もっと傍にいたい

例え貴方が俺の後ろに誰かを見ても
例え俺が『誰か』の代わりでしか在れなくても
貴方の傍に存在を許されている限り

俺は、貴方の傍にいたい

   「純真 −to your heart−

土曜日、夕方。
日吉はドラッグストアにいた。
両親に頼まれた物や、自身のテーピング用テープやアイススプレーを買い揃える為に、だ。
「えっと…?」
並ぶ棚、多数の商品の中から目的の品を探していく。
手に取ってはカゴへ入れ、その繰り返し。カゴはすぐに重みを増した。
「これで全て終わり……だな」
親から渡されたメモとカゴの中身を確認し、日吉は頷く。
後はカゴをレジへ持っていき、清算するだけ。
そう思い、足をレジへ向けた時、
「…あ…」
ある物が日吉の目に留まった。

日曜日、正午過ぎ。
真田は自宅で待っていた。
彼以外の家族は全て外出している。
だからこそ今日約束を交わし、待っている訳だが。
「そろそろだな」
時計を確認し、呟く。
その判断の正しさを裏付けるが如く、間もなく家内に響いた音が待ち人の訪れを告げた。
玄関へ向かい、真田は鍵を開ける。
「相変わらず正確だな……」
ガラ…っと扉を開けて、その先にいるだろう相手に告げる。
だが、
「!」
扉の先にいた相手の姿に、真田は息を呑んだ。
相手が顔を上げ、真田を見上げる。
「今日和」
「日吉……」
顔を確認し、改めて驚きを多分に含んだ声で、真田が名を呼ぶ。
日吉は僅か、微笑んでいた。
「あの、これ…つまらない物ですけど」
「どうしたんだ?」
真田が驚くのも無理はない。
今、風にサラサラと揺れる日吉の髪は、漆黒。
普段の薄い茶でなく、深く艶光る漆黒の髪だったからだ。
真田の言葉に日吉は土産を出そうとした手を引いて、視線を落とした。
「日吉」
「あっ」
真田は自覚するより先に、日吉の腕を掴んでいた。
自覚しても別に動揺は起こらない。
「来るんだ」
「真田さん…っ」
強引に、真田は日吉を家内へと引き入れた。

−−−

「真田さん…」
障子を自身の肩幅ほど開け、室内にいる真田に日吉が声をかける。
室内へ入る日吉の肩にはタオルが掛かっていた。
そして髪は、元の薄茶。
「落ちたみたいだな」
日吉の姿を見て、中央に座っていた真田が安堵する。
あの後真田は日吉を浴室へ連れて行き、髪を洗い流すよう言いつけていた。
視線を落とした日吉に、酷い揺らぎを感じたからだ。
「すみませんでした……」
真田の前に腰を下ろし、日吉は心痛そうに詫びる。
「何故、髪を染めたりしたんだ?」
水気を帯びた日吉の髪に、真田が触れる。
「…すみません、後悔しています…。冒涜、でしたよね……」
「『冒涜』?」
全く想定外だった単語に、真田は首を傾げた。
「だって…」
視線を落としたまま、日吉はか細い声を紡ぐ。
「黒髪を得れば、少しでも近づけると思ったなんて……」
「何にだ?」
「真田さんが真に想う人に、です」
「日吉…」
言葉に真田が反応する。
「せめて髪さえ黒ければ、少しは錯覚できると思ったんです」
口元を綻ばせて、日吉は微笑む。
儚い、悲しい微笑み。自嘲にも似た、そんな微笑み。
「自惚れにも程がありますね。それは真田さんの想いすら汚してしまうのに。…それでも」
声色さえ、自らの浅はかさを嘲笑う。
「貴方の傍にいられるなら、俺は代わりで良かったから……」
「…………」
消え入りそうな声。
思っているのでと口にするのでは違う。より意識してしまうから。
「……バカだな」
日吉が誰を意識しているのか、真田には分かっていた。

いつもいつも不安がる。
日吉はいつも影に脅え、それでも自分を追ってくる。
それがどれだけ勇気の要する事か。
どれだけ心を締め付けられる事か。
真田は十分すぎる程に感じ取っていた。

「バカだな、日吉」
真田は日吉の頬に手を添える。
洗髪後も手伝ってか、仄かに温かい。
それから日吉の顔を上げ、自らの顔を見上げさせた。
「俺はお前を、誰の代わりとも思ってはいない」
「…いいえ。貴方は俺の後ろに誰かを見ています。気づいていないだけです」
真田の瞳を、本来なら泣き出していてもおかしくない瞳で日吉が見つめる。
「俺の体温に、誰かを重ねています。そうでなければ…」
日吉が、頬に触れる真田の手に手を重ねる。
「俺の事など貴方は見ない」
体温は溶け合うのに、日吉は急速に冷めゆく心を感じていた。
「けど良いんです。俺が貴方を好きだから」
酷い言葉だ。
こんな事を言えば彼は己を責め、一層自分に同情して離れられなくなるというのに。
自らを卑怯だと憂いながら、日吉は一度放った不安を止める事は出来なかった。
「幸せです。貴方の傍にいれるだけで。貴方に存在を許してもらえるだけで」
こんな事をすれば物質的な距離こそ縮まっても、逆に心は離れていく。
だがそれでも、一秒でも長く彼が自分を思い、傍にいてくれるなら。
「だから、良いんです」

――想いが繋がらなくとも、それだけが俺の全て――

「貴方が俺に触れてくれるから……」
日吉の声は震えていた。
気づき、日吉は口を閉ざす。これ以上は涙が零れそうなのだろう。
「……日吉」
触れたまま、真田は顔を優しくした。
「俺の所為だな。俺の態度が悪い為に、お前に要らぬ不安を募らせてしまった」
共にいれば、後は時間が解決するのもだと思っていた。
「誰の影も気にするな。それは愛情とは違う」
「ですが、」
「お前が誰かの代わりなどせずとも、俺は…」
もう片手も、真田は日吉の頬へ添える。
「俺は、お前は『日吉 若』として想ってきた」
「真田さん……」
ぽたり。
日吉の瞳から涙が零れ、真田の手を濡らした。
不意の涙。日吉自身、何故泣いてしまうのか判断できない。
「それこそ…錯覚です…。貴方が俺に抱く感情こそ、同情。愛情とは異なるモノ」
「違う」
「違いません。…貴方は、貴方が思うよりずっと優しいから……」
日吉の涙は止め処なく零れる。
儚いダイヤモンドの様に、清く美しく、脆い。
「言葉は信用出来ないか?」
「えっ…?」

確かに最初は、同情だったのかもしれない。
拒んでも構わないと、それでも自分が好きだと悲しく笑う日吉に、
確かに最初抱いたのは同情だったかもしれない。
けれど今は違う。
違うと断言も確信も出来る。

この強くて弱い存在を、護ってやりたいと想ったから。
儚い微笑ではなく、心からの笑顔を見たいと想ったから。

「俺は『日吉 若』だけを愛している」
「、!」
泣く日吉に、そっと真田は口付けた。
刹那触れるだけの、簡単なキス。
今この瞬間、日吉に想いを伝える術を真田はそれしか知らなかった。
思えばこれが、初めての口付けだと言うのに。
「……ずっと俺の傍にいろ」
「っ……」
日吉がきつく瞳を閉じ、俯く。
しばし言葉をかみ締めて震え、それから
「真田さん……っ!」
真田の手を抜け、日吉は彼に抱きついた。
しかと両腕を絡めて真田のシャツを強く握り、日吉は肩を揺らして泣く。
「好きです…っ、俺、貴方が好き……っ」
「ああ」
真田は意識して、己の最上だと確信する優しい声色を送る。
「本当に…本当に俺、『俺』として貴方の傍にいて良いんですか…っ…?」
「もちろんだ。俺が求めたのだから」
日吉を抱き返し、真田はその背を擦る。
「そしてお前しか、俺は求めていない」
真田を抱く日吉の腕が、少しだけ強まった。
「っ、…っ…ぅッ……」
「もっと早く告げていれば良かったな。…すまない」
真田の肩に埋まる日吉の顔が、左右に揺れる。
「お前をずっと不安にさせてしまっていた。言わずとも、理解されるものだと思い違いをしていた」
いずれ日吉の不安は自然に消滅していくと、真田は考えていた。
言葉は多く重ねれば重ねる程、価値が薄れるもの。
抱擁も口付けもゆっくりと時間を重ねた末に、日吉の想いに応じて交わせば良い。
その考えが、日吉が髪を染めるまで思い詰めていたという事実に霧をかけた。
そうして日吉の未だ拭い去られない不安から目を逸らした己は、どれだけ無力で愚かしかったのか。
「悪いのは全て俺だ。辛い思いをさせて、本当にすまなかった」
己が未熟を詫びる真田。
日吉の顔がまた左右に揺れた。
「いいや」
優しく両肩を抱き、真田は日吉を起こす。
日吉も真田の肩に手を置き、支えとした。
「だから言おう。お前の不安が消えるまで何度でも」
二人の視線が重なる。
微笑むと、真田は日吉の涙を指先で拭う。

「俺が想い慕うのはお前だけだ、日吉」
「…………」

「お前だけを、ずっと見ていた」
震えながら、日吉の口唇が動く。
「…ほん…とう、…に……?」
瞳はしっかりと、真田を捉えて。
「同情でも…錯覚でもなく……?」
「ああ」
「俺を…俺として想っていてくれたんですか……?」
「ああ」
「後悔…しませんか…?貴方の想いは、それで本当に……」
「ああ」
改めて投げかけられる問いに、真田は頷きを繰り返す。
傍に在る事を許されただけでなく、愛しているという言葉まで贈られて。
どう受け止めようか、日吉は揺らいでいる。不安と歓喜の狭間で、確信を求める。
だから真田は微笑み続ける。
「後悔するかもしれないと思っているのなら、初めからお前を受け入れたりはしない。
 それともお前の目には、俺が生半可な想いで恋をする人間に映るのか?」
「いいえ…」
拭っても拭っても、日吉の涙は途絶えない。
ただ、
「いいえ、いいえ…っ。そんな事思いません…!」
涙の温度が、変わった。
「嬉しい……っ」
嬉しいと日吉は泣く。

初めから諦めていた。
自分はいつか彼の想いが叶うまでの、前座の様なもの。
いずれは別れ、離れていくしかない存在。
ならばせめて、彼の想いが完全に『誰か』へ捧げられてしまうまでは、――愚かな夢に溺れていたい。
そう諦めて、けれど諦めたくない想いが不安へと変化して。
ずっとずっと行き場の無い想いに苦しんでいた。醜い自分が嫌いだった。
なのに彼は、そんな自分を愛していてくれたと言う。
そうだ。何を見ていたのだろう。
『真田弦一郎』という男は、惰性で人に愛を告げない。
彼の愛は嘘でも嬉しい。だが彼の瞳は、少しも偽りを含んでいない。ゆえに真実。
だから分かる。
今彼の瞳に映るのは『誰か』ではなく、自分。日吉、若。

愛されていた。

ずっと想い焦がれた相手に、この自分が。

「嬉しい……」
これほど嬉しい事はない。
歓喜に打ち震えて、日吉は泣いた。
思わず俯いて、自覚と共に湧き起こる幸福を噛み締める。
俯かれては前髪の長さも手伝い、真田に日吉の表情は見えない。
「日吉」
名を呼び、再び頬に手を添え顔を上げさせる。
顔を上げた日吉は、まだ浮かべる表情に戸惑っている様だった。
「真田さん…」
二人は真っ直ぐ見つめ合い、そして、

――求め合ってキスをした。

長く強く、ただ口唇を重ね合わせているだけの静かな口付け。
だが心を満たす充足は、何にも負けない。
「、……」
口唇が離れても、満ち足りた想いは消えない。
日吉はそっと瞳を開けた。
目の前に、視界に広がるのは愛しい相手の姿。
日吉は微笑む。
それは悲しさからでも自嘲からでもなく、この上ない幸福だから。
目の前の人間を、抑えきれず慕っているから。

「俺、貴方を心から愛しています!」
「!」

浮かんだ笑顔は迷いなく、満面。
照れ隠しもあったのだろう。先程よりも強く大胆に、日吉は真田に抱きついた。
「…………」
真田はしばし心を奪われ、
「俺もだ」
右手は頭に左手は腰に、真田も確かな力で抱きしめた。
こうして体を密着させていれば、鼓動の乱れが伝わってしまうかもしれない。
真田は思う。
この動悸が、日吉に気づかれてしまわないだろうか。
自分がひどく動揺しているなど、日吉も予想だにしていないだろう。
(参ったものだ)
望んでいた彼の心からの笑顔に、まさかこれほど時めくとは。
体が熱い。
しばらくこうしていないと、恐らく紅潮した顔を見られてしまう。
日吉もそうなのだから、別に見られて構うものでもないが。
青臭い自分に、苦笑を禁じえない。
けれど今はそれよりも、
(予想を遥か超えていたな。――――良い笑顔だ)
夕暮れまでにはまだ数時間。

さて今日は、どうしてこの笑顔を護ろうか。



・後書き(9月25日)
 オンリー万歳!(開き直り)赤也の誕生日なのにやったで、俺はー!!(ヤケ)
真若。真田弦一郎×日吉若。たるんどる×下克上(何)。It's a 和風カップリング.
エゴフリ以外では絶対発見できない組み合わせだと自信をもって断言出来ます(遠い目)
姓名判断では『趣味や価値観が同じ』で『二人が一緒にいる事が自然』な『すぐに愛が芽生える』関係。
真田さんの大人の包容力で、不器用で思い詰めやすい若を包み込んであげる愛。
良いと思うんですけど…。氷帝相手や若愛連合相手と違って、若の方が必死に恋愛してますし。
…この訴えが逆に虚しいですか?でも良いんです。私が好きだから。大好き、真若。

 真若は付き合ってます。真田からは見守る愛。でも想いが言動に見え難い(昔人間だから)。
なので若は真田が『誰か』への想いを錯覚し、自分の背後に『誰か』を見ていると思っています。
けど心から好きな相手が「好きだ」と言ってくれてるのに、
自分から「貴方が真に愛してるのは○○でしょう?」とは言えません。
しかしもっと傍にいたくて、身代わりでも想いを注いで欲しくて、若はそればかり考えて。
今回の染髪はその所為です。黒髪になれば…と。すぐに洗い流すよう言われ、そうしましたけど。
真田も若が本心から決断して染めたなら文句無かったんでしょうが、若が目を逸らしたので。
 ちなみに最初抱きついたのは、『嘘でも嬉しかった』から。
二度目には真田の想いが真実だと知って、心から幸せだったから。
若への愛は、いかに若を安心させるかが鍵。若は恋愛に関しては己に自信が無く、臆病だと思います。
でも愛し愛されて、若はやっと幸せになれました。めでたしめでたし。
 てか、『誰か』は結構誰でも良いですが跡部様は除外。けど真田さんの周囲に黒髪が多くて良かった(笑?)。

 それではこの辺で。真若同志様募集、とかは言いません。
ただ「ああ、まぁアリなんじゃない?」位思って頂ければ、それで幸せです。本当に。
それでは、真若書けて幸せいっぱい
萌えいっぱいな時川でした☆
ああ、でも2、3人は「真若も良いですね」って言ってくれるお方が欲しいです…(コラ)