「Colder Mission」

 某月某日。氷帝学園。放課後。
 鳳は、コートへと走っていた。
「すっかり遅れたなぁ…」
 まさか、自分が日直の日に限って連絡事項が大量にあるとは思ってなかった。
 その全てを細かく日誌に記入していたら、部活に16分も遅刻してしまった。
「早く行かないと…」
 彼が更にペースをあげようとしたその時、
「鳳、鳳」
「?」

 どこからともなく、自分を呼ぶ声。
「鳳、こっちや、こっち」
「え?」
 周囲を見渡しても、姿無し。
「ここや、ここ」
「ああ、その声は忍足先…、ッ!?
「や」
 鳳の視線の先には、中庭の茂みに隠れた忍足の姿。
「先輩…何を……?」
「見てわからんか?隠れてるんや」
「何故…?」
「ちょっと跡部が凄い事なってて」
「え?跡部先輩が?」
「まぁ、ちょっとおいで」
「は、はい……」
 周囲をもう一度見渡して、誰もいない事を確認してから鳳も茂みに入る。
「いやぁ、鳳を待っとったんやで、俺」
「はぁ…。それで、跡部先輩が凄い事って?」
プチアルマゲドン来てもうた、って感じかな」
「え!?」
 どこか遠い瞳で、忍足は笑っていた。
「ちょっと…怒らしてもうて。それで、鳳に頼みがあるんよ」
「頼み…すか?」
「ああ」
 ぽん、と鳳の肩を叩く。
「跡部尾行して、機嫌の良し悪しを随時教えてくれへん?」
「へ!?」
 一瞬、思考回路が止まる鳳。
「流石にこのままはヤバいと思うんよ。で、謝りたいんやけど…ほら、
機嫌の良い時に謝った方がまだ!まだ…収拾つくと思わん?」
「確かに…」
「頼まれてくれるか?」
「えっ…いや…あの…」
 プチアルマゲドン襲来とまで表された、激怒中跡部を尾行しろなんて…ある意味、
バラエティ番組の罰ゲームに等しい。
「な!頼む!!ちゃんと礼はするから!!」
「だ、だけど…」
「頼む、鳳!!お前しかおらんのや!!」
 両手を合わせて、必死で懇願する。そんな忍足に、鳳は…
「わかりました…」
 断りを口にする事は出来なかった。
「それで…具体的にはどうすれば…」
「具体的には、さっきも言った様に跡部を尾行し、携帯で随時その機嫌を連絡。
最上と思った瞬間、俺と合流して、俺もそうやと思ったら謝る」
「思わなかったら?」
「もうちょっと尾行」
「はぁ…」
 とりあえず理解。
「あ、そうそう」
「何すか?」
「これが一番重要な事や。心して聞き」
「はい」
 引き受けた以上、鳳は気を引き締める。
「途中、尾行がバレても絶対俺の差し金や言うな。何とか誤魔化し。何してもええ。
誰の所為にしてもええ。せやけど、絶対に俺の名は出したらあかん。
裏に俺がおるなんて、死んでも跡部に知られるな」
「もし、バレてしまったら…?」
「その時は…」
 ふぅー…と、忍足は一つ息をつく。そして
「どんな手段使うても、お前を退部に追い込む」
「ッ!!!?」

 その瞳は、言葉が真実であると雄弁に語れる程…冷たかった。

 

「あの…先輩」
「大丈夫や。鳳やったら出来るて、俺は信じてる」
「いえ、思ったんすけど、先輩と跡部先輩の間に一体何があったんすか?」
「……そうやな。協力を頼んだ以上、知る権利があるな」
 そして真剣な眼差しで、じぃ…っと鳳を見る。
「ここだけの話な」
「はい」
 鳳の首に腕を回し、ぐいと引き寄せる。
「を、された所を見られてもうたんよ」
「はい?」
 全く訳のわからない鳳。
「いやぁ…クラスメートにいきなり、今みたいなんされた所を、もうホンマ偶然に、
最悪のタイミングで見られてもうたんよ、跡部に」
「で、でもそれで…何で跡部先輩が怒るんすか?」
 ぎく

 協力者とは言え、口が裂けても『恋人同士だから』とは言えず、少し説明に困る。
「……中二にはわからへん、中三の事情ってもんがあるんよ」
「そうなんすか」
 鳳は素直に納得する。
「じゃあ、俺も中三になったらわかりますか?」
「う〜ん…その時は高一の事情になってるかもしれんなぁ…」
「大変なんすね、先輩って」
「ありがと、わかってくれて…」
 本当に、イロモノ扱いされる部の中で、何てまともでいい子の後輩なのか。忍足は心で感涙した。
 大変なのは、先輩だからではなく跡部の恋人だから、と同じく心で付け加えて。

「じゃあ、俺はここで隠れて応援してるから、頑張ってな」
「せめて健闘できるように、努めます」
「ありがとう、鳳。本当、こんな茂みの中で待っとって良かった…」
 鳳の両手を握り、心底感謝する。
「あ、そう言えば」
「何?何か、まだ質問でも?」
「何で、俺なんかにそんな重大な役目を?」
「ああ。それは」

岳人:尾行自体無理(飛ぶから)
宍戸:見つかった時、隠し事が出来ずバレそう
ジロ:起きてられない
樺地:観察役には最適だが、逆に離れられないので連絡が無理

「消去法や」
「はぁ…」

 

 コソリ。
 忍足の頼み通り、樹木の影に身を潜め、跡部を伺い見る。
(本当に…不機嫌極まりないっすね…)
 遠目で見ても、彼の怒りが伝わってくる。
(でも何で、忍足先輩が何した訳でもないのに、跡部先輩は怒るんだろ…。
跡部先輩の嫌いな奴と仲良くしてたって事なのかな…?)
 色々考えながら、樺地を引き連れた跡部の後を付いて行く。そこへ、

「おい、跡部ー」
 向こうから、宍戸が駆けてくる。
「何だ、宍戸?」
「う…」
 ギロ、と睨まれ、宍戸が息を飲む。
「早く用件を言え!!!!」
「いや、あの…お、忍足と鳳が…来ないな…って…」
「忍足?」

(ッ!!!?)
 その名に跡部の怒りが更に増したのを見て、鳳が凍る。
(ヤバいっす!!宍戸さん、今その名前はヤバいっす!!!!)

「え、と…鳳は日直で遅れるらしいんだけど、その…忍足は何で来ねぇのかな…って」
「何でンな事を俺が知ってなきゃならないんだ!!!?」
「だってお前ら、最近よく一緒に部活来るから…」
「偶然だ」
「そうなのか?…って」
(ッ!?)
 宍戸と目が合ってしまう鳳。その心臓が、ビク!!と大きく跳ねた。
「そんな所で何してんだよ、長太郎」
「鳳?」
 跡部も振り返り、宍戸の指す方向を見る。
「え、えっと…」
 見つかって尚、隠れ続ける方が怪しい為、視線を泳がせつつ出てくる。
「お前も何か、跡部に用なのか?」
「えっ!いやッ!?」
 焦る鳳。
 何か、何か上手い言い訳を考えなくては。
 じゃないとレギュラー落ち所か、退部に追い込まれてしまう。
「えっと…」
 二人の視線が痛い。
「!」
 と、唯一自分を追求の目で見ていない人物に気付く。
「そ、そうだ!あの、か、樺地に用があって!!」
 とっさにしては、ギリギリ生命線を繋げたと思う。
「コイツに何の用だ?」
 本人に睨んでる気はないだろうが、何分機嫌が悪い為、物凄く目つきが悪い。
「あの…」
 はっきり言って、蛇に睨まれた蛙状態で鳳は頭を巡らす。
「な、
夏休みの自由研究について少々!」
「「夏休み?」」

 跡部だけでなく、宍戸まで声を揃えて驚く。
「お前、夏休みまで何日あると思ってんの?」
「ああ、いや、だから、お、俺…ノーコンじゃないっすか。
それで去年、凄く的外れな自由研究しちゃったものだから…
い、今の内から…樺地に相談に乗ってもらおうかな〜なんて…。は、はは、あはは…ッ」
 不自然さなんてお構いなしに、引きつった笑顔で笑う。

(ごめんな、鳳…。ごめんな……)
 先程、鳳が隠れていた木の影で涙する忍足。
 実は跡部の機嫌が良い時すぐに謝れるよう、尾行する鳳を更に尾行していたのだった。
(俺、何があっても鳳だけは護るわ…)

 そして。
うわぁぁん!!先輩、俺…俺、怖かったっすよぉ〜ッ!!!!」
「よしよし…」
 初めにいた茂みで、あまりの恐怖と緊張に泣き出してしまった鳳の頭を、優しく撫でて忍足は慰める。
「ふぇえぇぇん…ッ!!!!」
「今度、何でも言う事聞いたるからな…」
 撫で撫で。撫で撫で。

 

(やっぱり、自分の問題は自分で片付けんとな…)
 素直でまともな後輩を泣かしてしまって、かなり胸が痛く辛い。
(景吾…少しはマシになってるとええけど)
 意を決して、彼の座るベンチに向かっているとは言え、やはり気になる。
 しかし120%勘違いで、何も悪くない自分がこんなに苦しんで謝るというのは、如何なものか。
 だがこれ以上、鳳の様な被害者を出す訳にいかない。
「あ、跡部…」
 勇気を振り絞り、呼びかけた瞬間、
「侑士、大遅刻ー!」
「ッ!?」

 背後から、向日が首に飛びついてきた。
「全く、何やってたのさ?」
「や…いや、岳人…」
 侑士の声が震える。
 向日は、その後もぶらりんと忍足にぶら下がる。
 物凄く嫌な予感が、本能を駆け巡る。激しく鼓動を打つ身体で、ゆっくりと視線を跡部に戻す。
「ッ!!!?」
 さーッと忍足の顔から血の気が引いた。
 視線の先、跡部は怒りが頂点を突き抜けてしまったのか……むしろ口元に笑みさえ浮かべていた。
 
ダッ!!!!
 向日を付けたまま、忍足は校舎裏へと自己ベストとも言い切れるスピードで駆け抜けて逃亡した。

「侑士…どしたの、急に?」
 校舎に手をついて、忍足は過度に呼吸を乱していた。
「あんな、岳人は俺の事…大切な相方や思ってくれてるか?」
「うん!トーゼンじゃん」
「やったら…」
 がし!と強く向日の両肩を掴む。
「やったら、少しでも大切や思ってくれてんのなら、
今後コート以外では飛びついたりとか一切絶対、地球が滅びてもせんでくれ」
「え?」
 首を傾げる。
「頼むから!!頼むから、俺が『ええ』って言うまで何もせんで!!!!」
「え?え?」
 軽く混乱する向日。
「良いから『うん』て言え!!!!」
「うん!!!!」

 その必死の迫力に押されて、結局1ピコグラムも状況が読めてないのに、
承諾させられてしまう向日であった。

 

 再び、跡部を茂みの影から覗く。
(うわ〜、めっちゃ機嫌悪ぅ〜)
 他部員も跡部が気になって仕方がないと言った表情で、何度もその機嫌の上下を伺いつつ練習している。
(早よ謝らな…この部、来年は
廃部になるで…)
 だけど、怖いものは怖い。
(俺…ほされるかもしれん…)
 流石に、命までは取られないだろうが。
(鳳…お前の犠牲、無駄にはせんからな…。草葉の陰で見守ってくれ…)
 
まだちゃんと生きてます
(よっしゃ!忍足侑士、覚悟決めるで!!)
 立ち上がって、今度こそ跡部の下へ一直線に進む。
「跡部!」
「…………忍足」
 低く、恐怖を掻き立てる声が耳に届く。
「話があるんや。ちょっと、二人になろう」
「……いいぜ」
 ゆっくりと、跡部が忍足を見据えながらベンチを立つ。
 コートを離れゆく二人を、
(忍足先輩、大丈夫かな…?)
 唯一、事情
(の一端だけ)を知る鳳が不安げに見送っていた。

 

 またも校舎裏。
「話って何だ?」
「えっと…その…」
 色々言葉を考えてきたはずなのに、本人を前にしてしまうと上手く出てこない。
「良い…天気やなぁ?」
「雲が出てるが?」
「最近、部活の方はどう?」
「同じ部だろうが」
「昨日は何してた?」
「お前と一緒にいただろ」
 人間、追い詰められると何を言うかわからない。
 忍足は深呼吸し、跡部を微かに上目遣いで見て…切り出す。
「あの…俺…」
「絶対に離さねぇからな」
「は?」
 責める言葉を予期していただけに、面食らってしまう。
「お前が俺以外に誰を好きになろうと、絶対に渡さねぇって言ってんだよ!」
「いや…え…?」
 まさか、そんな事を考えていたなんて。
「俺は何があろうと、別れる気はねぇって言ってんだよ、バカ!!!!」
「ぁ……」
 我儘も甚だしい。勘違い話を勝手に脳内で発展させて、勝手に結論を出して。
「何やの…それ…」
「?」
「バカは景吾やないの!!このバカ!アホ!!」
「な…っ!?」
「何でいつも自分勝手に判断するの!?俺の言葉待ってからでもええやん!!」
 予想外の反撃に、気迫に、あの跡部が言葉を失ってしまう。
「自分の都合の悪い事が嫌いで、すぐ八つ当たって、怒鳴るわ、睨むわ、サボるわ、
ラケット投げつけるわ、物や人を蹴飛ばすわ!!一方的で自己中心的で俺様で、
俺の事だって自分の所有物くらいにしか思ってへんくせに!!!!」
 今までの思いが、洪水の様に流れ出てくる。
「大体、ちょっと同級生と話した位で、浮気なんかするか!!自分だって他の男と話するし、
多少の接触はあるやろ!!それを俺だけ責め立てて!!その束縛をまず直せば、
もっと幸せな生活がおくれるわ、全員!!!!
「お前、そんな事思ってたのかよ!!!?」
「思ってたよ!!!!」
 腹の底から、思いっきり叫んだ。
「今だって、謝ろうと思ってたのに別れ話と勘違いして…これがバカでなくて何て言うんや、
この
バカ景吾!!!!
「!」
 跡部が、ハッと何かに気付いた顔で、忍足を見た。
 忍足の頬を、涙が伝わっていた。
「何よりバカでアホなんは…そんな景吾を好きでしゃあない俺や!!こんな…こんな、
我儘で自分勝手で独占欲と所有欲が強くて嫉妬深くて、一緒におると疲れる事の方が多いのに、
涙出る位景吾の事が好きな俺や!!!!」
「侑士…」
「浮気なんてせぇへんよ!!こんなに、こんなに景吾が好きなんやから!!!!」
 気が付いた時には、全て言い切っていた。
 これで、完全に仲直り所か…嫌われてしまっただろう。
 よりにもよって、『跡部景吾』にあれだけの暴言を吐いたのだから。
「侑士…」
「ッ」
 差し出された手に、ビクと怯えた。
「え…?」
 殴られると思ったその手は、忍足の涙を拭ったから。
「何で…?」
「怒る気が失せた」
 普段の跡部に戻って、自信の強い笑顔を浮かべる。
「で、でも…俺…景吾に今……」
「たまには噛み付かれるのも悪くねぇな。お前限定で、だが」
「嘘…」
「嘘じゃねーよ、バカ」
 跡部は眼鏡を奪うと、
「ぁッ!」
 即座に抱き寄せ、強引に口唇を奪った。
「……もちろん、ちゃんと罰は受けてもらうぜ?」
「う…」
 やっぱり、素直に謝っていれば良かった。
「クク…ッ」
「ちょ、け、景吾…ココ、学校…ッ!」
「関係ねぇよ、バーカ」

 この後、ご機嫌120%に豹変した跡部に全部員が驚愕した事は、言うまでもない…。

 

「忍足先輩、一体何があったんすか?」
「そ、それは……知らん方が幸せや思うなぁ…お互い……」
「それも中三の事情っすか?」
「まぁ…な」
「凄いんすね、先輩って」
 この素直さに、心からどこまでも救われる忍足なのであった。

END  

 

・後書き
 長太郎、真面目&純粋すぎ!!!!(萌)可愛いなぁ…本当に…vv
泣かせた辺りは「幼くしすぎたか?」とも思いましたが、まぁ…ほら、
あの跡部様の睨みと『退部』のWパンチがあった訳ですから…その緊張の糸が切れたら、
安心感からあれだけ泣いてしまうのも仕方ないかな?と。
 でも
で『純粋』とか言っておいて、「泣いたの、作戦だったらどうするよ…」って考えた自分がいます…。
そんな腹黒なちょー太は嫌だよ…(涙)この子は純粋で、まだまともな子なんだから(爆)
 けど書いてる途中、
鳳×忍足やりてぇ…」って本気思ったのは時川さんです;
むしろ忍足総受ネタやりたいです。鳳&侑の仲の良さに嫉妬する皆様
(特に跡&宍)って感じに!!
 忍足受では跡忍と宍忍が大好きなもので…
vv(^^;)

 内容…途中でオチ見失って、「何とかしてオとさないと!!」との思いで書きました…。
どうしても二人を仲直りさせる方法
だけが思いつかなかった為、ラストだけ中途半端にシリアスです(死)
つか、跡部がおっしーに何したかは、ご想像にお任せします(爆)

 それでは、『氷帝ギャグは特定CPじゃ書けない!!』と思ってしまった時川でした☆