「Feel your breeze」

 あたたかい。でもって、
「ん……」
 気持ち良い。
「ぅ…ん……」
 ゆっくりごろごろ。やっぱ休日の朝の醍醐味は…
『お……。起…ろ……』
 何だよ…。折角良い気分なのに…。
 身体を揺すられて不満に思っても、瞳は閉じたまま。
『りょ……い…加げ……』
「あと五分……」
 吐息と同時、呟いた。同時にぎゅうぅ…と腕の中の布団、抱きしめて。が、
 ベシッ!!
「っ……」
 頭を思いっきり叩かれた。
 あれ…?今朝はいつになく乱暴な起こし方…?
 って言うか…何か…布団にしては……感触が違う……?
「いい加減、起きい!このアホ!」
 
ベシッ!!!!
「痛…ッ!」
「痛いのはこっちや!さっさと起き、言うとるやろ!!」
 ?あれ?カンサイベン……かんさいべん……関西弁……
「忍足ッ!!!?」
 ハッと瞳を開ける。すると…
「よぉやく起きたか…」
 腕の中には、忍足がいた。つまり…さっき思いっきり抱きしめたのは忍足…。

「俺を絞め殺す気か思うたで?」
 にっこり笑顔で(当然瞳は笑ってない)、忍足は優しく言う。
「ご、ごご、ごめん!!」
 慌てて飛び起き、ベッドからも離れる。
 救いと言えば、昨夜は本当にただ『一つのベッドで寝た』だけだった事。
「まったく…自分の誕生日に『あと五分』て…よう言えたもんやな」
「つ、つい…。だってお前…抱き心地良いんだもん……」
「う、うるさい!それより早く支度するで?」
 照れくさそうに顔を真っ赤にして、忍足もベッドから降りる。
「寝癖…ついてるで」
 近づき、忍足の指が宍戸の髪を撫でた。
「忍足…」
「ん?」
「おはよ」
「!!」
 不意打ちに、宍戸は忍足と口唇を重ねた。
「な、何すんねん!?」
 手で口を覆って、言及する。
 宍戸は軽くからかう様に、自分の口唇に触れて…
「おはようのキス、かな」
 笑ってみせた。

 

「いって…。お前、今だに痛ぇんだけど?」
 玄関外、左頬を擦りながら忍足を見る。
 忍足はつま先で地面叩いて、靴を整えながら
「うっさい。黙れ、変態」
 それだけ返した。
「いーじゃん。アレ位、外国じゃほんの挨拶だろ。一瞬触れただけだし」
「日本では日本のやり方に従え」
「忍足さーん。今日は俺のバースデーデートに行くんですよー?機嫌直して下さーい」
「心がこもってない!」
 ふん、と自分に背を向ける恋人に、宍戸は声を殺して笑う。
 可愛い。微笑ましい事この上ない。
 ちらと周囲を見回して、通りに誰もいない事を確認する。
「忍足」
 真剣な声で、忍足の肩に手をやる。
「……何やねん」
「愛してるから許せよ」
「ぅわ」
 一気に後ろから抱きしめた。
「し、宍…宍戸……」
「…好きだから、さ」
 午前の…大分涼しくなった風が、気持ち良い。
「アホ……」
(あー…激幸せ……)
 早起きはするもんだな…と実感。ただ現時刻は朝九時で、それ程早朝でもない。
「ほ、ほら…。もう放し?これじゃ何処にも行かれへんやろ」
「じゃ、許してくれた?」
「わかった。わかったから」
「……ちょっと残念」
「アホ!」
 その真っ赤な表情に、宍戸はクスクス笑う。一瞬、忍足はムッとした表情を見せたが、
すぐに息をついて呆れた。
「まったく…外でよぉやるわ」
 呆れ120%に言い、駅へ向かって歩き始める。宍戸もそれに続く。
「誰もいないからいーだろ?」
「黙れアホ」
「アホって何だよ」
 追いついて、忍足の隣を歩く。
「自分の誕生日やのに、小遣い前借りしてくるアホなんておらんやろ」
「前借りったって…ほんの二日だろ」
 ちなみに両親からのプレゼントも、頼んで現金にしてもらっていたりする。
「誕生日に大出費か…。珍しい男もおったもんや」
「だって今日のデートは外食だしさ。やっぱ男としては…」
「俺も男なんやけど?ってか、普通はソレ、相手の誕生日の時にやるよなぁ?」
「だってこういう時でもねぇと…大金が手に入んねーから…」
「大金ってお前。それに外食言うても、いつもファストフードやファミレスの値段にほんのり上乗せしただけ…な所でやん」
「けど一番安くて980円のランチだろ?」
「ケチくさー。金額に拘る男は好みやないなぁ」
「えぇッ!?」
 それから顔を見合わせて、
「あははは…ッ」
 一緒に笑った。
「ははッ。なぁ、まず何処行こうか?」
「そうやなぁ、じゃあボウリングでもして、汗流すか?」
「俺のおごりでな」
「あはは!気前ええなぁ。めっちゃ好みやわ」
「よく言うぜ」
 また笑い合う。
 自然体でいられる相手。もちろんそれは、彼だけではない。
「じゃ、ボウリングな。俺、巧いぜ?」
「俺だって自信あるもん」
「なら勝負だな。俺が勝ったら、言う事聞けよ」
「せやったら、俺が勝っても同じやで?」
「乗った」
 ただその中で、最も傍にいて心地良いと思える…唯一の相手。

 そこからは、何もかもが楽しかった。

 

「うー…ん…」
「もう止めときや。800円もつぎ込んでるのに、獲れる気が全然せぇへん」
 ボウリング場の二階にあるゲーセンで、UFOキャッチャーと格闘中の宍戸に忍足が呆れて告げる。
 面に散々へばりつき、何度もクレーンの動きを確認してボタンの押し放しをしているが、
標的をわずかに動かす程度で…絶望的だった。
「だって…あのブレスレットが欲しいって…お前が言うから……」
 ヤケになった瞳で、宍戸が手を面に触れさせながら答える。
 それが勝者である忍足の望みだから、と。
 特に…と言うか、誕生日の、本来なら祝われるべき相手に何かさせたい事もなく、
適当にUFOキャッチャーの景品をねだってみただけなのに。
 確かに、そのブレスレットが欲しくなかったと言えば嘘になる。欲しかった。けれど。
「じゃあ…俺が手伝ってやるから。大体このクレーンの癖は掴んだ。俺の言う通りにすれば、絶対獲れる」
 にっこり、笑ってやる。
「でも…」
「ええやん、別に」
 ボウリングの結果だって、物凄く僅差だったのだから。
「ほら、100円入れて」
「あ、ああ」
「俺が合図したら、ボタン放すんやで?」
「ああ」
 氷帝の天才に、間違いはなかった。
 見事にクレーンはブレスレットに引っかかり、ポストまで運んだ。
「やった…」
「な?俺の言った通りにすれば、獲れたやろ?」
「うんうん!すげー…。俺、今までキャッチャー系じゃ、ぬいぐるみか菓子しか獲った事なかったからさ……」
 何やら、感慨の様な物を覚える宍戸。
「あ、そだ」
「ん?……あ」
 景品を取ったかと思うと、宍戸は忍足の手をとった。
「はい…っと」
 綺麗な手首に、シルバーのブレスレットを飾ってやる。
「大事にしろよ?」
 凄く嬉しそうに、宍戸は笑う。まるで自分が貰ったかの様に。
 この笑顔が、忍足は大好きだった。優しくてあたたかくて、、、安心する。
「ありがとな…」
 宍戸の触れた手、着けられたブレスレットに触れて、忍足は微笑み返した。
「へへ…」
 照れくさそうに、宍戸は頭を掻く。それから思い出して、
「そうだ!じゃ、次は俺の得意なヤツ見せてやるよ!」
 忍足の手首を引く。
「反応速度上げたから、激得意なんだぜ。ダンス物が」
 触れ合う個所が、あたたかかった。

 

 飲食店。隅の席で、二人は食事をしていた。
「見ただろ?あの最高ランク。惚れ直した?なぁなぁ?」
「あんなぁ…」
 ガキかお前は?とあしらう。
「だってしばらくはテニスで良い所見せられねぇし。勉強じゃ丸っきりだし」
「ああ、もう。口の端にソース付いてる!」
 指で宍戸の口唇を、そっとなぞる。
「ったく、永遠のお子様やなぁ、亮くんは」
 そのまま指に移ったソースを舐めた。
「…………」
「?どうした?」
 宍戸の顔がほのかに赤く、忍足は不思議そうに尋ねた。
「いや…ちょっと今、軽い未来予想図が……」
「は?」
「結婚記念日って…こんな感じかな…ってさ」
「はぁッ!?」
 突然何を言い出すのか。つられて、忍足まで赤面してしまう。
「こんなんだったら、もっと食べにくい物、注文すりゃ良かった」
「アホ!!!!」
 ベシィッ!!!!
「…………」
「ドアホ」
「帽子脱いでた人間に…テニスで鍛えた右腕で…てのは酷いとか思いませんか…?
亮は脳が揺れたかと思いました…」
「アホな脳には良い刺激になった思え」
「何だよ…。じゃあ、舐めなきゃ良かっただろ…?」
「癖や、癖」
「ならお前は、誰にでもそれやんの?」
「…………」
「…………」
 間。
「忍足?」
「ふん」
「デザート……何、食べる?」
「ミックスベリーパフェ」

 『バースデーデート』と銘打っても、続くのは普段と同じ掛け合い。
 ただいつもより多くの時間を共有できる事が、何より楽しく嬉しいだけで。
 本当は、これだけで宍戸の誕生日に願いは叶った様な物だった。

 が、
「宍戸」
「ん?何何?」
 デパート内の憩いベンチに並ぶ二人。
「で、お前は結局何が欲しいん?」
「え?」
「せやから、約束。先週の…」
「ああ。『何でも我儘聞いたる』ってヤツ」
「そ。早よ言い。この後の予定、わかってるやろ?」
 そろそろ家に帰る時間だ。時間的には午後三時だが。
「俺、ちゃんと貯金下ろして来たんやで?」
「そうだなぁ…」
 考える。何も思いついていないのではなく、思いついているからこそ。
「怒るなよ?」
「流石にX−BOXとか言うたら怒る」
「いや、金はかかんねぇから」
「せやったら何や?言ってみ」
「マジで…怒んなよ?」
「ええから!早よ言え!」
 じゃあ、と、宍戸は忍足の瞳をじー…っと見つめた。思わず、忍足の鼓動が高鳴る。
「俺と…」
「俺と?」
「結婚して」
「何や結婚……、結婚!!!?
 即座に赤面して、忍足が宍戸から離れる。
「な、なな…」
「ああ、安心しろよ。真似事だから。真似事」
「ま、真似事…言うても…」
「このデパート、式場ある関係で教会もあるだろ?そこでちょっと…良いかな、なんて」
 にこにこ。
 その笑顔には『何でも我儘聞くっつったよな』と書かれていた。

 

 結局、
「思ってたより本格的だな」
「そ、そやな……」
 断りきれず教会に来てしまう、律儀な忍足でした。
「じゃ、忍足…」
「…………」
 両手をとられる。
 どちらにとって幸いなのか、周囲に人影は皆無。
「病める時も、健やかなる時も、永遠の愛を宍戸亮に誓いますか?」
 ご機嫌に宍戸が尋ねる。
「…………」
 顔が、耳まで真っ赤な忍足。
「ほら、忍た…じゃなくて、侑士」
「……ち、誓います…。誓えばええんやろ、もう」
「そうそう。なら次。お前が言って」
 どうすれば、この男はこんなにもアホな事に頭が回るのか。忍足は心で毒づく。
加えてどうして、自分はこんな男に惚れて仕方ないのか。
「永遠の愛を…誓う…か?」
「とーぜん

「ん…ッ」
 抱きしめられて、口唇をふさがれる。神の前で誓うには随分深い…とか、
どこか冷静にツッ込みつつ、忍足も宍戸を抱き返した。

 最高の、安らぎ。
 この心地良さを知ってしまったら、二度とは元に戻れない。喪失など考えも及ばない程の、幸せ。
 2ピースしかないパズルの様に、唯一だと思える、絶対の相手。

「……ふぅ」
 永い口付けの、終わり。
「激気持ち良かった…」
「アホ。恥ずかしい奴ー」
「でも、あれだな?」
「何?」
 抱き合ったまま、互いの顔を見れない体勢のまま、会話を続ける。
「神様の前で誓った以上、破棄できねぇからな」
「離婚率知ってて言ってんのか?」
「でも和歌にもあったろ?」
「あれは女が男を引き止めるのに使うた歌や。意味が違うわ」
「けど、誓ったもんな」
「俺、無神論者やもん」
「じゃあ、俺に誓った事にしとく」
「勝手な奴…」
「今更だろ」
「ったく…」
 忍足が、軽く笑ってため息をつく。
 今日は宍戸の誕生日。それが望みなら、折れてやっても良い。
「亮…」
「え…?」
「もっかい、キスし…」
「…侑士…」

 もしかしたら本当は、望んでいたのは自分だったのかもしれないけれど。

 

 薄紫が、頭上には広がっていた。
「忍足…」
「はいはい。明日は俺が弁当作って行ってやるから」
「いや、別に弁当の心配をしてる訳じゃ…」
 玄関際。何故にこうムードが出ない別れなのか。
「残りのケーキは、ちゃんと家族に分けろや?夕飯食った後に、一人で食べきったら太るからな」
「わかってるよ」
 嗚呼、やっぱりムードが無い。密かに悩んでみる。

 あの後、今度は忍足の家に帰って、二人で料理を作った。
正確には、忍足の調理を宍戸が手伝った。いや、宍戸に仕事を忍足がわざわざ作って、任せた。
 それが『予定』だった。
 バースデーケーキとミニサンドやクラッカーピザ程度の軽食物を、二人で作る。

「まだ怒ってんの?」
「何を?」
「料理中も、俺が『結婚したらこんな感じかな』っつった事」
「あー……別に」
「別に!?」
 それはそれで、何気にショック。
「てか、何で今日はいつも以上に『結婚』に拘ったん?」
「『結婚』に憧れる年頃なんだよ」
 無意識に目をそらして。
「嘘つき」
「嘘じゃねーよ」
「お前は嘘つくと帽子がずれるって知ってたか?」
「えッ!?マジ!!!?」
 慌てて、宍戸が帽子を整え…
「嘘や。んな訳あるか」
「…………」
 忍足の勝利。
「ほれほれ。正直に言ってみ〜」
「…………」
「何?俺にも言えへんよーな怪しい理由?」
「違ぇよ。……刷り込み」
「?」
「『結婚』て連発したら、お前もその気になってくれっかな…って」
「はぁ?」
「あーもう!だから言いたくなかったんだよ!……好きなだけアホ扱いしろよ!」
 不思議な男。顔を真っ赤に染める宍戸に、忍足はいつもそう思う。
 あれ程恥ずかしい事を平然と真顔で言い切れるくせに、こういう時だけ恥ずかしがる。
その基準が毎回理解出来ない。
「アホ」
「う゛」
「激アホ」
「うぐ」
「救い様のないアホ」
「…………」
(あ、段々涙目になってきよった)
 これが意外と楽しく、忍足は密かに好きだったりする。
(誕生日にイジメ過ぎたか?)
 結構サービスしてやったと思うのだが。
(しゃあないなぁ)
 誕生日。そう。今日は彼の生まれた日なのだから。
「宍戸」
「…んー?」
 両腕で、宍戸の頭を引き寄せる。すぐ傍に、真っ直ぐな瞳が見える。
「未来なんて、今の俺にはどうでもええわ。大事なんは」
「!」
 更にぐいと引き寄せる。瞳を閉じて、口唇をそっと重ねた。
「……こういう一瞬やねん。ドアホ」
 自分も随分、恥ずかしい事が言えるようになったもんやと、内心呆れつつ。
「ハッピー…バースデー…」
 微笑を最後のプレゼントに送って、忍足は玄関の扉を閉じた。
「忍足…」
 突然のキスにドキドキして、
「へへ

 自然と笑みが浮かんだ。
「ああ、また明日な!」
 扉越しに声をかけ、宍戸は帰路を走っていった。

 

 翌日。
 『宍戸亮・欠席』。
「あのアホは何をやらかした訳?」
「何でも、食べすぎで身体を壊したらしいです」
「やっぱり全部一人で食ったか……」

 ちなみに忍足手作り弁当は、放課後お見舞い(毒吐き)に行った忍足が手渡し、
その日の宍戸の晩御飯となったので、ご安心を☆

END  


 

・後書き
 宍戸バースデー当日編です。間に合って良かった……(現在9月29日午後4時)
人間、頑張れば『ネタ作り→執筆→完成』まで、一日で出来るものですな!(誉められた事じゃねぇだろ;)
 タイトル見たら解るでしょうが、はい。7月中に書き上げる予定だった訳です。コレ;;
しかも…跡忍バースデー前哨編が、まだ半分しか…。当日編など本気でネタが無い…(爆爆)どうしよ…(えぇ!?)

 内容は…「ボーイフレンド」の続きだし…と思って、あのノリで考えてやろうと思ったら……
めっちゃバカップルで砂!!!!(あえて変換/爆)
最初はここまでバカップルじゃなかったはずなのに…。流れが出来てないのに、見切り発車するもんじゃないですな(死ね)
 でもって、続きなので『結婚』に拘らせてみました
vv
『宍戸侑士』って言ったら、鳳と同レベルなのでアレですが(笑)
ちなみに忍足家の家族は、夕方まで出かけてる設定です。料理中もイチャイチャだったと思います(爆)
けどこの夫婦、激好きです〜
vv宍戸は頼れる漢ですぜ、奥さん!(誰)
 ただやっぱり、「亮」「侑士」と呼び合わせたくて堪らなかった今日この頃。次の宍忍では、そう呼ばせようかな…。
最近マジで、「俺の本命…もしかせんでも宍忍じゃねー?」とか思ってるので(核爆)
 あ。和歌は『忘らるる 身をば思はず ちかひてし 人の命の 惜しくもあるかな』。女は怖い…って歌です(え)

 それでは、時間が無いのでこの辺で!(オイ)
宍忍、こんなバカップルネタしか無い訳じゃ決して無いので、
本当に!本当にどうか!!見捨てずに、むしろ愛してやるか、の勢いでお願いします!!!!でわ♪
(あ;これから合同日記の宍忍バースデーネタ考えないと……/爆死)