、跡忍ですか?(爆)いや、跡忍なんですけど…どっちかって言うと、『樺+忍』みたいな(^^;)

 あ。そうそう。樺地と言えば、「E.P」で明かせなかった謎がようやく明かせて良かったです
vv
跡部様が、ひたすら忍足の動きを把握してましたよね?(これも互いの呼称は違うものの、そこの設定は同じです)
そうです。樺地を、忍足に悪い虫が付かないかどうか見張りに遣わせていたんです(爆)
多分樺地には「忍足が心配なんだ…」とか適当な事言って、言いくるめたんだと思います。流石、帝王(待て)
 ちなみにケーキは、ちょうどチラシが入っていたのでそこからです♪嗚呼、私も食べたい…
vv

 それでは後書きもそこそこに、この辺で失礼させて頂きます。これから当日編執筆です〜…;
果たして侑士は何をあげようとしてるのか、久々の本格的?跡忍なので、頑張りま〜すッ!!!!(気愛!)でわ☆