「くり返すのは口ぐせと罪悪感」

突然ですが、鳳長太郎。この度、

「俺…若が好きなんだ」
「……俺は嫌いだ」

フラれてしまいました。

「はぁ…」
脱力。
自室のベッドに寝転がって、天井を見つめる。
「若…」
やっぱり、普通はそうだよな。ああ返ってくるよな。
ただの友達だと思ってた奴に…それも同性から急に、恋愛感情で見られてたなんて知ったら、大抵は。
多少は態度に出てたと思うんだけど、若は気付けてなかったんだろうな。
変な所で鈍感と言うか…無知って言うか……そんな性格だから。
いや、『友達』と思ってくれてたかどうかすら、実は結構微妙な感じなんだけど。
でも多分、他の奴よりは信用されてたと思うんだよな…。ずっと一緒にいたし…。
いや、そのほとんどは…俺から勝手につきまとってた感もない事は…いや、でも…!
「はぁ……」
自分で考えて、空しくなってきた。

だけど本当に、仲は良かったんだ。うん。
よく皆に意外だって言われたけど……仲は良かった。

俺が彼を『若
(ワカ)』と呼ぶようになったのは、数ヶ月前。
まだ夏の暑さを残した、初秋の頃…―――――。

 

日吉 若。
彼の事は入部当初からよく目に入っていた。
正確には、嫌でもかなり目についた。
何て言うか…纏う空気が違ってたんだ。
とても真っ直ぐ上を、ただ上を臆する事無く見つめていた。
まぁ、それは氷帝の方針上、正しいんだけど…日吉のソレは特に強くて。
それと…他人を寄せ付けない雰囲気もあった。
誰かが近くに来るのを嫌う様な…とにかく、人と必要以上に関わりたくないって感じ。
そんな錯覚を特有のポーカーフェイスと冷静さ、更に発言が現実に思わせていたもんだから、
日吉はいつも、独りだった。
他の一年にとっては実力が離れすぎて…ってのもあったと思う。
だけどとにかく倦厭されてて、苦手意識持たれてて、

正直俺も、苦手な部類だと思ってた。

その認識が変わったのが、あの初秋の夜。

ピンポーン♪

「はいはい…」
家中にインターホンが響いて、部活終わりで疲れてた身体を引きずる様に玄関を開ける。
「何でしょ……って」
驚いた。玄関開けたすぐ目の前に立っていたのは、
「何だ、その間の抜けた顔は?」
あの、日吉だったから。
「どうして…?」
それも私服なんかで。
「忘れ物だ」
「え?」
簡単に一言告げて、ほらと言わんばかりに腕を俺に伸ばしてくる。
「タオル……」
「お前のだろ」
「うん…」
気の抜けた声でタオルを受け取る。
学校に忘れた事には気付いてたけど、『ま、良いか』と思っていた。
別にお気に入りだとか、特別な思い入れがある訳でもない安物だったから。
「あ、ありがとう…。でも、何でわざわざ…」
「別に。俺が顔を洗っていたら、目の前にかかっていただけだ」
「だけど、よくわかったね」
「名前が刺繍してあった」
「いや、家…」
振り返ってみれば、会話自体が初めてかもしれない。
何と言っても一年部員だけで三桁に迫る。そこへ日吉の性格があった。
「……気にするな」
「?」
あれ?今一瞬、ポーカーフェイスに微妙な変化があったような。
「でも気になるし…」
気になって会話延長を試みる。
「……気にするなと言ってる」
「だって俺の家だよ?地図に載ってる訳じゃないのに」
「……調べただけだ」
「調べた?」
あれ?また…変化?
「家の電話帳から調べた。一定区域内に存在する『鳳』の家を全て」
「全て!?じゃ、じゃあまさか、こんな遅くまで俺にタオルを渡す為だけに!?」
「ここで三軒目だ」
「!」
やっと、表情の変化が見えた。どことなく少し、決まりが悪そう。
「お前は運が良い。ここが外れていたら、今日は諦めて明日渡そうと思っていたからな」
「日吉…」
急に、このタオルが大事に思えてしまった。
日吉が…届けてくれたタオル……。無意識に、握る手に力が入った。
「ありがとう」
心から、俺は日吉の瞳を見て真っ直ぐ笑った。
「き…気にするな」
「!!」
またまた変化。今度はちょっと顔が赤い。
もしかして、お礼を言われ慣れてない?
「…………」
よく見ると、結構わかりやすいのかも。
言葉の端々にも、何だか別の意味が込められてる気がするし。
「…………」
ポーカーフェイスだと思ってたけど、案外そうじゃないんだ。へぇ〜。
考えながら、ついつい日吉を見つめ続けてしまっていた。
「……おい」
「…………」
「鳳!」
「わ!ビックリした…」
「俺の顔に、何か付いているのか?」
理由もわからず見つめ続けられていれば無理もない。
日吉の顔が益々ほんのり赤くなって、それからちょっと困った感じになる。
他人から見れば、相変わらずのポーカーフェイスなんだろうけど。
「いや、別に…」
「なら何故見る?」
「え…えっと…ありがとう」
誤魔化す言葉が見つからなくて、もう一度お礼。
「……フン」
日吉が困った感情を込めて瞳を逸らした。
この辺、どんなに大人びてるとか言われても…中一なんだなぁ…。
「とにかくもう忘れるな。わかったな、鳳」
「うん。あ、そうそう」
「何だ?」
「俺の事は『長太郎』で良いよ。皆そう呼ぶし、同じ一年部員だし」
その頃にはすっかり、俺から日吉への苦手意識なんて消え去っていて。
「…わかった。なら俺の事も、下の名で呼ぶといい」
「じゃあ、若
(ワカ)で」
「なッ!?」
日吉の顔が驚きに染まる。ポーカーフェイスまで崩して、瞳を大きく開いた。
「良いよね?ワカの方が可愛いし」
「か、可愛い…?」
「うん。……ダメ?」
恐らくこの歳になってまで『可愛い』と評されるなんて、予想外だったに違いない。
よく見ると、ポーカーフェイスとかそんなの関係無い。はっきり言って、

「い、良いぜ…」
「ありがと、若」

凄くわかりやすかった。

 

この日から、俺は日吉を『若』と呼ぶようになった。
若も俺を、『長太郎』と呼ぶようになった。
今から思うと、不思議な始まりだよな。
初めて会話した夜だったのに…。

翌日の部活からは、俺はずっと若と一緒だった。
アップもラリーもクールダウンも、俺から声をかけて一緒にやった。
しばらくは俺から誘う一方の日々が続いて…次第に若からも俺を誘ってくれるようになった。
何でも、俺の強さを認めたから…らしい。
で、ずっと一緒にいる内に…カッコ悪い話、

恋してました。

気付いたのは、若が初めて笑顔―と言っても、口元を緩めた程度―を見せてくれた瞬間。
例えがありきたりで古くて恥ずかしいけど、打ち抜かれたって感じだった。
わかってしまったら…いつも通りに『友達』してられなかった。
意識して意識して、意識から外そうとして余計に意識。だけど

純粋な若をこの想いが穢すんじゃないかとか。
折角築いたこの関係を粉々に壊すんじゃないかとか。

それで若の顔まともに見れなくて、若が不安がってくのも伝わってたけど…無理で。
ただ切なくて苦しくて、どうしようもなかった。

結局、俺には隠し切る事なんて出来なかった。
加えて白状すると、どこかで期待してた。
若の傍にいたのはいつも俺だけだったから、もしかしたら受け入れてもらえるんじゃないかって。
それで中秋の部活後、人気のない裏庭に連れて行って、

「若」
「何だ、長太郎?」
若は、俺の行動がわからないと言った顔をしてた。
「…その……驚かないで…って、いや、どうしても驚くとは思うんだけど……」
「早く言え」
「うん…」
若の真っ直ぐな瞳が俺を映す。
ドキドキする。
胸が痛いなんてレベルじゃない。―――破裂しそうだ。
「俺…」
息を大きく吸いこみ、拳を握った。
「俺、若が好きだ」
「?何を今更」
やっぱり理解していない。
「恋愛感情で好きなんだ」
「!」
流石の若も、驚愕を隠し切れなかった。瞬間、顔が真っ赤になる。
「ほ、本気で…言ってるのか…?」
若の声は震えていた。俺は、しっかり頷く。
凄く…愛しい。勘違いかとも思ったけど、考え抜いた末の確かな答え。

「俺…若が好きなんだ」
「……俺は嫌いだ」

少し間を置いて、若は一言…消え入りそうな声で返した。
「若…」
「嫌いだ」
今度はきっぱり、言い切った。
「そっか…あの、ゴメ」
「うるさい!」
謝罪をいつもの言葉が遮る。俺がからかう度に返ってきた…俺限定の口癖。
「うるさい、黙れ!嫌いだ!俺はお前なんか大嫌いだ!」
「若ッ!」
俺の制止に何の反応を見せる事も無く、若は俺に背を向けて走り去っていった。
「若…」

若はどうして最後、あんなに泣き出しそうな…傷ついた瞳をしていたんだろう…。

 

「はぁ…」
そんな訳で、見事に俺の初恋は散った。
『大嫌いだ!』
「絶望的、だよな…」
もしかしたら、俺がまたからかってるとでも思ったんだろうか。
自分の答え次第では、嘲笑されるとでも思ったんだろうか。
だから、俺に裏切られたと思ったんだろうか。
確かに『からかい』なら最低だけど…

俺は本気だった。

「はぁ…」
いや、待てよ。
本気だったからこそ、若は嫌がったって事もある。
やっぱ引かれちゃった…?そりゃそうだろ。
きっと『そんな穢れた瞳で俺を見るな』って、そういう意味だったんだ。あの若の瞳。
「はぁ…」
未練がましい。
明日からどうしよう。こう言う時は、部員の多さに感謝。
『長太郎』
「若……」
きっともう、『友達』にもなってくれないんだろうな。

告白するんじゃ…なかったかもしれない。

告白から一週間。
俺はずっと、罪悪感に苛まれていた。
若に嫌な思いをさせた、いや、させ続けてる事に。

意識的に俺は若を避けてる。
若が…俺に何か言いたそうにしていても、それを行動に現そうとした瞬間…俺は逃げる。
怖かった。
トドメを刺されそうな気がして。
だって俺はまだ、本気で若が好きだから。

「長太郎」
「ごめん、ちょっと急用があるんだ」
「それはいつ終わ」
「ごめん!」

嗚呼、また―――罪悪感。

 

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