11月21日。天根は、
「…………」
そわそわそわそわ。
どうしようもなく落ち着きが無かった。

   「ピュアラブ」

「明日だ…」
一人、誰もいない学校の裏庭で行ったり来たりを繰り返す。
「そう、明日」
時々テニス部員が天根に気づいては視線を反らすが、当の本人は全く気にしない。
「俺の十四回目の誕生日…

昨日までは上機嫌でテニスをしていたのだが、今日となってはそれすらも手に付かない。
もちろんテニスは好きだ。
だがそれ以上に、今年の誕生日は天根にとって意味が大きかった。
何故なら過去の誕生日には無かったものが、今年は在る。
『天根』
「嗚呼、日吉…
vv
それは、初めての恋人。日吉 若。
思い返せば氷帝との練習試合。あれが運命の転機だった。
日吉に出会い、目が合った瞬間に天根は一目で恋に落ちた。
それからというもの、暇を見つけては東京と千葉の距離を越えて日吉の下へ通い詰めた。
冷たくあしらわれ、罵られ、無視され、殴られ、踏まれ、
挙句にはストーカーだと警察に突き付けられかけても通い詰めた。
そうして通い始めて数ヶ月後、何処までも純粋一途に自らを想い慕う天根の姿に、
遂に難攻不落と思われた日吉の心は折れた。
自覚が遅かっただけで、実はとうに折れていたのかもしれない。

 『そんなに俺の事が好き……なのか?』
 『好きだ』
 『俺の事を何も知らず…好きになったくせに、か?』
 『でも今は知ってる』
 『……そうだな』
 『知って、もっと日吉が好きになった。日吉に嫌われてても、俺は日吉が好きだ』
 『…………別に、嫌いじゃない』
 『え?』
 『……良かったな。お前の勝ちだ』
 『え、そ、それって…。ほ、本当に俺と付き合って…くれる、のか?』
 『っ、聞くな!バカ!』


ちなみにその時の日吉の赤い顔は、今でも天根の脳裏に鮮明に焼きついている。
その後はしばらくニヤけっぱなしで、興奮から天根は寝る事も出来なかった。
夢じゃないかと頬を抓ったり、黒羽に思いっきりツッ込んでもらったりもした。
けど確かな現実として、晴れて二人は恋人同士。
「日吉と過ごす、初めての誕生日…

寒さ厳しいこの時分さえ、天根にとっては春真っ只中に感じられていた。
周囲に華さえ舞って見える。
「あ、そうだ。明日の約束の確認しとかないと…」
上機嫌のまま、天根は懐からケータイを取り出す。
即行で愛しの恋人の番号を押していく。
トゥルルルル♪
「うぅ……」
心臓がバクバクする。
早く出て欲しいような、出て欲しくないような。
ガチャ。
『何だ、天根?』
「あ、日吉
何で俺だって分かったんだ?愛?」
『…液晶に出るだろ。いつも以上にボケてるな、お前』
「そんな事ない」
実際はそんな事あるのだが、天根にはどうでもいい問題だ。
「それより日吉。明日の事なんだけど…」
『すまない。明日は急な用事が入ったんだ』
「え゛?」
『この埋め合わせは必ずしよう』
「いや、あの…」
全く予想外の言葉に脳が混乱する天根。
舞っていた華が、ピタと停止した。
「明日何の日か…分かってる……よな?」
『もちろんだ』
日吉の即答にほんのり安堵。だったが、
『良い夫婦の日だろ?』
「そう、良い夫婦の…って、えぇ!?」
『どうした、変な声を出して?言っておくが、勤労感謝の日は23日だからな』
「いや、あの…」
別に勤労感謝の日を一日間違えた訳じゃない。
そう言いたかったが、言葉は脳の混乱に遮られた。
「あの…あの、明日は……っ」
うっかり泣いてしまいそうな面持ちと顔で天根が切り出す。
「明日は俺の誕」
『すまないが、もう部活が始まるので切るぞ。またな』

ガチャ。
ツーッ、ツーッ、ツーッ…。

「生日……」
言い切れなかった言葉が空しい。
「…………」
舞っていた華は枯れ落ち、全て地で砂と化していた。

どん底。

今の天根は、まさにそれだった。
「うっ、ううっ…。日吉ぃ……っ」
学校の隅で天根は世界中の闇を背負って泣いていた。
遠巻きに見ても、はっきりと空気の色の違いが分かる。
「急用なら仕方ないんだけど…でも…」
くすん。
天根は膝を抱き、闇を背負って落ち込んだ。
「日吉……」
『天根』
「…………」
思い出の中の恋人の微笑みが、心を温めてくれる。
「そう…だよな。別れ話持ち出された訳じゃないもんな」
頷いて、天根は笑顔を取り戻す。
「それに日吉、埋め合わせしてくれるって言ってたし」
懸命に己に言い聞かせる。が、
「日吉ぃ……」
ぐすぐす。
天根の闇は、まだまだ終わらない。

−−−

数十分後。
「はぁ……」
天根は今だ暗闇を背負っていた。
「遅れてごめん、皆…」
「ぅわっ!…だ、ダビデどうしたの、その顔…」
その余りの壮絶さに、剣太郎が表情を引きつらせる。
「ちょっと……」
「悲壮感漂うねぇ。大丈夫?」
「うん…。有難う、サエさ」
「俺が寒くなるから止めろよ」
「……酷い」
いつものやり取りなので慣れてはいるが。
その時ふと、天根は思い出す。
「そうだ、サエさん」
「ん?」
「明日は俺の誕生日なんだけど」
「そうだっけ?」
「え?」
佐伯の反応に、思わず面食らう天根。しかし佐伯は気にしない。
「ハルー。明日ダビデの誕生日だってー!ほんとー?」
振り返り、約十数m先の黒羽へ問う。
「は?…ああ、そう言えばそうだなー!俺、忘れてたけどー!」
「分かったー!俺も忘れてたから大丈夫だよー!」
天根の前で、結構酷い会話が行われていく。
「って事で、俺もハルももちろん他の皆も忘れてた」
「酷い!」
心からの嘆きを叫ぶ。
「昨日の亮さんの誕生日は祝ったくせに…。
 淳さんのお祝いだって、ちゃんとルドルフまで届けに行ったくせに…」
涙目な天根に対し、佐伯はにこにこと笑顔のまま。
「仕方ないよ。二日しか開いてないんだもん」
「二日しか開いてないから、逆に覚えてるんじゃないの…?」
「だから仕方ないって。俺たち受験生」
「そうだけど…剣とか…」
ちら、とまだ側にいた剣太郎に視線を向ける。
彼は慌てて首を振った。
「ごっ、ごめん!僕も最近忙しくて。亮さんや淳さんの誕生日も、
 サエさん達から聞いて思い出した程だから…」
申し訳無さそうに顔を逸らす剣太郎。
「こら、ダビデ。剣を苛めちゃダメだろ」
「苛めた訳じゃないし…」
むしろこの場合、自分こそ佐伯に苛められていると思う。
「まぁ、何より三日間で三人祝う金銭的余裕がないんだよ」
「うぅ…」
本格的に髪もしんなりしてきた天根に、佐伯は明るい笑顔を贈る。
元気出せ、と落ち込ませた本人の癖にぽんぽんと天根の肩を叩く。
「じゃあ明日は無理だけど、明後日の23日に祝ってあげる」
「明後日?」
「ああ。急な話で今日はもう準備する時間無いからさ。
 だから明日皆で買出しに行ったり準備したりして、明後日祝ってあげる」
「明後日……」
色々と複雑なものを覚える天根。
祝われないよりはマシかもしれないが、そういうものではない気もする。
「じゃ、明後日ね」
「うぃ…」
元気のない声が、一つ零れた。

−−−

学校の隅。
再び天根は落ち込んでいた。
「俺、嫌われてるのかな…?それとも厄年…?」
恋人にも仲間にも誕生日を忘れられ、挙句に当日に誰も祝ってはくれない。
日吉からのメールさえ、誕生日を忘れられている以上は貰えない。
「あ、そうだ…」
ケータイを取り出し、ぽちっと番号を押す。
トゥルルルル。
『またお前か。どうした?』
「あの、日吉。明後日は……暇?」
『俺はそんなに暇ではない。明日も明後日も予定が入っている』
「そう…なんだ……」
結局、日吉にはどう足掻いても誕生日を祝って貰えない。
そう思い至ると、途端に寂しくなった。
「あのさ、日吉」
『何だ?』
「俺の事……好きか?」
『はぁっ!?そ、そんな馬鹿げた質問をする為に電話したのか!?』
「馬鹿げた事じゃない!俺はただ…っ!」
『その様な事をするお前など、俺は嫌いだ!』
「えっ…」
『もう、切るぞ!言っただろ!俺は忙しいんだ!』

ガチャッ!
ツーッ、ツーッ、ツーッ…。

「日吉……」
呆然と、電話を切られたにも関わらず、ショック優先でケータイを耳に当てたままの天根。
「嫌い…?」

『嫌いだ!』

「そんな……っ」
ガンガンと、頭で日吉の『嫌い』という言葉がエコーする。
「ひっ、日吉ぃー…っ!」
我慢していた涙が、堰を切って溢れ出した。

−−−−−

11月22日。
晴天ではあったが、天根の心は正反対に冷たく吹雪いていた。
天根は青空の下、一人街を歩く。
午前中に部活も終わり、何もする事がなくなっていた。
「誕生日なのに……」
独りだ。誰も祝ってくれない。と言うか、皆忘れていた。
家族はまだ祝いの言葉をくれたが、中2にもなる息子の為に誕生会など開かない。
恐らくプレゼントとケーキ、あと晩御飯が普段より少し豪勢な程度だろう。
それに明日は、一日遅れでも仲間がちゃんと祝ってくれるはずだ。
何だかんだ言って、毎年開いてくれる誕生会は楽しいし温かい。
けれどそれすら、天根は喜べる心情ではなかった。
「日吉……」
恋人は今、何をしているだろう。
こんなに好きなのに、どうして傍にいられないんだろう。
彼さえ傍にいてくれるなら、他の誰が祝ってくれなくても幸せになれるのに。
「会いたいな……無理だけど」
もし一日中部活があったなら、この寂しさを紛らわす事が出来たかもしれない。
暗い影を落としながら、天根はアテもなく足を進めた。

−−−

六角中テニス部室。
「ダビデ、凄く落ち込んでたねー」
「まぁ、誕生日忘れられてたんだしな」
「けど気づかない辺りがアイツだよ。本当に忘れる訳ないのにさ」
「でも…ちょっとやり過ぎだったんじゃないかなぁ」
以上、佐伯・黒羽・亮・剣太郎。
剣太郎の言葉には、樹と首藤も同意見だと頷いていた。
「えー。やり過ぎな方がいーよ。それに全員一致で決めただろー?」
「それは…確かに」
事実なだけに、黒羽も何も反論できない。
「じゃ、早く誕生会の準備でもしよ」
反論が無いのを良い事に、佐伯が笑顔で立ち上がる。
「じゃあまずはー」
コンコン。
「ん?」
その時、部室の戸が叩かれた。
相手が天根ではない事は間違いない。
彼に限らず全員が家族の様なこの部に、部室にノックなどして入る者はいないからだ。
「はい、どーぞ」
心当たりのある佐伯が、笑顔のまま扉を開ける。
「今日和」
「いらっしゃい」
相手の一礼に、も一つ笑顔。
「こっちは上手くいったからね、日吉くん」
「どうもすみません」
部室を訪ねたのは、天根に『急用がある』と告げたはずの日吉。
日吉は礼儀正しく挨拶を交わす。
「でもどうしたの?」
「はい。天根は何処にいるのかと思って」
「ダビデ?」
「はい。天根が何処にもいないんです。
 ケータイも電源が切ってあったのでまだ部活中かと思い、ここへ来たのですが…。
 部活、終わったばかりなんですか?」
「え?」
日吉の言葉に、一斉に首をかしげる一同。
「いや、部活終わって…結構経つけど」
「そう…なんですか?」
「家には電話したか?」
すぐに黒羽が確認する。
「十分前にしました」
「なら、もう家に着いてる時間なのね」
「じゃあ、もう一度今からかけてみようか。寄り道したのかもしれないし」
冷静に、亮は己のケータイを取り出し、天根の自宅の方へとかける。

実は六角メンバーが口を揃えて『誕生日を忘れていた』というのは、全くの嘘だ。
当然、22日には天根の誕生日を祝うつもりであったし、準備もしていた。
だが今年は、天根にとって今までのものとは全く違う誕生日となる事も彼らは知っていた。
それが、天根の初の恋人・日吉の存在。
けれど日吉をただ誕生会に呼ぶのでは面白くない。
そして彼らは、話し合う内に一つの考えに至った。
『今年の誕生日は、日吉くんと二人きりで過ごさせてあげよう』と。
そこでまず日吉にコンタクトを取り、
誕生日を忘れたフリと約束のドタキャンを頼んだ。
流石に日吉は、天根を騙す事や一時でも傷つける事に抵抗を覚えていたが、
説得係(佐伯&亮)が色々と理由をつけ、最後には了承させた。
また天根にも遠回しに『誕生日間近に“誕生日”を主張する事は最低だ』との、
誤った情報を叩き込み、天根が日吉に『22日は誕生日』だと告げるのを封じた。
(尚、純粋かつ単純な二人を操るのは容易だったと説得係は語っている)
つまり『22日は日吉と二人きり』、『23日は日吉を含めた全員』で、が彼らの計画。
ちなみに天根の喜びを増させる為に当日までは不幸のどん底を味あわせるというのは、
説得係の『ちょっと思いついたんだけど』によるオプションだったりする。

という訳で、纏めると天根への『誕生日ドッキリ☆』。
「…あ、はい。どうもー」
「亮、どうだった?」
通話を終えた亮に、すぐさま佐伯が問う。
「一度帰ってきたんだけど、すぐに着替えて出て行ったって」
「何処に?」
今度は剣太郎が尋ねる。
「行き先は言わなかったらしいけど『誕生日だから…』って一言答えたみたい」
「それはもちろん……あの表情で?」
「それで、未だにケータイの電源切ってるんだよ…な?」
「しかも旅行にでも行く様な大荷物持ってね」
「うわ」
お互い遠回しに、アイコンタクトも含めて一つの結論を導いていく六角メンバー。
彼らは一様に『面倒な事になった』という顔をしていた。
「それはどういう事になるんでしょうか?」
気まずそうな彼らに、唯一飲み込めていない日吉は不思議がる。
「…………」
無言。
「あの」
「…………」
「あの……」
静寂。
「どういう事でしょうか、黒羽さん」
「う゛!」
「よしっ!ほらね、俺やっぱハル指名だと思った」
「絶対バネさんかサエさんだと思ったんだよね」
「へ?」
また首を傾げる日吉。
彼らにしてみればなるべく自分の口から説明したくない結論だっただけに、
日吉の指名は『救いの声』だったのだ。
「あの…?」
「いや、こっちの話」
「とにかくハル、説明説明」
指名されなかったメンバーは、打って変わって笑顔だ。特に佐伯。
「えっと……その、な」
「はい」
黒羽は目を逸らしたい衝動と戦いながら、日吉の前に立つ。それから、
「ダビデは現在、消息不明って事だ」
頑張って口にした。
「えっ?」
きょとんっと、理解できなかったのか日吉が気の抜けた声を漏らす。
「だから…その、誕生日忘れられたのがショックで……な」
「はい」
「家出した…みてぇ」
「はい?」
「だから、家出で消息不明。まぁ、どうせ近くを」
「…………」
理解したのかその途中なのか、そこで日吉の反応が途絶える。
「ん?日吉?」
「…………」
「ひよ」
大丈夫か、と日吉の顔の前で手を振ろうとすると、
「どうしよう…」
日吉は俯き、長い前髪に表情を隠した。
「俺の所為だ。俺が酷い事を言ってアイツを傷つけたから…」
「いや、それは違うだろ。第一持ちかけたのは俺らで」
「俺がアイツの気持ちを考えずに断ったから、アイツ…」
「いや、それ以上に俺らの言動の方に傷ついてた感」
「俺、天根を探してきます!失礼しました!!」
「いや、だから!」

バシンッ!

黒羽の訂正も制止も聞かず、日吉は普段の冷静さが欠けてしまったかの様に走り出ていった。
「えー……っと」
困惑に黒羽が仲間の方へ振り向くと、
「いけないんだー。ハル泣かせたー」
「俺の所為かよ!?」
真っ先に佐伯に茶化された。
「ちょっとやり過ぎだと思ったんだよなー、俺も」
「お前、自分の言動を振り返ってみろよ。サエが一番酷かっただろ」
「そんな過去は知らないよ」
「お前…っ!」
そんなやり取りを他所に、亮が冷静に地図を広げる。
「天根の行きそうな場所は…っと」
「亮さん…良いの?」
黒羽と佐伯を放っておいて、と剣太郎が問う。
「良いよ。それより日吉に教えてやらないと」
「まぁ、日吉に迷惑かけるのは可哀想だしな」
「そ。だから今は一刻も早く、思いつく先から日吉にメールするんだよ」

−−−−−

夕方。
ポチャン…。ポチャン…。
すっかり暗くなった冬の砂浜に、何かが投げ込まれる音が響く。
「はぁ……」
ポチャン…。
溜め息の主は砂浜に座り、傍の砂を握っては海へと投げ入れていた。
「日吉…」
彼は、恋人の名を呟く。
闇を背負って、天根は冷える空の下で落ち込み続ける。
「寂しい……」

ただ日吉と過ごせない。たった一日、会えないだけなのに。
それでも凄く悲しい。胸が張り裂けそうに痛い。
誕生日に一緒に過ごせない。
それもある。けれどそれだけが理由じゃない。
世界で一番愛しい人にとって、自分は一番ではないのではと思ってしまったから。

『天根』
「日吉…」
会いたい。
記憶の中の笑顔ではなく、現実の笑顔に。
「日吉……」
「何だ、天根?」
嗚呼、ダメだ。
余りの会いたさに、本格的に幻聴が聞こえてきた。
天根は更に顔を埋めて落ち込む。
だが、
「人の名を呼んでおいて無視するな」
「!」
その声は、とても幻聴とは思えない響きを天根に伝えた。
「っ…」
慌てて天根が顔を上げる。
「逆だ。バカ」
「日吉!」
声のした方を見やると、そこには心の底から望んだ人物。
間違え様もない、日吉 若。
「日吉、どうして…!」
急ぎ立ち上がり、天根は日吉の傍へ駆け寄る。
「どうしたも何もあるか。探したんだぞ!」
「え…?」
「心配したんだからな!このバカ!」
日吉の顔は赤い。
同時に安堵が満面に溢れていた。少し涙目だったかもしれない。
「でも今日は、用事が有って会えないはずじゃ……」
「『会えない』といった覚えはない」
日吉は内心の安堵を隠し、天根を睨む。
しかし当の天根はそれ所ではない。
今だ夢を見ている様で、思考が落ち着かないのだ。
「お前を驚かそうとしたんだ。
 佐伯さん達が、22日は二人きりで過ごせと言ってくれたから」
「じゃあ俺の誕生日を知らなかったのは……嘘?」
「俺はお前に嘘をついた覚えもない」
「え?」
日吉の言葉が、益々天根を混乱させる。
「お前の『誕生日を忘れた』とも『知らない』とも言っていない」
「なら『明日も明後日も予定が入っている』っていうのは?」
「お前の誕生日と、一日遅れで行われるお前の誕生会があるからだ。違うか?」
「違わない」
確かに、と天根は思う。
11月22日が『良い夫婦の日』であるのは事実だ。
『急な用事が入った』とは言われたが、『会えない』とは言われていない。
一応納得すると、日吉は睨むのを止めていた。
何処か申し訳無さそうに、天根を見つめている。
「すまなかった」
まず一言、日吉が詫びる。
「ちゃんと嘘をつけば良かったな。そうすれば、ここまで傷つける事はなかった」
「日吉…」
「お前に嘘をつくのは嫌だったから。だから…言葉を減らした」
「ううん」
天根はゆっくり首を左右に振った。
「謝る必要ない。日吉を信用しきれなくて勝手に勘違いした、俺が悪いし」
「天根……」
二人の視線が重なる。
日吉が何故か悔しそうにする。
「そうだ、お前が悪い」
赤い顔で、拗ねた様に言いつける。
「だから早くお前を安心させてやろうと、部活後に急いで会いに来たんだ。
 なのに勝手に消息不明になどなって!」
「日吉…」
文字の並びに反し、日吉の声色からは温もりが感じられる。
天根は嬉しかったが、それ以上に心に引っ掛かり続けるものを優先させた。
「それじゃあ、あの…」
「何だ?」
「日吉…嘘、ついてないんだよな?」
「ああ」
日吉が頷く。
「じゃあ……俺の事嫌いだって言ったのも?」
「…言ったか、その様な事?」
「言った。俺が、俺の事好きか?って聞いた時」
「……あれか。本当だ」
「えっ…」
あまりにキッパリと断言され、天根が明らかに凹む。
日吉は気にせず、すぐに次を続けた。
「電話でその様な事を尋ねてくるお前が、な」
「へっ?」
「聞きたければ、直接聞け。
 電話で尋ねられても、俺は『嫌いだ』としか答えない」
ふん、と日吉が顔を背ける。
その言葉はつまり…?と、天根は考える。
「じゃあ…俺の事を嫌いになった訳じゃない…のか?」
溢れ出る期待を込めて日吉に問う。と、
「このバカ!」
日吉に怒鳴られた。
「嫌いな相手の誕生日を祝う為にわざわざ千葉まで来たり、
 何時間もその相手を探し続けたりするものか!それ位気づけ!!」
「なら、俺の事好き……か?」
「!」
硬直する日吉。
二人は真っ直ぐに見つめ合う形となる。
「…………だから」
耳まで赤く染めて、日吉はゴソゴソと鞄の中から何かを探す。
「嫌いな相手の為に用意しないだろ」
『ほら、』と日吉は青い包みを差し出した。
質問の答え代わり。
丁寧にラッピングされたそれには、金色のリボンが巻かれている。
一目見て、プレゼントだと分かる装丁だ。
「これが…急用の正体でもあるからな」
「あ……」
天根も顔を何処となく赤く染め、静かに受け取る。
ドキドキとした鼓動が、天根の耳に強く響く。
「開けても良い…か?」
「……」
日吉が頷く。
同意を得、天根は逸る心のままに素早くリボンを解いていく。
現れたのは透明な箱に収められた――リストウォッチ。
「これ……」
剣太郎が持っていた雑誌で紹介されているのを見た事がある。
天根は手に取り、間違いなくそうだと思い出す。
「手荒に扱っても壊れないぞ」
マジマジと腕時計を見つめる天根に、日吉が言葉を添える。
「防水加工もなされているから、そのまま海に潜っても平気だ。
 お前は過去何度も、海水で腕時計を壊していると聞いたからな」
「これを探す為に?」
「まさか」
日吉が否定する。
「お前にどれが一番似合うか悩んだだけだ。全12種だぞ?」
「でもこれ高かったんじゃ…」
「そうでもない。長太郎に店を紹介してもらったからな」
「そっか」
そうは言われても、やはり自分から見たら高いんだろうな、と天根は思う。
だが値段よりも日吉が自分の為に悩んでくれた事が純粋に嬉しい。
と言うか、日吉が選んでくれた物ならば何でも嬉しい。
感慨に耽り、天根は腕時計の重みを感じていた。
幸せの重みだ。着けるのが勿体無い気もする。
「貸せ!」
「え?…あっ」
「俺が着けてやる」
言葉通り、日吉は天根から腕時計を奪うとその手首に巻いていく。
納まりかけた顔の赤みが再発しているのを見ると、
どうも余りに天根が見つめるので照れ臭くなったらしい。
「…………」
天根の鼓動が、また大きく鳴った。
近くに日吉がいる。彼が自分に触れている。
サラサラと流れる髪が綺麗だ。
「これで良い」
「ありがとう」
「別に、」
離そうとした日吉の手を、天根が掴み止める。
「おい、天根」
「…………」
暗に放せと言ったのに、天根は更に両手で日吉の手を包む。
「あの、日吉」
「何だ?」
「今日は…ごめん。俺の所為で…」
放したくない。
そう、日吉の温もりに天根は思う。だがそれは無理だ。
「家まで送る」
言って、天根は未練を断ち切る様に手を放した。
「行こう。遅いと日吉の家族が心配する」
「……」
「?」
何故か、日吉の顔は益々赤みを帯びていく。
「一応……外泊を伝えてある」
「えっ!?」
「二日続けて千葉へ来る位ならお前の家に泊まれば良い、と言われた」
「あ、そうか」
「昼に確認する予定だったから、ならば当日に告げても良いと思ったんだ。
 それをお前が勝手に消息不明になどなって人に心配かけるから」
次第に日吉が口調を苛立たせていく。
「この様に急な話になってしまったんだろうが、この大バカ!!!!」
「ご、ごめん!」
勢いに気圧され、再び謝罪。
「じゃ、じゃあ今夜は…」
「……迷惑でなければ」
「迷惑なんてとんでもない!日吉だったら常時大歓迎!!毎日でも良い!!!!」
「それは何か違う気がするが…」
「あ」
「ん?」
急に深刻な顔をした天根の顔を、日吉が不思議そうな表情を浮かべる。
「日吉、一つ問題がある」
「何だ?」
天根は赤い真顔で、日吉の瞳を見つめる。
「俺、男なんだけど」
「…俺だって男だが」
何を当たり前な事を、と呆れる日吉に天根は真面目に言う。
「そうじゃなくて日吉と一夜を過ごすのって初めてだから、
 俺、理性がもたないかもしれない!」
「ばっ、バカ!そんな大声で!」
「だって!」
「ああ、もう煩い!」
「っ―――!」
天根の中で、時が止まった。
何が起こったのかを理解するのが、今ほど困難に思えた事はない。
天根は、日吉に強く抱き締められていた。
「ひよ…し…?」
「…………」
天根のすぐ耳元に、日吉は口唇を寄せる。
「贅沢な奴だな、お前」
囁き、冬の寒ささえ打ち消す体内からの熱を互いに感じる。
「俺の誕生日には、さぞ大層な物が期待出来るんだろうな」
「…………」
サビた機械の如く、天根の両腕が挙がっていく。そして、
「もちろん!!!!」
確かな断言を贈ると共に、強く優しく天根も日吉を抱き締めた。

−−−

「日吉、本当…に?」
「今更聞くな」
日付変更間近かの寝室で、二人が向かい合って正座している。
二人共、頬は赤い。
「お前の誕生日だろ。お前の好きにして良い」
「分かった」
そっと、天根が日吉の頬に手を添える。
「目、閉じて」
スゥ…と日吉の瞳が閉じられる。
暗闇の中で、すぐに愛しい感触を日吉は感じた。
普段ならば二人のキスはこれで終わる。
しかし天根は、ゆっくりと日吉の口唇を舌で割った。
抵抗する事無く、日吉は天根を受け入れる。
少しずつ少しずつ、二人の舌がたどたどしく絡まっていく。
触れ合うだけのキスからは想像もつかない息苦しさと切なさに、心が高まっていく。
「…っ、ふっ…ぅ……」
口唇の端から熱く吐息が零れる。
それでも天根は日吉とのキスを止められなかった。
初めての熱が、初めて見る日吉の表情が、天根を惹きつける。
「ぁ、ぁう…っ、ちょっ……も、もう……」
息苦しさに堪えかねて、日吉の手が天根の両肩に触れた。
押し返す程の力は、その手には無い。
天根はキスを繰り返しながら、大切な宝を扱う様に日吉を布団の上に横たえさせた。
「あっ……」
二人の体が倒れると、漸く天根は口唇を放した。
「あま…ね……」
乱れた吐息に沿って、日吉の口が恋人を呼んだ。
「違う」
「え…?」
うっすらと瞳に浮かんだ涙が、天根の中で日吉の美しさを一層高める。
「ヒカル。ヒカルって呼んで欲しい、若」
「……」
見つめ合う。
互いの瞳に、自分の姿が映る。
熱に飲まれつつある、恋人を求める己がそこに見える。
「……まだ言ってなかったな」
恥らい、悔しそうに、日吉の腕が天根に伸びる。
天根の首に両腕をかけ、それから日吉は微笑む。

「誕生日おめでとう、ヒカル」

時計はまだ、22日を刻んでいた。

−−−

翌朝。日付は23日。
「…………」
「…………」
随分前から日吉は頭から布団を被り、天根は布団から追い出されていた。
とりあえず天根はシャツと短パンを身に着けている。
「若」
恐らく聞いても答えは返ってこないので、天根は強引に日吉の隣に転がる。
そのままギュッと、布団ごと日吉を抱き締める。
「俺、ずっと若が大切だから」
「…………」
布団越しでも十分に、愛しさが伝わり合う。
「若」
「…煩い、バカ」
頭から布団を被り続けている為、日吉の表情は見えない。
けれど天根には分かっていた。
恐らく自分と同じ気持ちで、ただ日吉は自分の数千倍もその気持ちが高いのだろう。
「バカで良い。若が好きでいられるなら」
「大バカ」

日吉が耳まで真紅に染まった顔を見せるのは、まだまだ先の事。
それまでは布団越しに柔らかい時間が流れていく。

「誕生会、冷やかされるかな?」
「知るか」
「そこでもずっと『若』って呼んでて良いか?」
「勝手にしろ、ヒカル」
恋人らしい物言いに、天根は喜色満面に笑顔を浮かべた。
「なら、勝手にする」

天根ヒカル、十四歳。
十四回目の誕生日は、彼にとって間違いなく最幸の記念日となった。

HAPPY BirthDay!!

・後書き(11月22日)
 ギリギリ間に合いました…。天根、誕生日おめでとう!!ダビ若、ダビ若ー

ダビ若が需要無いのは分かってますが、どうしても祝いたかったもので…。
赤也とは偉い違いだなー…俺;(赤也誕生日に真若公開した奴;)

 無駄に長く、ギャグでもシリアスでもないですが、愛は込めました。
はい。何気にラブラブなダビ若です。若は優しい純粋な子ですから…(フィルター発動中)
おまけに照れ屋なので、事後に若は気恥ずかしくなって天根の顔が見れなくなりました(爆)
つか、120%ギャグに走って良くて、かつ家族思考して良いなら、
天根は「皆のバカーっ!」と泣き叫びながら、非常食のアサリを海に放流します(は?)
ただ何度見返しても『外泊許可』が「どこの乙女か;」と思ってしまいます;
若にその気は無いですし、親に外泊許可を貰うのは男女当然だと思うのですが……
結果がアレですからねー;あの結果を見越して提案したのは説得係ですけどね(コラ)
しかしプレゼントは腕時計と若、…か(恥
//)。でも本人達は幸せなので、許してやって下さい(^^;)

 とにかく、純情ほのラブカップル・ダビ若
vvオンリーでも愛vv
さて、次は若バースデーやら若オンリー原稿やら××××やら…です(何)
でも唐突に今は各種忍受けが書きたくなっています。嗚呼、時間が…(でもゲームはする/死)

 それでは、長々とお付き合い下さり有難うございました!でわ☆
P.S:天根がちっともダジャレてなくて申し訳ございません;時間無くて思いつかなかったんです……あう;