「Any」

 最近、どうしても解けない謎がある。

 どんなに考えても、唯一の答えが見つからなくて。
 浮かんでは消える自分の答えが、

 全て間違っているようで。
 全て当たっているようで。

「なぁ」
「何だよ?」
 跡部の腕の中、忍足は遠くを見つめながら問う。
「何で、俺は跡部に抱きしめられてんの?」
「お前が俺の恋人だからだろ」
「ああ、そっか」
 そっけない返事に、跡部が軽い苛立ちを感じる。
「どういう意味だ?」
 今までだって何度もこうして、腕の中に収めた事がある。それなのに、と。
「何でもないよ」
「じゃあ何故、そんな事を聞くんだよ?」
「……俺にもわからへんよ」
 うつむいて、呟きにも似た小さな声で忍足が答える。
「何でやろね。最近、たまに何もかも全部、わからんようになる」
「何だよ、それ?」
「さぁ?それがわからんから、思わず恋人の機嫌を損ねる様な事、言ってしまうんやないの?」
 自嘲して、それから『ごめんな』と笑顔の種を変える。
 跡部の腕に手を添え、瞳を閉じる。

 一体いつから、答えが出せなくなったのか。
 いや、それは多分、あの最初の疑問が浮かんだ瞬間から。

『何故、自分はまだ、跡部の腕の中にいるのだろう?』

 だってそこは、いつまでも自分がいるべき場所ではないと思っていたから。
 だってそこは、単なる休憩所の様なものだと思っていたから。

 ただ疲れていた。
 他人の言葉や顔色、仕草から、『最適』を探す事に。

 相手が最も欲しがっている言葉。
 相手が最も傷ついてしまう言葉。

 たくさん、たくさん使い分けて、上辺ばかりで生きてきて。
 いくつもある『自分』の中で、どれが本当の自分かわからんようなって。

 ただ、疲れていただけやから。やから―――――。

「おい」
「!」
 その声に、忍足は現実に呼び戻される。
「行くぞ」
「は?」
 あれだけ強く抱いていた腕をあっさり放し、跡部が立ち上がる。
「行くって…どこへ?」
 二人は校舎の屋上にいて、今はおそらく五時間目の中頃。
「とりあえず、校外だ」
「校外って…」
「いいから行くぞ!」
 少し間の後、忍足は差し出された手に応えようと、手を伸ばす。
「わ!?」
 触れた瞬間、強い力で思いっきり引かれた。
「相変わらず強引やなぁ。転んでしまうやん」
「その時は抱きとめてやるよ」
 強い瞳で言い切って、自信に満ちた笑顔を見せる。
「…………」
「どうした?」
「いや、…ありがと」
「当然だ」
 上機嫌に、跡部は忍足の手を引いて歩き出す。
 そんな態度に一つ息をつき、素直に忍足も続く。
 必要以上に乏しい表情。時に無表情にも近いそれは、とても『恋人』に見せるものとは思えなかった。
 強引に跡部に手を引かれ、ぬくもりが伝わっても、忍足は微かにうつむいて、
跡部に隠れて辛そうな顔をしてしまう。
 何処にも、照れくささや気恥ずかしさと言った感情は見つからなかった。

 

 ―――誰でも良かった。

 嫌気や疲労を、癒してくれる相手であれば。
『跡部』やないとあかんかった訳やない。
 ただ

『俺と付き合えよ』

 その命令にも似た告白に、丁度良いと頷いただけやったから。

 いつでも断ち切れるチープな関係。
 利用させてもらう代わりに、跡部の所有欲を満たしてやればええ。
 そんな事を考えていた。
 そんな風に、あの時はまだ全ての問いに一つの答えを持っていた。

 けど傍にいる内、『跡部』を感じる内に、
 答えは消え、問いだけが残ってしまった。

 問いの海に溺れて、いつまでも跡部を断ち切れんで、
跡部の前でどんな顔をしたらええのかわからんままに、傍にいる。
 手を握られんのが辛いのに、振り払う事もせず、振り払おうとも思わず、
 このまま時間が止まればええのにと、、、何故か願うばかり。

 俺は、一体どうなってしまったんやろ―――――?

 うつむく忍足を横目で見つめ、けれど無言で跡部が前を向き直す。
「忍足」
「ん?」
「いや……」
「何やの?はっきり言ってや」
 顔を上げた時、忍足は表情を笑顔に変えていた。
「……お前って、わかりやすいな」
「は?何それ!?意味が見えてけぇへんのやけど?」
「そうだな」
「………?」
 こんなに傍にいるのに、足を踏み出す毎に跡部がどこか遠くに行ってしまう気がした。

 

「うっわぁー」
 高台から街を見下ろして、忍足が感嘆の声をあげる。
「たまには高い所から見下ろすのもえーなぁ」
 簡素な手すりに腰掛けて、ミニチュアの街に背を向ける。
「跡部も、こっち来たら?」
 歩道を挟み、木にもたれる跡部に声をかける。木陰の下で腕を組み、髪を初夏の風に任せている跡部。
「忍足」
「?」
 呼びかけに応じる素振りを見せずに、跡部が顔を上げた。
「もう、終わりにしよーぜ」
「え?」
 それは、風の悪戯の様に聞こえた。
「な、何…?」
「『恋人』を解消しようと言ったんだ」
「―――――」
 忍足の表情が、驚きに染まる。
 いつかはと、初めから覚悟していた事だったのに。
「何…で?」
「お前が、笑わねぇからだ」
 簡単に跡部が言う。
「ずっと傍にいても、……置いても、お前はちっとも笑わねぇだろ。作り物ばかりで」
 忍足を真っ直ぐ見据えて、跡部が続ける。
「初めはそれでも良かった。お前が作り物の表情ばかりなのは、わかってたしな。けど…
俺といると、お前は辛そうな顔をするようになった」
「それは…」
「いつまでも笑ってくれねぇ奴と一緒にいても、仕方ねーだろ」
「ぁ……」
 知られていた。全て、初めから全て、彼は自分の事を知っていた。
知っていて、それでも尚、傍に置いた。
 そう思うと、忍足の中でまた問いが増えていく。
「今日の誘いは…それを言う為やったの?」
「いや。途中から…悩んだ。らしくなくても」
 静かな声で跡部が答える。
「だから手ェ繋いだんだよ。そうすりゃ、少しはお前の気持ちがわかるかと思ったからな。
………バカみてぇだろ」
 前髪を掻きあげ、跡部は自嘲して笑った。
「笑って良いぜ、ガキみてぇだって」
「そんな事は…」
 言いかけて、忍足は続く言葉を押し留める。
 この結末こそが、かつて自分が望んでいたもの。優しい言葉など要らない。
あの時の本音を、告げてやれば良いのだと。
「そっか」
 忍足は軽く笑った。
「俺も十分慰めてもらったし、好きにしたらええわ」
「忍足…」
「自分、ええ『恋人』やったよ。普段の態度からは予想つかへん位、優しくしてくれたしな。
色んな事わかって、それなりに楽しかったわ」
 残酷に、彼が被害者なのだと教えてやる。
 最低な自分を教えてやる事で、忍足は跡部を完全に断ち切ろうとする。
「それに跡部だって、俺の事が本気で好きやった訳やないやろ。
こんな俺を、自分の物として…飼い慣らしてみたかっただけで。オトし難いの程、攻略してみたくなるもんな」
「テメェ…」
 跡部に瞳に、明確に怒りが宿る。
「そんな風に思ってたのか?」
 心のどこかで、また問いが生まれた。けれど忍足は懸命にそれを無視する。
「そうや。悪いな、こんな最低な『恋人』で。でも、自分の征服欲は満たしてやったと思うで?
少しは楽しめたやろ?」
「ああ」
「!」
 忍足の心が跳ねる。跡部の瞳は、自分の全てを見透かそうとしている様に思えた。
 問いが一斉に目覚める心地がして、忍足は瞳をそらしてしまう。
「悪くなかった。お前の言葉で、一喜一憂する程にな」
 平静通りの声で跡部は淡々と告げる。
「それがお前の答えなら、もう話す事は何も無い」
(答え―――――?)
 跡部の言葉に、忍足が戸惑う。

 そうだろうか。望んだ唯一の答えは、これだっただろうか。

「じゃあな」
 木から、跡部の背が離れる。
 彼の足が踏み出され、地面を鳴らす。
 遠ざかろうとする音は、忍足にとって制限時間を刻むシグナル。

 

 答え。
 答えを出さんと。早く、全ての問いに答えを見つけんと。

 俺の答えは、跡部と別れる事?
 そうや。それが、跡部にとって一番ええ事やから。
 こんな俺とずっとおるより、もっとええ相手が絶対跡部にはおるから。

 じゃあ、別れを切り出したのは何で俺やないの?
 どうして跡部に見抜かれてる事を気付けんまま、ここまで来てしもうたん?
 ずっと疑問を抱いてたくせに、それでも跡部の腕の中に居続けたんは何故?
 跡部の言葉が、己の征服欲を満たす為だけの物やったと、まだそう思ってる?

 触れられて苦しかったのは、辛くなったのは?
 笑顔を演じる事さえ難しくなっていったのは?
 跡部の事、そんなに嫌やった?

 俺が望んだのは…本当に、本当にこんな結末か―――――?

「あ……」
 忍足の胸が痛む。先の瞳が、何度も忍足に問い掛け、彼の中をかき乱す。

 違う。止めろ。嫌や。
 答えは、答えは一つしかないんやから。
 俺は跡部を利用してて、俺はちっとも跡部の事なんか好きやなくて、
いずれ終わる関係が今日、断ち切れただけや。
 だってそれは、跡部の為に最も良い事で。

 ……あれ?
 跡部の為?さっきも、跡部にとって一番ええ事って言ったな?
 俺の為やないの?俺の為に跡部の誘いに応じて、俺の為に傍にいたはずやなかった?

 嗚呼、どうしよ。
 何や混乱してきた。おかしい。こんな事、跡部の『恋人』になる前にはなかったのに。

 わからん。わからへんよ。
 どれが、どの答えがどの問いとペアなのか、わからへんよ、跡部。

 何考えてんのや、俺。
 跡部にあんな最低な事しといて、助け求めるやなんて。

 嗚呼、何で…何で今頃になって、やっと、一つだけ答えが見つかるん?
 あんなに、あんなに…傍にいたのに!!

 

「跡部!」
 音が、そこで止まる。
「ぁ…」
 続く言葉が浮かばすに、忍足は黙り込んでしまう。
「忍足…?」
 彼の普段と違う様子に気付いたのか、跡部が気にかけて声をかける。
「…………」
 何か話したくて、話せない。そんな様子に思えた。
「!」
 再び、足音が聞こえる。今度は、次第に近づく足音。
「どうしたんだよ?」
「え……あ……」
 目の前まで来られても、忍足には続ける言葉が無い。
「忍足?」
「…………」
 不安をいっぱいに映し出した瞳が、跡部を映す。
「どうし」
 途切れる、跡部の声。
 忍足が、顔を覗き込もうとわずかに身を屈めた跡部の、制服の袖を引き寄せ、口唇を重ねてきたから。
 予想外のキスに一瞬だけ驚いて、けれど跡部はそのまま忍足の好きにさせてやった。
 深く、永く、熱いキス。思い返せばそれは、忍足から求めた初めてのキス。
「…………」
 そっと、忍足が口唇を離す。
「跡部…」
「何だよ?」
「勝手やってわかってる。殴ったってええよ」
「だから何だよ?」
 ふと躊躇って、それでも忍足は跡部の瞳を見て、
「俺と、付き合うて」
 はっきりと告げた。
「俺は、跡部が好きやから」
「忍足…」
 都合の良い答えなど望まない。忍足には、ただ告げられた事が満足だった。
「ああ、ごめんな。袖、ずっと掴んだままで」
 笑って、手を離す。
「あんな、俺…答えがいっぱいあったんよ」
 意味のわからない跡部に、忍足は明かす。
「一つの問いに、一つの答えが見つからんかった。最初は、全部答えを持っとったのに。
跡部と一緒におる内、他人の事も、自分の事もわからんようなって、先が何も見えんくなった。
言い訳みたいやけど、それで笑う事さえ出来んようなったんやな」

 跡部の腕の中にいたのは、それが彼を利用した自分の義務だと思ったから。
 彼の望みを叶えたかったから。心地良かったから。

 触れられて辛かったのは、利用する自分に嫌悪し始めたから。
 罪悪感を感じていたから。触れられて嬉しいと思う自分が理解できなかったから。

 一つの問いに、無数にも思えるだけの答えが浮かび、それが不快だった。

 忍足は、全てを告白した。
「でもな、跡部が好きやって言うのは、やっと見つけた唯一の答えなんや」
「バカだな、お前」
「え?」
 驚いた様子で、忍足が跡部を見つめる。
「正しい答えが一つしかねぇって、誰が決めたんだよ」
「それは…」
「正否なんて、人によって違うもんだろ。俺たちが良いなら、どんな答えだって正しいんだよ。
例え、他の奴らがどんな文句つけて来ようとな」
 いとも容易く、跡部は自信に満ちた笑顔で言い切る。いかにも、跡部らしい言葉で。
「だからいくつあったって良いんだよ。無いより在る方が結構じゃねーか」
「跡部……」
 ひどく優しい声。そのどこにも、忍足を責める色は発見できない。
「何で…?」
 思わず、忍足は尋ねていた。
「何で、怒らへんの?『ふざけるな』って、殴り倒したってええやん?
俺、最低な事したのに、何で責めてけぇへんの?」
 その問いに、跡部は心外そうな顔をした。
「わかんねぇのか?」
 一つ、忍足が頷く。
「好きだからだろ」
「へ?」
 忍足から間の抜けた声が零れてしまう。
「俺がお前を好きだからって言ってんだ」
「嘘や…」
「何でだよ?ンなふざけた趣味持ってねぇぜ」
「だって…『跡部が好き』なんて結果論で…最初は本当に利用しようと…」
「それわかってて、利用されてやったんだ。この俺が」
「やけど…、!」
 今度言葉をさえぎったのは、跡部の方。
 忍足の頬を両手で捉え、その口唇を優しく強引に奪ってやる。
「うるせぇ…。俺が良いって言ってんだから、良いんだよ」
「跡部…」
 こつん、と額がぶつかる。
「俺がお前を好きで、お前が俺を好きだってんなら、何の問題もねぇだろ」
 触れる手が、忍足にとって今は歓喜を呼び起こす要因。
 あれ程の悩みが、急速に『納得』となって消えていく。
「細かい事を気にしすぎなんだよ、このバカ」

 ああ、そうか。
 とっても単純な事で悩んでたんやな。
 もっと早く気付けば、悩みはここまで膨らまんかったのに。
 跡部の俺を求める言動が、本当は、征服欲を満たす為やと思い込んでいた頃から、

 たまらなく嬉しかったんやって。

「バカやけど…付き合うてくれる?」
 精一杯の想いを乗せて、初めて浮かんだ心からの笑顔を贈る。
 跡部もご機嫌な笑顔を覗かせ
「当然だろ、バーカ」

 もう一度、今度こそ求め合って口づけを交わす。
 しっかりと跡部の首に腕回して、抱き合って。
 問いも答えも全て消して、ただ真実だけが残るように。

 やっと、本当の恋人になれたのだから…―――――。

END  

 

・後書き
 えっと…リクSSです。リクされた方に大変申し訳ない駄作ですが、東雲ろろ様のリク、
『跡忍』に応えてみました!!
あ…いえ、「どこが!?(呆)」ってその気持ちは重々承知してます(爆)スミマセン、中途半端で…;(爆死)

 今回はタイトル通りに進行しました!はい、「Any」
(ミスチル)通りに!!(爆)
タイトル悩んでた時にCMで聞いてメロディだけ気に入ってたんですが、
その時は「曲想爽やかだし、歌詞次第では宍忍になるんじゃないか?」と不安がってました。
でも歌詞聞いて、「イケる!跡忍でイケるよ!!」と即採用!勝手に主題歌です!(えぇ!?)
 で、その歌詞から内容全部組み立てたので、歌詞見ると「こいつ、ここからパクったな;」とすぐ理解
(オイ)
特に真っ先に頭に浮かんだのは、忍足の『袖掴みキス』です。
『「愛してる」と君が言う 口先だけだとしても たまらなく嬉しくなるから』より。
このシーンの為に書いたと言っても過言ではない位、このシーンしか思い浮かびませんでした。
 いかに時川が歌詞からパクったか知りたい方は、『歌詞検索』で歌詞検索サイトを探してみて下さい…;
 内容は…雰囲気重視の為に、あんまり関西弁じゃなかったりしますけど、侑士…(自覚済み)

 えと、こんなバカが書いた駄文ですが、バカなりに頑張ったので、
ほんの少しでも楽しんで頂けたらと願ってます
でわ☆