「After the『Sugar Lady』」

 文化祭の代休を終えて四日、それでもまだ忍足はヘコんでいた。
 机に伏して、なるべく顔を見せないように。

 あれから今だにからかわれたり、廊下でサインねだられたり、2ショット頼まれたり、
下駄箱や机の引出しに男からのラブレターが入っていたり。
 忍足に『平穏』の二文字は訪れていなかった。

(ある種のイジメや…。訴えたら勝てるで、跡部に…)
 おかげで休み時間も極力机を離れないよう、努めるハメに。
 はぁ。伏したまま、忍足がため息を付いた時、
「なーにやってんだよ、お姫様?」
 ぽん、と何かで軽く頭を叩かれた。
 声の主はわかっていたので、伏したまま顔だけ相手に向ける。
「元気ねーの。ヘコみ過ぎじゃねぇ?」
 丸めた教科書を手に、目の前の席でクスクス笑う級友の姿。
少し長い前髪を上げる為の、幅が広めのヘアバンドが特徴な男。
「司…」
 疲れた声で、忍足は名を呼んだ。

 鴛枝 司
(Oshieda Tsukasa)

 己の直前の出席番号を持つ司とは何かと接触が多く、
今ではテニス部員を除けば一番では?、という程の友好関係を築く仲。
 まぁ、一番の要因は司の気さくで我を行く性格だ。
 何と言っても、あの跡部にさえ引けを取らずに言い返せ、
正レギュですら困難な『説得』を、数回に一回は成功させるという強者である。
 宍戸や向日が、何度「テニス部に入れ」と頼んだ事か。
「お前…あれでヘコむな言う方が無理あるやろ…」
「似合ってたんだからいーんじゃねぇの?自信持てばさ」
「出来るか、アホ…」
 顔を寝かせ、壁に向ける。こんな時、一番廊下側の列は良いものだ。
「なぁ、お姫様」
「何やねん…」
 少し声を苛立たせて返す。
「昼飯、おごってやろーか」
「は?」
「いつまでも落ち込んでるお姫様の為に、優し〜い俺が、昼飯おごってやろうか?って言ってんの」
「よぉ言うわ。何、企んでんの?」
 いつもゲーセン通いが祟って、「金欠」だとぼやいているくせに。
 司はガタとイスを動かすと、身体ごと振り返っている状態から、
忍足と向かい合える様に体勢を変えた。
「企んでるとは酷いんじゃねーの?俺は、お姫様にお礼がしたいだけでございます」
 冗談めかして、またクスクス笑う。
「『お姫様』は止めや。寒気がして堪らんのやから」
「これから暑い季節だし、ラッキーじゃん」
「オイ!」
 全くこの男は〜…と、思いっきり息をつく忍足。
「で?何、企んでんの?」
「別に。ただのお礼。お前には随分稼がせて貰ったしさ」
「は?」
 笑いながら、司は懐から一枚のディスクを取り出した。
「一枚千円」
「まさか……」
「そ。「シンデレラ」のムービーディスク」
 嫌な予感的中v
「ちなみにビデオの方は一本二千円な」
「聞いてへんわ!」
 思いっきり上半身起こして、机を叩く。
 だが司はそ知らぬ顔で笑顔のまま。
「大変だったんだぜ。報道部や映研から機材借りて、自宅に閉じこもって代休返上で編集だろ?
コピーガードもだし。大量に焼いたと思えば、注文殺到で徹夜コピーとかさ」
「やから聞いてへんって!!」
 あんな、人生最大に違いない汚点を記録したばかりか、売りさばくなんて。
 確かに歴代『演劇係』の演劇もビデオに残されてはいる。が、
ハンディカメラで簡素に撮られた適当な一本だけだ。
「いやぁ、もう、笑い止まんねぇ程儲かったんだよ。俺もある種、シンデレラ?って位に。ハハッ」
「お前…肖像権の侵害で訴えるぞ…」
「公開された物を記録して売りさばいただけだろ。それに、テニス部員も買っていったぜ?」
「マジで!?」
「ああ」
 あっさりと頷かれる。
「誰や!?誰が買うていったん!!!?」
「約二百人も名前覚えてらんねぇよ」
「嘘…」
 これだけでも、単純計算二十万の儲けである。
「あ、でも跡部と芥川と宍戸と向日と鳳と樺地が買ったのは覚えてる」
「鳳と樺地まで!?」
「そりゃそーだろ。尊敬する先輩二人が主演だってんだから。
真面目な長太郎クン&崇弘クンとしては買うだろ。つか、樺地に関しては俺が買わせた」
「オイ!」
 思わず司の胸倉掴んで、忍足がツッ込む。
「純粋な樺地を騙すなや」
「だって初めは、まさかこれ程大ヒットするとは思わなかったんだよ」
 忍足の手を外しながら、悪びれる事無く言う。
 しばらく収まっていた頭痛が甦るのを感じながら、忍足は力なくうなだれた。
「絶対、先生にバレて痛い目見るわ…」
 そしたらきっと、回収してもらえるはず。そう思った一縷の望みは
「多分、
榊センセも買ったと思う」
「え゛?」
「いや、二年の先生が職員代表でこっそり二十枚買いに来ただけで、正確にはわかんねぇけど。
結構な確率で持ってんじゃねーの?」
「…………」
 見るも無残に打ち砕かれた。
 司に頭を叩かれる前よりもっと、格段に落胆して闇背負って、
「昼飯、何食いたい?」
「一食だけで済むか、アホ……」
 忍足の声からは、完全に生気が消えていっていた…。

 

 昼休み。
 忍足は廊下を司と歩く。今だに視線がチクチク痛い。好意的な視線であるとはわかっていても。
「何が良い?千円まで、好きなだけおごってやるよ」
「ケチやな。いくら儲けてんの?」
「機材とか光熱費とかディスクやテープ代とか、出費もデカいんだよ。
レーベルにもプリントとかしたから、インク代もバカになんねぇし」
 どうだか、と忍足は呆れて見せた。間違いなく、相当には儲けているはずだ。
 と、そこへ
「何処へ行くんだ、二人で?」
「跡部」
 反射的に、司の背に隠れてしまう忍足。
 それを見て跡部は途端に機嫌を損ねる。不機嫌な表情を隠しもせず、司を睨む。しかし司は
「飯買いに行くだけだぜ。忍足におごってやる約束したからさ」
 見事に受け流した笑顔で、簡単に返した。
「何だ、そうか。で、忍足、いつまで司の後ろにいるんだよ?」
「いや、だって……」
 こんな人目のつく場所で、今話題の二人が揃ってしまったら…
注がれる視線も人数も半端なく増えていこうと言うもの。
 なるべく傍に立ちたくなかった。
「あ、そだ。跡部」
「何だ?」
「お前にも何かおごろっか?お前のおかげでもあるもんな」
「なっ!?」
 司の誘いに驚いたのは忍足。
 本当に熱が冷めるまでは、出来れば一緒にいたくない男なのに。
「俺にお前がか?」
「そーそー」
 楽しそうに、司は明るい笑顔で頷いた。
「ほら、早くしねぇと売り切れっだろ」
 跡部の首に腕をかけて、ぐいと引き寄せる。
「行くぞ、べっち!」
「変な呼称で俺を呼ぶな!!」

「忍足も急げよ!」
「あ、ああ…」

 

 本当に、色々な意味でテニス部に物凄く欲しい人材だ。

 忍足も心から思う。
 勿体無いと、素直にそう思う。

 実際、司の運動神経は学年トップクラス。
 あの跡部ですらそれを認めたのだから、折り紙付きだ。
 もし入学当初から真面目にテニス部員として練習を積んでいれば…
 今頃、自分達と肩を並べていたかもしれない男。

(て、無理か)
 そこまで考えて、忍足は止めた。

 テニスだけではない。
 面倒だからと美術部ゴーストを決め込んでこそいるが、
 彼を欲しがっていたのは全運動部だったと思う。
 いや、美術の腕もそこそこで、美術部の顧問もその磨かれない原石に酷く嘆いていた。

 まぁ、ロードレーサーを夢見る男がその他に真剣に打ち込むかと言えば疑問で、
 例え入部したとしても、結果は現在と同じかもしれない。

「惜しい事したもんやなぁ」

 思いながら、忍足は二人の後を追った。

 

 数分後。屋上の、更に貯水塔の上に三人の姿はあった。
 人目をかなり気にするようになってしまった忍足を配慮しての校則破り。
配慮しなくても、ここであった可能性大だが。
「どうだよ?自分で稼いだ金で食う昼飯は?」
「勝手言うなや。司が許可なくやったんやないの」
「許可申請したら、許可したか?」
「する訳ないやろ、このどアホ!!」
 ベーグルサンドを頬張るのを中断し、心から文句を告げる。
「跡部ー、侑クンが酷い事言いまーす」
「何故、そこで俺にふる?」
「だって許可くれたのお前じゃん」
「ホンマなん、跡部!!!?」
 顔を真っ赤に、周囲に校則破りが気付かれる可能性も忘れて怒鳴る。
「何を怒ってんだよ?俺とお前の晴れ舞台を永遠に記録してやろうと言う、
この俺の素晴らしい考えがわかんねぇのか?」
「どこが『素晴らしい考え』やねん!!!?」
「大丈夫だ。要所要所は押さえつつ、肝心な所は引かせてあるからな」
「は?」
 自信満面、自分中心に跡部は笑う。
「完全版を持ってるのは、俺だけだ」
「カンゼンバン?」
 意味を理解しあぐねる忍足。説明を求めて司に顔を向ける。
「そ。完全版」
 そんな忍足に、ニッと司も笑顔を見せた。
「愛されてるよなぁ、お前。
大切なお姫様の、本気で可愛い表情は誰にも見せたくないんだとさ、王子様は」
「はぁ?せやったら…最初から許可なんか……」
「だから自慢したかったんだよな、王子様?自慢のお姫様を」
「当然だろ、バーカ」
 はっきりと真っ直ぐに言い切られて、
かぁぁ…と忍足の顔が紅潮する。
 司はその様子に、残りのパンを口に詰め込むと
「じゃ、俺は先に行くわ」
「何でだよ?」
「馬に蹴られたくねぇからじゃねーの?」
 立ち上がり、ジュースも全て飲み干した。
「それに、宍戸んトコに借り物あるし」
 零れる長い前髪を掻き上げ、
「後でな」
 身軽にそこから飛び降りた。

 呆気に取られる二人を残して。

 

「相変わらず…我を行くタイプやなぁ。誰かさんとは違う意味で」
「?」
(ああ、そうか。自覚は無いんやったな)
 気付かれなかった厭味に、ふぅ…とため息。
「忍足」
 跡部の両腕が忍足に伸びて、その身体を抱き寄せる。
「お前は俺だけのものだ」
「跡部…」
「だからお前の一番イイ所は、俺しか知らなくていい」
 勝手な男だ。でもだから、跡部らしいと…そう思う。
「アホか……」
 第一この束縛が、最近では嬉しさを呼び起こすものだから……どうしようもない。
「俺の傍を離れるな。ずっと傍にいて、俺だけ見てろ」
 抱きしめられたこの状態では、心臓が壊れそうな程波打っているのが、きっと跡部にも伝わっている。
 次にはどんな思い込みを言われる事か。
 わかっていても、忍足には解放を求める気は無かった。

 思い返せば、約五日ぶりのぬくもり。

 そう言えば。忍足は消し去りたかった台本の一節を思い出す。
「跡部」
「何だ?」
「『誓って下さい。気まぐれではない事を。一時の夢でない事を。今それだけが、私の望み』」
 顔の赤い忍足の微笑み。跡部は一瞬驚いて、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「『バーカ。後悔するなよ?』」
「ん……」
 そして二人は口付けを交わす。
 触れるだけの、優しいキス。
 永い時間、ぬくもりだけを味わいながら。

 静かにゆっくり口唇を離して、互いに顔を見合わせて
「ふ…っ、あははっ」
「クク…っ、ははッ」
 二人は声を出して笑い合う。

 どうしようもないこの恋は、
 慣れるまでがとても長い、時に苦くて、時に不快な

 とびきり甘い不思議な砂糖…―――――。

END  

 

・後書き
 えっと…何て言うか、決して「オマケ」じゃ済まない重さに……;(爆)
でもオマケです!「オマケ」と言うより……「『鴛枝司』宣伝作品」?

 本当に…最初はただの名も無き脇役だったのに…
時川さんが「この子、そう言えば跡部様をなだめてる…!!」と気づいてしまったものだから…。
そして『野村(仮)』となり、ようやく『鴛枝司』と言う名前を得たと思ったら…
出世しすぎだよ、お前!!!!(笑)

 そうそう。ここが一番重要な事なのですが、
セリフだけ見てると司はテンション高め?なジロタイプに思われるかもしれませんが、
全て軽く冷めた感じ?で言ってます。「侑クンが酷い事〜」も、一定の調子で高低なく。
テンションは…そんなに高くないです。明るい子ではあるけれど。
 でも跡部様の首に腕かけたばかりか『べっち』……恐れを知らない子だわ……;

 何だか司の設定公開SSなんで、跡忍が目立ってないですな…。
まぁ、だからこそ思いっきり最後をラブくしてみたんですけど。これで「Sugar Lady」でも大丈夫ですよね?(オイ)

 それでは、司をこれからもよろしくお願いします!!また…いつか使いたいと思ってますので。
あと、出張して欲しいって方も是非!!いつでもレンタルいたします!!!!(核爆)
もちっと詳しい設定は
に…。

 ではでは。自己満足259%なSSでした〜☆(太郎…確実に奴は買ったよな…。侑が危ない!!)

 

★鴛枝 司メモ★
・身長:178cm
・髪型:黒髪ショート(跡部様と同じ位?)・前髪は下ろすと頬に掛かる長さ
・好物:ラザニア・ポテチ(お好み焼きソース味)
・趣味:バイク・ゲーム
・特技:スポーツ全般・絵・体感ゲーム
・得意科目:体育・美術(両方とも実技のみ)
・部活:美術部(ゴースト)
・下の名で呼ばれる理由:苗字が『忍足』と似てて紛らわしい&本人の人間性
主な
からかいの正レギュ呼称(普段は苗字呼び捨て)
 跡部:べっち・景坊
忍足:侑クン 宍戸:亮クン ジロ:あっくん
 岳人:岳飛
(司曰く「歴史教科書で発見してピピッと来た」)
 鳳:ちょう太・長
樺地:崇弘クン (滝:萩介)
・交友のきっかけ:出席番号で忍足と並んだ事が縁で友人関係に。
 そこから正レギュ全員とも親しく気の置けない仲に発展。

 「こんなんじゃ、まだ足りない!」って方は、時川まで