「ラブ☆バト.3」

 氷帝学園テニスコート。
「はぁ…」
 晴天に相応しくないため息が零れる。
 宍戸の先には、向日とダブルスの練習をする忍足の姿。
「テメェの所為で、とんでもねぇ誤解を受けたじゃねーか」
「テメェの所為だろが。テメェさえ俺の邪魔せず帰れば良かったんだ、このバカ」
 こんな風に争っているから逆に『仲が良い』と誤解されるのだと、わかっていても火花を散らす。
 忍足を見るのに絶好の場所に立っているから、嫌でも『離れよう』という発想は無い。
 跡部と宍戸は向日の姿を意識から消し、忍足が駆ける姿に視線を送る。

 何はともあれ、幸せな時間。だったが、

「侑士ー!」
((あッ!!!?))

 それはすぐに叩き壊される。
 向日が、忍足の腕に抱きついたからだ。
「止めぇな、岳人。暑いやろ」
「だっていつもより高く跳べて、しかもスマッシュまで決まったんだぜ?爽快じゃん!!」
「その為に、俺はいつもよりせわしなく駆け回させられたんやけど?」
「いーじゃん、別に。それより誉めて」
「ホンマ、いつまで経っても子供やなぁ。よしよし」
 向日にねだられ、忍足は笑顔で彼の頭を撫でてやる。
「へへ」
((ッ!!!?))
 怒りで呼吸を忘れる二人。
 向日が忍足に気付かれぬよう、二人を見て笑ったから。
 おそらく忍足には、誉められたのが嬉しかったから、との幼さに映っただろう。
もちろんその一石二鳥を狙っての笑顔だ。
 実は向日、初めから二人の忍足への視線に気付いていた。
「次はもっと高く跳べたらいーのに…な!」
 ぴょん、と向日の身体が宙を舞った。
(バカと煙は高い所が好きってな)
 苛立たしげに、跡部がフェンスを蹴る。宍戸も見ているのが不愉快で背を向けた。
「うわ!?」
「岳人!?」
 忍足の驚く声に、二人が振り返る。
 着地に失敗したのか、向日が転んでいた。
「ってぇ〜…」
 膝を押さえ、本当に痛そうに向日が苦痛をもらす。
「大丈夫か、岳人?立てるか?」
 慌てて、心配そうに駆け寄る忍足。
「っ……」
「岳人?大丈夫か、岳人?」
「うん…。俺、こんなの…」
((コイツ!!!!))
 忍足には見えない角度で、向日は笑っていた。二人の顔が嫉妬に染まったのを確認して、
「平気!」
 今度は忍足だけに向けて、明るく真っ直ぐな満面笑顔を浮かべた。 
「岳人…」
 きゅううん…
と、その健気さに打たれる忍足。
(騙されるなッ!!!!そのタメたセリフもアングルも、全部計算だぞ!!!!)
(生まれついてのハンターだよ、コイツ!!!!)
 焦る。着実に、向日はポイントを稼いでいくと言うのに。
 跡部が、一歩踏み出した。隣を見ると、宍戸もまた同じ様に足を出していた。
 視線がぶつかる。二人は、互いに互いが同じ事を考えていると悟った。

 ダッ!!!!

 二人は争って、互いに前へ前へと忍足目指して猛ダッシュをかける。
「「忍足!!!!」」
「え?」
「「俺とダブルスを組め!!!!」」
「はぁッ!?」

 いきなり駆けて来ての一言に、忍足が驚いた声をあげる。
「この俺が組んでやるって言ってんだ」
「たまには俺と組んでも良くねぇ?」
 跡部が忍足の左手、宍戸が右手を掴み、真剣な眼差しでパートナーを請う。
「そない言われても…俺、身体一つしか持ってへんし…」
 困惑して、それだけ答える忍足。
 ただその答えが油となって、二人の闘争心に注がれる。
「テメェ、鳳はどうしたよ?相手いるくせに図々しい」
「テメェこそシングルスだろ。ダブルス同士、組んで練習してもおかしくねぇぜ?」
「だったら鳳とやれっつってんだよ…」
「長太郎はまだ来てねぇんだよ…」
「じゃあ、待ってろよ…」
「テメェこそ、一人寂しくシングルスしてろよ…」
 睨み合う跡部と宍戸。そこへ、
「バッカじゃねーの!侑士は俺のパートナーなの!!」
「たまには世話から解放してやったらどうだ?」
「転んでケガしたんだろ?しばらく休んでていーぜ」
「何だと!!!?」
 向日まで参戦して、三つ巴の争いとなる。
「え…っと…」
 流石に気まずい物を感じたのか、悩む忍足。三人が口論に集中してる隙に、両手を静かに抜くと…
「俺、ちょっと顔洗ってくる!!!!」
「「「あッ!!!!」」」
 激ダッシュで逃げた。しかし、

(アイツら、何で急にダブルスに目覚めたんやろ…?)

 またも彼らの想いは、素晴らしいまでに全く届いていなかったりする。

 

 一方その頃、中庭では―――
「鳳」
「ジロー先輩。どうしたんすか?」
「うん…聞きたい事があってさ…」
 眠い目をこすりながら、ジローは微かに笑って見せた。
「鳳は…侑の事…好き…?」
「侑?あ、忍足先輩ですか?はい、好きです」
 笑顔できっぱりと、鳳は言い切る。
「じゃあ…宍戸は…?」
「好きですよ」
「俺は…?」
「もちろん好きです」
「ふぅん…」
 やっぱり、とジローは思った。
 自分の予想通り、鳳は忍足の事を純粋に、先輩への尊敬から派生した好意を抱いているだけだ。
 他の三人が危惧する様な恋愛感情は今の所まだ、芽生えていない。
「侑と宍戸だったら…どっちが好き…?」
「ど、どっちって…!そんなの比べ様が無いです」
「なら…俺と侑はどっちが好き?」
「え…ッ、そ、それは………」
「ははッ。鳳は素直だなぁ…。侑が気に入るの…マジわかる…」
「?」
 わからないなら良い。ジローは心で呟く。
 鳳の中で、宍戸と忍足が同列なのは本当だろう。だが、比較対象が宍戸以外なら…確実に忍足を選んでいる。
 鳳に恋愛感情が無いのはわかったが、これだけ急速に鳳の中で忍足の位置付けが上昇しているのは頂けない。
 万が一、忍足に鳳への恋愛感情が生まれてしまったら…鳳の好意は意味を変えるに違いないし、
忍足の想いは無意識に言動に表れ、鳳は無自覚にそれを感じ…知らずに恋愛感情を育ててしまうから。
 裏を返せば、忍足を、彼が鳳に恋愛感情を抱く前に物にしてしまえば…鳳など憂慮する対象にもならないと言う事。
(まぁ、跡部は…もう気付いてるだろうけど…)
 安堵から更に重くなる瞼をこする。
「ジロー先輩?」
「うん…おやすみ……」
「え?わ、ちょ、ちょっと、先輩!?」
 突如、会話の途中に倒れこんだジローを、慌てて鳳が受け止める。
「ど、どうしよう…。やっぱり…」
 結論は一つしかない。
「俺が運ぶしかないよなぁ……」
 ジローを部室へ運びながら、改めて樺地の偉大さを実感する鳳なのであった。

 

『…ロー…ジ…ー…』
 遠くで、誰かが呼んでいる。
 快い声。
 この声の主を、自分は知っている。
「ジロー」
「侑…」
 部室の長イスの上で目を覚ます。
 すぐ目の前には、心配そうに自分を覗き込む、忍足。
「鳳に感謝しぃや。ここまで運んで、更に俺に知らせてくれたんやから。すっごい心配しとったし」
 基本的に、ジローは寝ても良い場をわきまえている。
例えジローの特異な観念の中であっても周囲に寝場所も樺地もない状況では…寝ない。
 それが寝てしまった為、鳳はジローを部室に運んだ後不安に駆られ、忍足の下へ連絡に走ったのだ。
「鳳は良い子だよね…」
「そうや。やから、ちゃんと礼には行き」
「うん…」
 本当に、心からジローは感謝している。
 自分の思惑通り、忍足を呼んできてくれたから。

 あの場で寝れば、間違いなく真面目な鳳は自分を部室へ運ぶと思った。
そして、忍足にそれを知らせに行く、とも。
 鳳には忍足と宍戸の簡単な二択だったはず。
 もし病気だった時、的確な判断と看病が出来るのはどちらか。

 そして今、自分の描いた通りの状況が出来上がっている。
「ねぇ、侑…」
「何や?気分でも悪いか?」
「腹空った…」
「は?」
 突然何を?とでも言いたげな、忍足の顔。間近で見ると、本当に綺麗だと思う。
「今日俺、昼飯食べてなくて…」
「何で?」
「寝てたから。気がついたら…放課後になってたんだぁ…」
「あんなぁ…」
 呆れて、忍足はジローの頭部側のスペースに座った。
「心配して損したわ。ジロー、鳳には礼だけでなく謝りも入れや?」
「うん」
 ジローは身体を起こし、笑顔で忍足にもたれかかる。
「暑いやろ。離れ。俺は壁とちゃうんよ」
「俺、侑にもたれて寝るの…好きだし」
「寝言は寝て言い」
「じゃあ、このまま寝ても良いんだ」
「あかんよ。部活中なんやから」
 けれどジローに離れる意思は無い。部活など、彼との時間に比べれば無価値。
彼の為なら何時間だって起きていられる。
「ゆーう」
 少し甘える様に、抱きついてみる。
「せやから、暑いって言ってるやん」
「うんうん。…でさ、俺、マジ腹空ってんだけど…」
「何も持ってへんよ。部活終わるまで我慢し」
「パン持ってるから、一緒に食べよ?」
「やから今は部活中やって言ってるやろ」
「じゃあ食わせて」
「は?」
「ね?」
 上目を使って忍足にねだる。こうして甘えられるのに、忍足が弱いと知っているから。
「侑…?」
「う…」
 戸惑う彼に、ジローは抱きしめる力を強めた。
「何だか、また眠くなっちゃった…」
「え?」
「侑…」
「ちょ、何を…」
 普段の笑顔で、ジローは忍足を押し倒す。
「おやすみ…」
「ジロー!ちょっと放し!?もう…怒るで!?」
(すぐに泣き顔に変えてあげる)
 口には出さず、ジローは笑顔で忍足の体温を感じる。
 このまま計算通り、忍足は自分の物…と確信した時、
「侑士!大丈夫ッ!?」
 バン!!と勢い良く扉を開けて、向日が入ってくる。
「ああーッ!!!!」
 長イスの上で忍足を組み敷くジローに、指差して絶叫する。
「どうした!!!?」
「忍足に何かあったのか!!!?」
 続いて跡部、宍戸が現れる。そして同じ光景を見て、
「「ジロー!!!!」」
 一緒に怒鳴った。
「離れろ、離れろ!!侑士から離れろ!!!!」
「え〜…」
「良いから離れろ。このバカ!!」
「ラケットで殴るぞ!!」
「はぁ…」
 不服そうなジローを力ずくで、忍足から引っぺがす三人。
三対一、いや樺地を呼ばれたら一対一でも勝ち目は無いと思ったのか、ジローは一応素直に離れた。
「侑士!大丈夫?」
「え?あ、ああ…」
 忍足は突然の登場に困惑していたが、すぐに落ち着いて笑顔を見せる。
「ジローやったら大丈夫やで。ただ空腹で気分悪かっただけやから」
「「「は?」」」
 やっぱり理解していない忍足。
「そんな焦って見舞いに来るやなんて、仲間思いやなぁ」
(そう来たか…!!)
 ジロー含め、四人全員が自分達の想いに鈍感な忍足にちょっと虚しい。
「それより、どうしてわかったの?」
 気だるそうに壁にもたれて、良い所で邪魔されたジローが三人に尋ねる。
 予定では三人はもっと遅く来るはずだった。
『忍足は?』とでも聞かれない限り、鳳は話さないと考えていた。
そして鳳を恋敵視する三人が、彼の前で忍足の名を出しはしないだろう、と。
 もちろん鳳の心配そうな様子にいずれバレ、駆けつけられるとも読んでいた。だが、
それにしても早すぎると判断したのだ。
「長太郎が言ってたんだよ」
「?」

 

 それは数分前にさかのぼる。
「すみません、遅れました!」
「ああ」
 簡潔に跡部が返す。
「それにしても、樺地は凄いよな」
「……?」
 いきなり誉められて、樺地が無表情ながら不思議そうにする。
「いや、さっきジロー先輩を部室に運んだんだけど…大変でさ。
よくジロー先輩を起こさず軽々と運べるなぁって」
「ウス」
 とりあえず悪い気はしないので、礼も込めて。
「うん、忍足先輩も『樺地は凄い』って誉めてた」
「忍足?」
 その名に、跡部・宍戸・向日の耳がダンボになる。
「忍足に会ったのか?」
「長太郎、忍足とどこで会ったんだ?」
「侑士、どこへ向かってた?」
 一斉に質問が投げかける三人。
 しかし鳳は驚く事もなく、笑顔で素直に答えを告げた。
「部室でジロー先輩の看病をしてます」

「――――ってな」
「鳳が?自分から?」
「そうだよ」
 宍戸の目には怒りがこもっている。まぁ、それは他の二人も同じだが。
(って事は…)
 ジローが思考を巡らす。
「忍足先輩!ジロー先輩、どうでしたか?」
 三人の後ろから、駆けつけた鳳の声が飛び込んでくる。
「鳳」
「はい」
 姿を確認して、
「ジローなら何でもなかったで」
「そうなんすか?」
「そうや。だから、気にせんでええんよ」
 忍足は鳳に優しく微笑んだ。
「それは良かったです」
 鳳も明るく笑い返す。
(まさか…)
 他の三人がそれを羨む中、ジローは一人別の事を思う。

 まさか、自分はとんでもない思い違いをしているのではないか。
 鳳は、わざと自分と忍足が密室にいると告げられる状況を作ったのではないか。
『好き』の二文字の裏に、それぞれ別の感情を込めていたのではないか。
 つまり、

 もう既に、鳳は忍足に恋愛感情を抱いているのではないか。

 疑問が次々と、鬱陶しいほど浮かんでくる。
(まぁ、良いか)
 ジローは大きくあくびした。
「じゃ、俺は寝るから…くー……」
「あ!バカ寝るな!!」
「話はまだ終わってないぞ!!」
「ぐー…ぐー…」
「ジロー!!!!」
 夢の世界への逃亡を防ごうと、ジローの身体を揺さぶり回す三人。
 抜け駆けされた文句を言い足りなければ、追求だってし足りない。
「あの先輩方、練習は…」
「「「そんなのは後で良い!!!!」」」
「スミマセン!!」

 その地球さえ破壊しそうな怒声に、完全に気おされてしまう鳳。
「忍足先輩…どうします?」
「しゃあないなぁ。まぁほら、心配させといてーってヤツやろ。うんうん」
 微笑ましい友情(勘違い)に、忍足は喜ばしそうに手を合わせる。
「友情壊すのアレやし、俺達だけで練習しとこか」
「あ、はい。わかりました」
「それまで俺がダブルス組んだるわ」
「ありがとうございます!」
 パタム。閉じる部室の扉。
「…………」
 妙な沈黙が流れ…
「「「え゛?」」」
 振り返ったその先に、当然想い人はいなかった。

 

「先輩。そう言えば俺、ジロー先輩に『先輩の事好きか?』って聞かれました」
「何やそれ?あ、もしかして俺の事、迷惑やとか酷い事言ったんちゃうやろな?やったら俺」
 忍足は冗談めかして笑うと、泣き真似をして見せる。
「泣いてしまうで?」
「そんな事ないっすよ!俺、忍足先輩の事が大好きですから!!」
「ホンマに?」
「はい!!」
 率直に恥ずかしげも無く、満面笑顔で言い切る鳳。その強い語気に忍足もご機嫌絶好調になる。
鳳の首に腕を回し、
「ああ、もう!俺も鳳みたいなええ子、大好きやで!!可愛いヤツ!!」
「ぅわ!」
「よしよし。後でご褒美に何かおごったるからな」
 心底嬉しそうに引き寄せて、忍足は思う存分頭を撫で撫でする。
「やっぱり鳳とおると心が和むわぁ」
「そうっすか?光栄です!」
「よしよし」

 結局今回も、鳳の美味しいとこ取りなのでした。

END  

 

・後書き
 そうこうして第3話。はい。楽しかったです途中以外(え;)
途中の、どういう感じのジロ忍に持っていこうかに結構悩んだもので。
『策略家攻めジロ』を推奨してる身としては、それっぽく迫ってもらわないとなぁ…と。(バカだからな、お前)

 内容。やっぱり侑士はモテモテで、おまけに『純白天然乙女系?』!!!!
でもって益々、長太郎に『黒』疑惑が…の展開です
vv(←嬉しいの!?)
結局どうなんだ!!って書いた本人すら思います。だって、いつでも長太郎を参戦できる内容にしてるから(爆)
樺地以外の正レギュラー全員を参戦させる覚悟が、いつでもあるんです!!(爆)でも、これは3年×忍足で行きたいし…。
 基本的に時川の鳳忍は、こんなほのぼのでは済みません!!!!
もっと長太郎は素直に大胆に積極的に!!って理想があるんですもん
vvそれこそ『犬チック』にvv
激マイナーどころじゃない少数ぶりでも、好きなんです……(涙)
 って、内容語ってねぇ;(死)
 つか、今思えば岳人も結構頭と言うか…自キャラ使ってますよね…。頑張れ、跡部様&宍戸!!!!(笑)

 それと、『「「」」』や『((()))』みたいにカッコ複数使ってるのは、その人数が同時にハモってるからですが…最大3人。
4人以上が同時にハモってる場合は、1人と同じ『「」』『()』になってます。
 多分、他小説でも同じ補足書きますけど。何でこんなややこしいかって、その内
人同時叫びとかやるからです;
『「「「「「」」」」」』って…明らかに鬱陶しいでしょ?本気でウザイので、3人までに決定です(核爆)

 まだまだ続けます!!時川が満足するまで!!(爆死)もうちょっと、付き合って下さいませね☆