「ラブ☆バト.4」

 この日、三年生は修学旅行を明日に控えていた。
 一週間の旅を思うと、今からどうしようもなく心が騒ぐ。

 そう。だから気にならない。一週間の旅があるから…嫉妬心を掻き立てる声なんて、
全く気にならない。

「先輩達がいなくなっちゃうと、何だか寂しくなります」
「そう言いなや。たった一週間なんやから。それに俺達が引退したら、ずっとやで?
これをその予行練習と思わな」
「それはそうなんすけど…」
「しゃあないヤツ!」
「あ…」

 楽しそうに笑って、忍足が鳳の頭を撫でる。
「修学旅行から戻ってきたら、部を引っ張る者としての心得を俺がきっちり教育したるからな。
どーせ鳳と樺地が部長・副部長で決まりなんや」
「そ、そんな、俺なんて…」
「謙遜する所が可愛ぇわぁ。誰かさんなんて、『当然だろ』て笑って終わりやもん」

 ピキ…

 遠くで二人の楽しそうな会話を聞きながら、跡部・宍戸・ジロー・向日が、額に怒りの四つ角マークを浮かべる。
 特に跡部は、大量にそれを飛ばしている。

 しかし彼らは必死で笑っていた。

 気にならない。絶対に気にならない。
 だって一週間、この二人は出会わない。この七日の間に忍足を物にしてしまえば、
もうこんな嫉妬に苛まれる事はなくなるのだから。

 何度もそう言い聞かせて、今にも血の涙を流しそうな形相で、
それでも口元は敗北を認めたくない思いで笑っている。

 そう。全く気にならない。だって、

(一週間、忍足(侑・侑士)と一つ屋根の下なんだから!!!!)

 微妙に正しい様な、間違っている様な心の絶叫を繰り返し、
彼らは鳳と楽しそうに接し合う想い人を見つめ続けるのだった。

 

 日が変わって、宿泊先ホテル。
「侑士ー!」
 満開笑顔で、忍足のいる部屋へ向日が走る。
 同性と言うのはこういう時便利なもので、異性間なら互いの部屋に行く事は固く禁止されているが、
自分達なら好きに部屋を訪問できる。
 他にも班の人間がいるだろうが、忍足と同じ時間を共有できる事が大切なのだ。
「と」
 扉近くで向日の足が止まる。
「宍戸…」
 恋敵も自分と同じ考えだったらしい。
「何だよ、向日。お前も来たのか」
 宍戸が睨みつける。
「それは宍戸にも言えんじゃん」
 向日も負けじと睨み返す。
「「…………」」
 バッ!!
 争って扉に触れるも、結果は同時。
「「…………」」
 互いを牽制し合う。
「手、放せよ」
「宍戸こそ放せ!」
 バチィッ!!!!
 しばし火花を散らし合い、
「「くっ!!」」
 同時に扉を開け、前へ競って飛び込んでいった。
「忍足!!」
「侑士!!」
「ん?」
 次の戸を開けると、すぐに想い人の姿が。二人の心に安らぎが訪れたと思いきや、
「何だ、来たのか」
「や」
 跡部&ジローの姿まで飛び込んできた。
「よう来たなぁ、二人とも。一緒にトランプやるか?」
「「あ、うん!…じゃなくて!!」」
 向日が跡部とジローを睨みつける。
「何で二人が先に来てるのさ!?俺、部屋着いてすぐ駆けつけたのに!!」
 おまけにトランプは、かなり終盤に差し掛かっている模様。
 そんな向日を見て、クス…と跡部が不遜に笑う。
「しおり見てねぇのかよ、バーカ」
「え?」
「俺たちの名前、思い出してみなよ」
 微かに優越を込めて、ジローも笑いかける。
「えっと…」
 考える向日。
「侑士、ジロー、跡部」
「お前、それ違うだろ」
 宍戸まで呆れてしまう。
 正解は

『芥川(A)・跡部(A)・忍足(O)』

「だから何だって言うのさ」
「まだわかんねぇのか?」
 明らかに向日をバカにして、跡部はまた笑った。
「全員ア行。出席番号が近いんだよ」
「つまり俺も跡部も、この部屋って事」
「「えぇッ!?」」
 驚愕

「う、嘘だ!」
「嘘なんかじゃねーよ。なぁ、忍足?」
「ああ、そうやで」
 何故二人が驚くのかがわからないと言った表情で、忍足が認める。
「そんな…」
 はっきり言って、これはかなり不利だ。
「俺も名前だったら、『お』の次なのに…」
「その場合、忍足は『ゆ』だぞ?」
 その方が『亮』と近く、同部屋の可能性もあったが。
「どうしたん、二人とも?トランプやりたくないの?」
「なら帰れ」
 冷たく跡部が言い放つ。
「次は七並べしよう。俺、結構得意」
「そうなん?俺だって得意やで」
「なら、負けた奴は勝った奴の言う事聞くってどうだ?」
「お?やっぱ勝負事はこうやないとなぁ」
 笑顔で忍足がトランプを手際良く切る。
 わいわいと楽しげに騒ぐ三人。寂しい宍戸&向日。
「「あの…」」
「何だ?」
「「俺も仲間に入れて下さい」」
 土下座×2。
「恐ろしくプライドが無いな」
 この後、彼ら五人は数時間にも渡り、トランプを堪能できたそうです。

 

 夕食後、やって来たのは入浴タイム。
 宍戸&向日に差をつけて、忍足の入浴姿を…と思っていた跡部とジローだったが、
「何でいんだよ?」
「二人の入浴時間は俺らの前じゃなかったの?」
 二人の目の前には、入浴セットを持ったニコニコ宍戸&向日。
「ちょっと遊んでたら、入浴時間を激過ぎててな」
「俺も、新鮮な空気の中で新技開発してたら…さ」
 真相はもちろん、二人とも忍足と入浴時間を重ねる為の故意。
「何やドジやなぁ、二人とも」
 何も知らない忍足は、からかってに笑う。
 宍戸も向日も、その『ドジ』に違和感が無いキャラが手伝って、忍足は簡単に信じた。
「でも三年正レギュラー全員が同じ風呂いうのも、面白いかもな」
「だよね!流石、侑士!」
「本当にな」
 機嫌良く、宍戸と向日も笑う。
 忍足にさえ戸惑いがなければ、こっちのものだ。
 抜け駆けなど許さないとばかり、チラと跡部とジローにも笑いを向ける。
「「ッ!」」
 悔しさで、二人の胸が痛む。
 しかしその言い訳も今日だけと、各々自分をなだめる。そこへ
「なぁ、明日からも時間ズラしぃや。一緒入ろ」
「「もちろん!!!!」」
((なッ!!!?))

 結局、普段通り平等に、抜け駆け禁止で忍足を争うハメになる四人だったと言う。

 

「はぁ…」
 忍足達の部屋で、忍足が所用で席を外している間に四人はご機嫌に円になっていた。
「可愛かったね…侑…」
「本当にな…。髪洗う姿とか、激色っぽくてよ…」
「ちょっと湯の温度が高かったもんだから、肌が赤く染まってさぁ…」
「着替えの時も、クるもんがあったよなぁ」
 内容が内容なので、他の班の人間に聞かれないよう、風呂場での忍足談義に花を咲かせる。
 恋敵同士とは言え、こういう所は全員通ずる物があるらしい。
「はぁ…

 全員で夢見心地に、忍足との入浴を追想する。
「皆、待たせたな。お詫びにジュース買って来たで」
「ッ!!!?」
 突然の忍足の登場に、ハッと息を呑む四人。
「?」
(か、可愛い…ッ!!!!)
 両腕で缶ジュース五本を抱え、走ってきたのか微かに乱れた息と髪と浴衣で、
今だほんのり赤い肌な上に『きょとん』とした表情をしたその姿。
 四人全員に、この上ない衝撃が走る。
「…………」
 じー…と視線が一極集中。
「あの…どうないしたん?」
「え、い、いや…」
 見事にハモって、四人同時に知らん顔する。
「もしかして…」
 その怪しい態度に、不安になる忍足。
「俺…どこか変なん?」
「そんな事、絶対に無い!!!!」
 一斉に四人が叫ぶ。素晴らしいハモり具合で。 
「え…、あ…」
 流石に忍足も、あまりの勢いに驚いてしまう。が、そんな忍足の驚き等お構いなしに、
「忍足、お前を変だと思うバカは、この俺が打ちのめしてやる!」
「お前はそのまんまで激美人だから!」
「侑は性格だって、親しい奴には優しいし世話焼きだし明るいし!」
「それに侑士は、料理も裁縫も勉強も音楽も、何だって天才だよ!」
「いや…」
 言った本人以外には、お世辞通り越してワザとにさえ聞こえる奥底からの本心を、忍足に捧げる。
「いくら何でも…誉めすぎと違う?」
「そんな事、監督が真人間になっても無い!!!!」
「えぇッ!!!?」


 こうして、他室で枕投げが行われていようと何だろうと、
彼らは忍足とのトランプを選び続けるのだった。

 

「侑士ぃ…」
「ダメや、岳人」
「やっぱり…?」
「宍戸まで何言うの?」
「「はい…」」
 肩を落として、落ち込む宍戸と向日。
 時刻は午後9時58分。もう消灯間近。
「ほら、さっさと自分の部屋に戻り。先生、来るで?」
((くそう…))
 忍足の脇から部屋奥を見ると、優越に満ちた跡部とジローの笑顔。
 想い人を、恋敵が二人もいる部屋に残して去らねばならない悲しみに、二人は打ちひしがれていた。
 今、密かにこの部屋で寝れないかとの提案を、忍足に怒られている所だ。
「また明日、遊べばええやろ?」
「「う…」」
 この想い人がまるで気持ちわかってくれないから、尚悔しい。
 自分達だって忍足の寝姿を見たい。跡部とジローに出し抜かれるなんて、これ程嫌な物はないのに。
「じゃあ、おやすみ」
「「おやすみ…」」
 それでも、彼の笑顔に心が和む。『おやすみ』の四文字だけで、本当に安らかに眠れそうだから…恋は偉大だと思う。
 扉が閉められた後、
「あの二人が何も出来ない事を祈ろうぜ」
「そうだな…」
 今までのお約束が、今夜だって続くのを互いに願いつつ、二人はそれぞれの部屋へと帰っていった。

 

 数十分後。
「う…ん…」
 忍足の寝息が聞こえてくる。
 跡部は、幸運にも忍足の隣に寝ていた。もちろん、もう片隣はジローに陣取られているが。
 だがジローも既に熟睡中。思えば今日一日、彼はほどんど寝ていないのだから、
寝入ってしまった以上、起きる事などないだろう。
 くす、と笑って、丁度自分の方へ寝返りを打っていた想い人の寝顔を楽しむ。
「ん……」
(…………)
 鼓動が速まるのを跡部は実感していた。らしくない事だとも、わかっている。
(忍足…)
 欲しい物は、全て手に入れてきた。これからも、そのつもりだ。
 跡部は音を潜めて、忍足の布団の方へ身体をずらしていく。そして、
他の人間が完全に睡眠に入っているのを確認して、忍足の布団内へと映る。
 そっと、無防備な寝顔に触れようと手を伸ばす……と、
(ッ!?)
 触れる直前、誰かに手首を掴まれた。
(ダメじゃない、抜け駆けなんて)
(テメェ…!)
 わずかに視線を上げると、くるくる天然パーマ。
(起きていやがったのか…)
(寝てたよ、さっきまで。でも俺の計算だと、そろそろ跡部が手をつける頃だったしぃ、起きた)
 バチ…ッ!!
(放せよ。俺の忍足だぜ?)
(跡部こそ諦めたら?俺、負けねぇもん)
(奇遇だな。俺も負けるつもりは無い)
(ムダムダ)
(そうか?どーせ、起きてられねぇだろ)
(その為に、ここ数日はずぅ〜っと寝溜めしてたんだぁ)
「ん…」
((ッ!!!?))

 互いの腕の下で忍足が寝返り、二人の心臓がビク!!と跳ねる。
「すー…」
 完全な仰向きとなって、安らかな表情を晒す忍足。

 ドキドキドキドキ…。

 暗闇の中でさえ、その純和風の美しさが鮮明にわかる。
((…………))
 思わず見とれる跡部とジロー。
 その端正な口唇に、ふらふらと無意識に引き寄せられ…
「「痛ッ!」」
 互いの額がぶつかる。声を聞き取った瞬間、即座に互いの口をふさぎ合う。
((…………))
 息を殺して、忍足の動向を見守る。
「………何?」
((ッ!!!?))
「くー…」
 心臓が壊れんばかりに鼓動する二人を他所に、忍足は相変わらず安眠。
 どうやら、単なる寝言だったらしい。
((ほっ…))
 安堵して、互いに互いの手を振り払う。
(何しようとしてたんだよ、テメェ…)
(それは俺のセリフじゃない?)
 バチィイィィッ!!!!
((絶対、寝てやらねぇ…ッ!!!!))

 静かな耐久戦が、ゴングを鳴らす。
 三人で一つの布団に入りながら、
忍足を文字通り挟んでの跡部とジローの争いは一晩中続いたと言う…。

 

 翌朝。
「何で、こないな事なってんのやろ…?」
 カーテン越しに入る陽が照らし出す現実に、忍足が不思議そうに呟く。
 目を覚まし、まず感じたのが軽い圧迫。次に両隣で自分に密着して眠る跡部とジロー。
 二人の腕は忍足の鎖骨付近で交差し、抱き寄せようとでもしたのか、手は想い人の肩を抱いていた。
「妙な寝相持ってんなぁ、二人…」

 実はその夜、別室で忍足の身を憂慮する宍戸と向日の願い通り、
二人が互いに互いを牽制し合い…同時に寝潰れてしまっていたのだ。
 当然、忍足に手を出すなど出来なかった。
 そして二人の愛の強さを競った激戦が忍足本人に届く事も…もちろんなかった。

 修学旅行終了まで、あと
日。

to be continued  

 

・後書き
 でもって初の続き物・第4話。修学旅行ですよ、奥さん!!(誰だよ;)
まぁ、私立は2年の内に行ってるかもしれないし、
3年で行くとしても宍戸髪切り(つか都大会)以前に行ってるとは思うし、 大体、7日も修学旅行って行かないと思うのですが、
その辺細かい所はツッ込んじゃ
ダメですvv(オイ)

 岳人…思えば侑士を誉める時、「テニスも天才」とは言ってないですね…;
これは『自他共にわかってるから言わなかった!』て事です。だって誰が何と言おうと、侑士は天才だもん…!!(涙)
 ジロちゃんも凄いでしょ
『寝溜めしてた』って。これぞ、!!(笑)
 皆が皆、侑士を愛しているんです…
嗚呼、楽しい……vvまぁ、3年生だけですけど。
でも時川さんは鳳忍が大好きですし、樺忍だって全然OK(むしろ好き
)な人間ですから…どうなる事やら。
だけど樺忍はな…。純粋な樺地とじゃ、侑士に積極に行ってもらわないといけないから…。
時川さんは、書くなら『9割方受身に徹させられる受け』が好きなので
vv
 いや、誘い受も全然好きです
書こうと思えば、全然書けますしvv(結局どうなんだ;)

 ぶっちゃけコレも…7月中に完成してたんですが、UPはもっと先にする予定でした。
というのも、第5話が『関東大会&その後』ネタの予定なんです。だから、入れ替えようと思ってたんです、順序。
でも…跡忍バースデー当日編が絶不調な事と、古いネタを新しいネタの後にUPするのは激痛だったので。
 多分、次更新は
パラレル宍忍だと思いますけどね♪(しかも3部作/待てコラ!!/死)

 では、次回は修学旅行編パート2!!
まだまだ楽しいので、続かせます
vv(爆)でわ〜☆