「恋のマイレージ」 その日、彼は正レギュラーを落ちた。 「はぁ…」 晴天の屋上で一人、影に入って膝を抱いて闇を背負う滝。 「おい」 「え?」 突然の声に振り向くと、 バシィィイィンッ!!!! 「うわぁあぁぁぁッ!!!?」 一斉にテニス道具一式に、物凄い勢いで襲われた。 「自分の荷物位片付けていかんかい、アホ!」 「忍足…」 荷物の下敷きになったまま、自分を見下ろす彼の名を呼ぶ。 「ほら、さっさと起き」 「忍足が打ち倒したんだけど…?」 「避けれんかったお前が悪い」 「うぐ…」 不機嫌MAXの忍足に、滝が語気を奪われる。 「でも嬉しいなぁ、忍足が来てくれて」 「おい!」 しかしめげずに泣きつき、忍足を抱きしめる。 「離れぇ、暑苦しい!!」 「じゃあ、何で来てくれたの?愛しい俺の為じゃないの」 「アミダや」 「へ?」 忍足の左手が、滝の肩を握る。 「アミダクジで、俺がお前の残した荷物を持っていくハメになったんや!!!!」 バシッ!!!! 「ぎゃんッ!!」 言葉と共に、忍足は右手に持っていた花束でしがみ付く滝をはたいた。 「ひ、酷い……」 再び床に崩れ落ちる滝。 忍足もその近くに腰を下ろす。 「ほれ。渡すの遅れたけど、餞別」 そう言ってぐしゃぐしゃになった菊の花束を、滝に差し出してやる。 よく見ると、花束をまとめるリボンは白と黒だ。 「あの短時間でよく…」 起き上がり、一応滝は受け取る。 『餞別』の響きはまだ良いが、明らかにこれは葬式スタイルではないだろうか。 「あ、そうそう」 切ない滝を他所に、忍足はズボンのポケットを探っていく。 目当ての物を手にすると、 「ついでに退部届と退学届と国内退去通告v」 「悪魔だ、忍足」 更に忍足は、この状況でもドキvとなってしまう程物凄く綺麗な極上スマイルを浮かべていた。 「何言うん。今頃宍戸なんか、跡部らの提案で全体に思いっきり落書かれ、 『滝』のプレートの上に『宍戸』って殴り書いた紙切れをテープで貼った挙句、 中には菊の花と線香と長髪時代の遺影が待ち構えてるロッカー開けて、ビックリしてる所やわ」 「そっか、『忍足』じゃなくて『忍足たち』なんだ、悪魔…」 ほんの数十分前まで自分もその一員だったとは言え、彼らが無性に恐ろしく思えた。 「それより…さぁ」 「何や?」 けれどやはりめげず、滝は今度は横から忍足に抱きついた。 「慰めてよ」 「暑苦しい。離れ」 「酷くない、それ?」 「お前、自分がさっきまで試合してた事忘れてるやろ」 忍足が、思いっきり厭味を込めて返す。 「イーでしょ?俺、忍足好きだから気にならないよ?」 「あんなぁ…」 ぐ、と忍足が滝の髪を握る。 「俺が暑いねん!切れ、このうっとおしい髪!!」 「止めてよ、髪は男の命なんだからぁ!」 それ以前に忍足自身、人の事は言えない長さだ。 滝は口には出さず、もう一つ心で言い返しておいた。 「ったく…。あ、それで思い出した」 「何を…?」 漸く忍足から手を離されると、滝は涙目で髪に触れた。 強力に引っ張られ、かなり痛かった頭を撫でつつ尋ねる。 「宍戸な、あの髪バッサリ切ったんやで」 「え?本当!?」 「ホンマ」 そう忍足は頷くと、にっこりvと笑顔を見せる。 「えらい潔ぉ男気も上がって、めっちゃカッコよぉなったで。お まけにテニスも格段に強なったし」 「う゛…」 「俺、宍戸に交際申し込もうかな」 「えぇッ!!!?」 その言葉が、落雷となって滝を襲う。 「だって俺、テニス強い奴が好きなんやもん」 「そんな、忍足!俺がいるのに!?」 「俺、正レギュラーがええ。それから別に、俺とお前は何の関係もない」 「忍足ーッ!!!!」 三度目は正面から、思いっきり忍足に泣きつく。 「ええい、離れ!暑苦しい身体で暑苦しく泣きついてくんな!!」 「忍足、冷たい……」 「お前が暑いだけや!!!!」 「心が冷たい…。俺、忍足の事がこんなに好きなのに……」 滝はぐしぐしと忍足の身体に抱きつき、忍足の胸を涙で濡らしていく。 (神様、俺はこんな運命味わう程悪い事しましたか…?) 確かに誉められた人生では無いかもしれないが、犯罪に手を染めた事だってない。 至極真っ当な人生を送ってきたはずなのに。 「ほら…よしよし」 これで少しは落ち着くやろ、と忍足は鬱陶しいのを我慢して滝の頭を撫でてやる。 「嬉しい、忍足v」 忍足の予想通り、確かに滝の笑顔は戻ったが…益々忍足は強く抱きつかれてしまった。 「ほら。分かった、分かったから。お前のショックは分かったから」 「忍足…v」 「頼むから、そろそろ元気出して離れて欲」 「好きだよ、忍足v」 そう言うと、滝は頬擦りまでしてくる。 はっきり言って、滝は嫌いじゃない。 だが試合直後の汗をたっぷりかいた身体でこの初夏の午後に抱きつかれ、 おまけに長い髪が汗ごと頬に触れて来た日には、不快指数が上がっても仕方がない。 むしろ許されると忍足は思う。 (そもそも、負けたコイツが悪いんよな……) 苛々。 あまりの暑さにそこまで考えが至ると、どうしようもなく忍足は憤慨を感じた。 「もっと慰めて」 「嫌や」 「え…」 「俺は、恋人にするならテニス強い奴がええんや」 はっきり苛立ちを込めて、冷たく言い切る。 「俺は…?」 「眼中にすらない」 「え!?」 ショックを受ける滝を剥がし、忍足はそっぽを向く。 「お前と付き合う位やったら、正レギュラー全員と六股がけしたるわ」 「酷いッッ!!!!」 「酷ないわ。曜日ごとに相手変えて、週一に休みとってサイクルすれば、楽勝やわ」 「じゃ、じゃあせめて…その休みの日に俺と……」 「嫌やっての!そんなに恋人の一人にして欲しかったら、高校で頑張り。 高校でビックリする位強くなったら、付き合う事を考えたるわ」 「そんなの最低約十ヶ月無理だよッッ!!!!」 「知らんはそんなの」 つーん。 「うぅ…。俺、心のHP(ヒットポイント)が0になる勢いで傷ついたよ……?」 「勝手に傷つけや」 「酷い…。俺、死んじゃうよぅ……」 「自殺でも何でも勝手にしろ。と言うより…」 キッと、忍足が滝を睨む。 「むしろ死ね!!!!」 「ッ!!!?」 間。 「…ッ、………ッ…ッッ……!」 声を殺し、滝が泣く。 「…………」 絶望着込んで滝は涙し、その姿に忍足は呆れた。 「……ッ、ッ……ッ……!!」 えうえうと、滝は泣き続ける。 「オイ、滝」 「うぅ…お、忍足のバカ……」 「誰がバカやねん!!!!」 「な、慰めてくれたって良いじゃない…!」 「そんなん嫌や。負けたのはお前が弱かったからや」 「良いよ、良いよ別に……」 滝は、思いやりの欠片も無い忍足から投げつけられる言葉に、半ばヤケになった瞳で顔を上げた。 「遺書の一文に『二人のあの愛に満ちた夜は永遠だよ、侑士』って書き添えてやる」 「すまん、言い過ぎた」 即行で、謝罪する忍足。もちろん、心からとは言い難い。 「じゃあ…慰めてくれる?」 「嫌や」 間。 「酷いー!!今、『言い過ぎた』って謝ってくれたくせにーッッ!!!!」 「アホッ!それとこれとは話が別や!!」 忍足は急いで立ち上がり、また滝が何か面倒を言い出す前に彼を置いて去ろうとする。 「ま、待って!」 ガシ。忍足の足首に、滝の両手が絡みつく。 「……。放せ」 「忍足……」 忍足は強引に引き抜こうとしたが、滝があまりに強く握ってくるので、ろくに動かない。 「放せって言うてるやろ」 「忍足」 「…………」 地を這い、しっかりと忍足の足首を掴み、 そのまま長い髪の隙間から赤く腫れまくった涙目が忍足を見上げる。 「…………」 「…………」 そして、二人の目が合う。 「忍足ぃいぃぃいいぃッッ!!!!」 「放せ、ショート貞子!!!!」 この瞬間、忍足は本気で恐怖を覚えたという。 「俺には忍足だけな」 ドゲシッ!!!! 奇妙な鈍く低い音が、一度だけ周囲に響き渡った…。 −−−−− 「―――――と、言う訳で」 正レギュラー用部室。 一層の闇を背負い込んでえぐえぐと涙する滝に、忍足は疲れ果てていた。 「滝を静かにさせる方法をご教授してもらいたい次第や」 「はぁ…」 正座して、忍足は元滝のペアである鳳に頼み込んでいた。 ちなみに、つられて鳳も床に正座をしている。 「こんなん頼めるの、鳳しかおらんから…」 消去法を使うまでもなく、忍足には鳳しか選べない。 「頼む!後で…えと、あの…どんな事でも……」 「忍足先輩の頼みじゃ、断れないっすね」 鳳は、にこvと優しくOKを送る。 「え…、ホ、ホンマに…」 あまりのあっさり具合に、忍足は思わず身を引いた。 しかし鳳は笑顔のまま頷く。 「ええ。任せて下さい、忍足先輩」 ぽん、と鳳が忍足の肩を叩く。 それから滝の元へ近づくと、 「滝先輩…」 優しい口調と微笑で、そっと落胆する滝の両手を取る。 「鳳…」 その温もりに感動し、滝が顔を上げる。 「お願いですから…」 鳳は、誰が見ても好意を抱くだろう微笑を滝に向けていた。 滝が、その硬く閉ざされた心を開きかけた瞬間、 「消えて下さい」 「「え?」」 今の流れでは予想もつかない言葉が、滝と忍足の耳に届いた。 「正レギュラー落ちた方がこの部室にいるってだけのも問題なのに、 その上周囲を気まずくさせるなんて…はっきり言って迷惑です」 鳳は尚も笑顔できっぱりと言い続ける。 「ですから身の程を弁えて、とっとと消えて欲しいなぁって思います」 にこにこv 「…………」 その笑顔と言葉のギャップに、滝は石化し、次には砂と化してサラサラ流れっていった…。 −−− ズゥウゥゥン…!!!! もはや奈落を背負い込んでいるとしか思えない落胆具合で、滝が落ち込む。 「鳳…?」 「『静かにさせる方法』って言いましたよね?」 「そりゃ言ったけど…」 確かに滝から泣く気力さえ奪ってしまったから、物凄く静かにはなった。 「それに跡部先輩が滝先輩を静かにさせるには、 『よりキツい事言って、ドン底まで叩き落とすのが一番なんだよ、バーカ』って言われてたので」 「なるほど…」 「ちなみに『毒舌集ノート(跡部監修)』がありますけど、見ます?」 「いや、ええ…」 暇やな、正レギュラー、と――自分そうなのだが――忍足は呆れた。 「滝…その、な。元気…出せや」 「忍足…」 追い詰めた一人は自分なのだが、忍足は何だか滝が可哀想に思えた。 同情し、自分でも最上だと自覚できる程優しい声をかける。 しかしそれが鳳にも伝わったのか、鳳が笑顔を消した。 「忍足先輩」 「え?あ…―――――」 「ッ!!!?」 滝の目が丸くなる。 予想外の光景が、滝の目の前にあった。 その余りに衝撃に、滝の意識は強制的にドン底から引き上げられる。 彼の目の前で、なんと想い人が元ペアに口唇を奪われていた。 「@◆※♂〒!!!?」 絶望も忘れて、混乱する。 滝の視線と驚愕が十分に注がれたのに感知して、鳳は忍足から口唇を離す。 滝は忍足の反応が気になり、見上げた。 きっとツッ込むか怒るかするに違いないと思いきや、 「鳳…人前ではせぇへんって…頼んでたやん……」 先程までの強気はどこへやら。 忍足は途端にしおらしく頬を赤く染めてしまう。 他にも口唇に指を当て、恥ずかしげに顔を背けてつつも目線は鳳に――という純情ぶり。 「でもその頼みを聞くとは、言ってませんよね?」 「せやけど…」 「先輩こそ酷いじゃないっすか。俺以外の男に、無防備な優しさ見せるなんて」 冷たさを交えた笑顔を浮かべ、鳳が忍足の顎を捕らえて固定する。 「傷ついちゃいますよ、俺」 「あ、ごめん…!そんなつもりは…あの、でも…」 忍足の表情が困惑で染まっていく。 しかし滝はそれ以上に、困惑していた。 「あ、あの…ふ、二人とも…?」 「ああ、滝先輩」 「な、何で……?」 二人を指す滝の指は、明らかに震えている。 そんな滝を見て鳳はにっこりv笑うと、己の腕を忍足の首に回してぐいと彼を抱き寄せた。 「実は俺たち、恋人同士なんです」 「そんなぁッ!!!?」 驚愕が、滝を襲う。 「嘘じゃありませんよ。ね、忍足先輩?」 「ああ…」 小さく、忍足が頷く。 そこにいるのは、間違いなく滝の知らない忍足であった。 「で、でで、でも!忍足さっき『宍戸に交際申し込もうか』とか、 俺と『付き合う位なら、バレずに正レギュラー全員と六股がけする』とか、 『高校で頑張ったら、恋人になってやってもええ』とか言ってたよね!!!?」 滝はムキになって叫んでいた。 正直信じたくなかった。 むしろ今なら、嘘だと言ってくれれば涙流して感謝さえしたって良い。が、 「あれ?忍足先輩、そんな事言ったんですか?」 楽しそうに、鳳は滝などお構いなしに忍足を見つめた。 鳳の言葉にびく、と忍足が身体を硬くさせる。 「それは単なる冗談で…!俺が、鳳以外の男と付き合おうなんて考える訳ないやん!!」 忍足もまた滝を忘れ、切なげに鳳へと訴えた。 だが鳳は爽やかな笑顔でそれをかわす。 「けど、滝先輩は本気にしちゃってたみたいですよ? 先輩の言い方に、問題があったんじゃないですか?」 爽やかではあるけれど、冷たさも感じさせる鳳の笑顔。 そんな笑顔で、鳳は告げる。 「今夜は、たぁっぷりお仕置きしないとダメみたいですねv」 「そんな…ッ!」 (ッ!!!?) 重く、二人の会話が滝を押し潰す。 「それは俺のセリフでしょう?俺の知らない所で、男ソノ気にさせるなんて」 「…、ッ…」 そう叱ると鳳は、再び滝に見せつける様に忍足口唇を奪う。 その光景に、滝はハートがピキピキとひび割れていく光景を思い浮かべていく。 「嫌だ…」 消え入る小さな涙声が、顔面蒼白な滝の口から紡がれる。 「嫌……」 一人蚊帳の外、おまけに会話から二人の関係が生々しく想像できる為か、生気まで失っていく。 「手錠とか使ってみま」 「嫌だ!止めて!!それ以上、大人の会話を聞きたくない!!!!」 耳を塞ぎ、号泣する滝。 そして、 「うわぁあぁああぁッ!!!!」 滝は泣き叫びながら、見事なまでの高速さで部室から駆け去って行った…――――。 滝萩之介。 たった常に同じ台詞しか口にする事を許されないまま、 正レギュラーの座も出番も恋さえも失った、恐ろしく哀れで不幸な氷帝メンバー。 この後、彼の姿を見た者は――数日間だけいなかったと言う……。 END |
・後書き(6月15日) 申し訳ございません;滝忍と言うか、滝→忍になってしまいました。むしろ鳳忍; 『自己中な滝と貧乏籤な忍足』というリクが守られているかも微妙です。 『優しくない鳳』は…優しくない以前に極黒だった訳ですが。 本っっっ当に申し訳ありませんでした!!!! 今回は宍戸レギュ復帰前後の話です。 何気に宍戸苛めも加えつつ滝苛めで構成したネタですが、昔のネタなので微妙ですね;。 題見れば分かると思いますが、らぐふぇあーのきょくです(変換しろ)。 これが新曲として流れてた時分のネタなので、滝が今と口調も性格違っていてスミマセン; でも滝忍という斬新?なCPを書けて、楽しかったです。良い経験させて頂きました。 本当に有難うございました。では。 |