「逆さ十字は天然黒猫の夢を見るか」

 それは、ある一言から始まった。
「団長、少し……話があるんですけど」
「何だ、シャル?言ってみろ」
 その日、クロロは次の仕事の下準備等を命じる為、密かにシャルを呼び出していた。
 いくらシャルがサブリーダー的存在とはいえ、
クロロが仕事関係でシャルを呼ぶのはまれだった。
 シャルは少し戸惑った様に目を伏せていたが、意を決してクロロを真っ直ぐに見つめる。
「オレ…クモを辞めたいんですけど」
「そうか………、え?」
 ばさり、とクロロの手から本が落ちる。
「クモを辞めたいんです」
 シャルは、きっぱりと言った。
 間。
 クロロはシャルに背を向け、携帯電話を取り出す。その素早き事、風の如く。
 焦りと驚愕に満ちた顔で、声色で叫ぶ。
「暇なヤツ、今すぐホ−ムに来い!!
 って言うか、用事があってもその用事とシャル、どちらが大切か比べて、
 一瞬でもシャルと思ったヤツは来いッッ!!!!」

 更に『1時間以内に』という制限も付け足して。

−−−−−

 1時間後。
「ほらシャル、お前の為に皆来たぞ」
 優しげに優しげに、クロロが言う。
「でも5人ですよ、来た団員」
「誰が来ていないんだ?」
 駆けつけた団員に、低く沈んだ声で確認するクロロ。
 マチが簡単に答える。
「パクノダ、ヒソカ、フィンクス、フェイタン、フランクリン、ボノレノフが来てないみたいだね」
(ハ行軍団どもぉーーーッッ!!)
 拳を握り、歯をきしり、怒りのドス黒い炎に身を任せる。
 その時だった。勢い良く扉が開けられる。
「すみません、遅れました」
「ワリィ、オレもッ」
「ワタシもね」
 続々とパクノダ、フィンクス、フェイタンの3人が、室内に流れ込んで来る。
 今回はあまりに急すぎる召集だった事を理解しているので、
3人の遅刻について、ウボォーは何も言わなかった。
 ふぅ。クロロが呼吸を整える。
「良かった。もう少しでクモから名前がハ行のヤツ排除、
 もしくは即刻改名を命令するところだったぞ」
(そんなッ!!!!)
 クロロの笑顔は、とても爽やかだった。
「ところで、どうして私達を呼んだんですか?」
「そうだぜ。シャルが大切かどうとか言ってたよな、団長」
 シズクとウボォーの言葉に、シャル・クロロ以外の全員が賛同して頷く。
 瞬時に重々しい空気を作り出し、語りだすクロロ。
「話すと長いんだが…」
 その真剣な様子に、ごくり、と息を呑む団員たち。
「シャルがクモを辞めたいと言っているんだ」
(短ッ!!)
 だがすぐに、目の前のボケから重要事実に気がつく。
「マジかよ、シャル?!」
「どうして?アンタ、生涯一クモだって言ってたじゃないか!!」
「クモが好きだって笑ってだろ?」
 一斉にシャルに問いただす面々。
 シャルは、どこか寂しそうな顔をした。
「でも決めたんだ」
「だから、何でだよッッ!!」
 ウボォーが叫ぶ。
「そうだ、シャル。何故なんだ?理由を話してくれないか」
 焦りを抑えて、クロロはシャルの瞳を真っ直ぐ見据えた。
「実は…」
 全員が、シャルの言葉に耳を傾ける。
「イレズミの所為で温泉やサウナに入れなくって」
 ズベシャァァアァッッッ!!
 こける一同(シズク以外)。
「バカ野郎ーーッ!大体、イレズミは一生のもので、完全に消す事は出来ないんだぞッ!!」
「フィンクス、ツッ込む所違うッ!!」
 天性のツッコミであるが故、どうしても目の前のボケを無視出来ないフィンクス。
 マチの言葉に、フィンクスが再びシャルにそんな理由でクモを辞めるな、
というツッ込みをかまそうとすると、
「それなら大丈夫」
 にっこりと、シャルが笑った。
「念で傷や病を治す医者を見つけてあるから大丈夫だよ」
 ちゃんと先手を打っているシャル。
 その言葉に、ノブナガがふと気付く。
「って事はよぉ、もうずいぶん前からクモを辞めようと考えてたって事なのか?」
「うん。ずっと悩んでた。でも一応、いざという時の為に探して、見つけておいたんだ」
 切なげな瞳に、場が静まる。
「っていうのは、冗談で」
 ガターーーーーンッッッ!!
 吉本風にずっこける一同(シズク以外)。
「人が本気で心配してるってのに、テメェはぁぁあぁッッ!!」
 フィンクスは泣いていた。
 シャルの襟首を掴み、ガクガクさせる。
「でっ、でで、でもっ、クモを辞めたいのは本当なんだッ!」
「ッ?!」
 フィンクスの手から力が抜ける。
「本気…なのか?いつもの冗談じゃねぇのか、それも!?」
 滅多に見せない、悲しげという形容が似合う口調で、ウボォーはシャルの両肩を掴む。
「冗談だったって言えよ。今なら、怒んねぇからよ…」
「……ごめんね、ウボォー」
 ウボォーの手から離れる。
 クロロは改めて、シャルに尋ねた。
「どうしてなんだ?お前をそこまで追い込んだ原因は何だ?」
 言いづらいとばかり、シャルは顔を背ける。
 しかし視線はクロロを向いており、シャルは重い口を開いた。
「………セクハラ、です」
 
バキィィィッ。
 クロロはウボォーに思いっきりの右ストレートを浴びせた。
「貴様が原因かぁああぁぁッッ!!」
「何でオレがーーーッッ!?」
 ビシィッ、とウボォーを指すクロロ。
「お前が1番、シャルとのカップリング率が高い!!」
 かなり無茶で強引な結論。
「待ってくれ、団長」
 そこへ、ノブナガが割って入る。
「ウボォーがンな事する訳ねぇだろ」
 それから何故か、室内のダンボールをがさごそ捜索しだす。
「えーっと、確かココら辺に…。お、あった」
 ソレを背に隠し、団長&ウボォーに真剣な眼差しを向ける。
「ウボォー、コレを見ろッッッ!!」
 背に隠していた物を、どうだとばかり突き出す。
「ッ!?」
 ウボォーが言葉を失う。下から上へ、赤く染まって湯気まで登らせていく。
「なっ、なんて物を見せんだよぉーーーッッ!!」
 完全にノブナガへ背を向け、両手で己の顔を覆い隠すウボォー。
 ノブナガが手にしていた物は、アダルト系雑誌だった。
「な。テレビで放送可能なレベルの物でも、顔を真っ赤にして、
 視界の片隅に入れる事すら出来ねぇ男が、セクハラなんて真似出来る訳ねぇだろ?」
 よりにもよってシャルに、と付け加えて説明する。
「確かに、ウボォーは色恋事にはホント、疎いもんなぁ」
「言葉のセクハラにしても、シャルを言葉で打ち負かす事なんて出来る訳ないもの」
「むしろ、ウボォーがシャルにからかわれてる側だもんね」
「いつも、何も返す言葉が無くなるほど、からかってたしね」
 納得。
 いつもからかう側はシャル。
 それに、ウボォーが頭の回転の速いシャルを言い負かす事は至難と言うより不可能だ、と。
「お前ら…オレの事バカにしてるだろ?」
「そんな事ないよ」
 シズクがフォローにまわる。
「ウボォーの取り柄は『並外れたバカ力だけ』って事、知ってるから。
 シャルに口で勝てない事ぐらいで、バカになんてしないよ」
「シズク…。アンタ、言葉のナイフの切れ味が鋭すぎるわ」
 そう?、とマチの指摘にも自覚なき毒舌娘は首をかしげる。
 ウボォーは犯人ではない。クロロの中でも、それは確定した。
「ならお前か、フェイタンッ!?」
「何故ね、団長ッッ!?」
「お前がウボォーの次に、シャルとのカップリング率が高い!!」
 クロロに迷いはなかった。
「それに、お前なら拷問も得意だろうッッ!!」
「冤罪ね、団長!!ワタシ、そんな事しないね!!!!」
「犯人は皆そう言うんだッッッ!!」
   
※彼らは幻影旅団です。
 いつの間にか、クロロの手には『スキルハンター』が。
「落ち着いて下さい、団長ッ!!」
「落ち着け、団長ッ!!」
 前後でパクノダとフィンクスに抑制されるクロロ。
「ねぇ。ところで、シャルとのカップリングがあるヤツって、誰がいるの?」
 やっと、ここにきてやっと、コルトピが疑問を口にした。
「ああ、そうだな…」
 クロロは『スキルハンター』を仕舞うと、普段の冷静さを取り戻して頷く。
 台に腰掛け、仕事の命令を下す様な口調で答えた。
「ウボォー、フェイタン、シズクにオレ……、って、あれ?」
 考えていなかった事実。クロロは、気まずそうに団員を見つめる。
 団員たちの視線は、とても冷ややかだ。
「もしかして…オレも容疑者の1人?」
 その場にいた全員(シャル以外)が、口を揃えてきっぱりかつはっきりと言い切る。
「もちろん!」
 見事な、団結を感じさせてくれます。

−−−−−

 再び、場をシリアスに戻す。
 正座して、視線を集めるシャル。クロロと向き合う。
「誰が原因なんだ?答えを教えてくれないか?」
(そんな、クイズじゃないんだから)
 この雰囲気を壊してはいけないと、心でのツッコミに留めるフィンクス。
「…どうしても、言わなきゃダメですか?」
 顔を背け、切なげにシャルは呟く。
「言っちまえよ。1人で悩むより、話してすっきりしようぜ」
「ウボォーの言う通りだよ。その方が、アタシらもすっきりするし。
 アンタ、このまま辞めたらただの泣き寝入りだよ」
 マチも、シャルを勇気づけようと強さを込めて、励ます。
「シャル、言ってみて。私達で力になれる事があるかもしれない。
 皆、アナタにクモを辞めて欲しくないの」
 シャルは複雑な表情を見せる。
 しばしの戸惑い。微かに沈んだ声が、室内に響く。
「実は…」

 ――回想。
 それは、ある仕事の打ち上げ終盤の事だった。
 終盤と言っても数人はもう寝ており、
 別室でクロロとシャルは2人きり、盗んだ品やクロロが飽きた品の確認をしていた。
 ただ、クロロはシャルに聞かれた事を答える程度で、大半をシャルに任せっきりなのだが。
「なぁ、シャル」
「何ですか、団長?」
「お前、オレの命令なら何でもするか?」
 唐突な質問。けれどシャルは軽く微笑む。
「ええ。オレに、出来る事なら」
「そうか、なら…」
 フ…ッ、とクロロが笑う。
「『ネコ耳、眼鏡、メイド服を身にまとい、床に乙女座り、
 薄ピンク色に染めた頬に手を添え、顔をわずかに背けつつ視線は上目使いでオレを見ろ』、
 …なんて命令でもか?」
 かなりマニアな要求。流石のシャルも、驚きを隠せない。
「えっ、え、ええ……。やれと…言われれば」
 ――回想終わり。

「って、恥ずかしがるオレを無理矢理…写真に……ッ」
「えッ!?そ、そんな事、したか?!」
「覚えてないんですかッ!?」
 顔を上げて、訴える。
「酒が入ってたから…!!」
 団員の視線が痛い。クロロの背中を、気味の悪い汗が流れる。
「ひっ、ヒドイ…。こんな事、恥ずかしくて人前じゃ言えないから、
 2人きりの時に切り出したのに……それを、こんな所で…」
 その声は震えていた。
「だ…ッ、団長のバカァァアアァアァッッッ!!!!」
「待ってくれ、シャルーッッッ!!!!」
 物凄いスピードで、ホームから駆け出ていくシャル。
 思わず数歩追いかけるも、その場に虚しく残されるクロロ。
 だがクロロの受難は、それだけではない。
 座り込んでしまったクロロの背後から、忍び寄る黒い影と殺気。
 バキボキと関節を鳴らす音が、鼓膜の奥まで聞こえてくる。
「団長ぉ〜」
 恐る恐る、振り返る。
 瞳が深い闇で隠れて、見えない程の迫力。
「自分が原因のくせして、オレたちを散々犯人扱いしたと」
「ワタシ、殺されかけたね」
「きいたぜ、団長ぉ。あの、右ストレート」
「ボク、用事を切り上げて来たのに」
「私、移動費に40万Jもかけて急行したんですよ」
「アタシも、1時間以内で来るのに、どれだけ苦労したか」
「団長お気に入りのお宝、吸っちゃいますよ」
「とりあえず、オレの刀のサビにしてやろうか」
 じりじり、迫ってくる。
「まっ、待て、お前ら!オレは団長だぞ!!」
「だから…?」
 ドスのきいた低い声。全員が戦闘態勢を取る。
「え、えー…ッと」
 笑顔を作り、爽やかに立ち上がるクロロ。コートのホコリを払い、頭を掻いて…
「シャルを探してくるッッッッ!!!!」
 猛ダッシュ。
「あっ!逃げやがった!!」
「追うよ、みんな!!」
「おう!!」
 後にQ氏は語る事になる。
 ここに、壮絶な追いかけっこの幕は切って落とされた、と。
 その姿には、幻影旅団長としての威厳も何も無かった。
「シャルーーーーーーーーッッッ(涙)!!!!」

−−−−−

 2時間後。
「ふぅ…。ようやく、完全にまけたな」
 額の汗を拭いながら、適当な柱にもたれる。
「流石に疲れた……」
 ふと、視界の隅に入った影に、クロロの不規則な呼吸が止まる。
「シャル…?」
「あ、団長」
 間違いなく、その影はシャルだった。
 クロロの足は、無意識にシャルの下へと進んでいく。
 2人の距離が、近づく。
「どうしたんですか?すごく…疲れてるみたいですけど」
 優しく微笑み、クロロの服の乱れを整えるシャル。
「シャル…」
 次の言葉が見つからず、目を泳がせるクロロ。
「ふふ。珍しいですね、団長がこんなに服を取り乱すなんて」
「あ、あ、あの…」
「?どうしました?オレの顔に、何か変な所でもありますか?」
「え、いや…。怒って…ないのか?」
 気まずい。思いっきり、クロロの顔に書いてある。
 ところが、一瞬シャルは不思議そうな、言葉の意味が飲み込めない様な顔をして見せた。
「いやあの…オレは、お前にクモを辞めて欲しくないんだが……」
「え?オレ、クモ辞めませんよ」
「はい?」
 クロロの思考回路が停止する。脳内、急ピッチでシャルの言葉の整理が行われる。
「ならセクハラの事は…」
「全部冗談です」
 シャルはきっぱりと言い切った。それからにっこりと笑う。
 クロロは、この種のシャルの笑顔を見た事があった。
 確か、ウボォーやフィンクス等をからかう時だったように思う。
「あ、全部じゃないか。メイド服の件は本当だから」
 懐を探り、中から数枚の写真を取り出す。
 シャルは、ソレらをクロロに差し出した。
「どうぞ。頼まれていた写真です。よく撮れてますよ」
 その写真は、メイド服の件が紛れもない真実だった事を示していた。
 クロロが下したらしい命令通りのシャルが、ちゃぁんとソコにいる。
「渡す時にちょっとしたお茶目があっても良いかなって、思って。
 でもまさか、あんな大騒ぎになるとは考えてなかったから、収拾つかなくなっちゃって」
 ペコリ。真剣な表情で、子供の様に許しを乞う。
「ごめんなさい」
 別に、クロロに怒る気はなかった。
 先程までは、その気力すらもないというのが理由だったが、今は怒る気そのものが失せてしまった。
 優しい瞳で、シャルに頭を上げさせる。
 クロロの中では、まだ不安感の方が大きい。
「本当に怒っていないのか?こんな姿を写真に撮られても?」
 そして1番確かめたかった事。一呼吸おいて、クロロは尋ねた。
「本当に、クモを辞める気はないんだな?」
「はい」
 即答。
 不安が、安堵へとその座を譲る。
「オレは、団長の命令なら何でもしますよ」
 瞳を細めて、シャルは微笑んだ。
 すっかり脱力しつつ、クロロの顔にも笑顔が戻る。
「悪い冗談だ…。寿命が縮んだぞ」
「フフ。すみません。でも、団長ならすぐウソだと気づくと思ってたんです」
「どうして?」
「今日、何月何日ですか?」
 イタズラな笑み。
 答えは、すぐそこにあった。
「4月1日…?」
「はい。今日は、
エイプリルフールでしょう?」
 クロロは、目を丸くした。
「は、はは…はははは…ッッ!」
 心の底から笑えてくる。
「バカだな、オレは。ハハッ、お前の事、全て分かったつもりでいただけだった様だ」
「団長?」
「フフッ。お前に1本、取られたみたいだな」
 覗き込んできたシャルの額を、軽く弾く。
「良かった、冗談で」
「団長…」
 クロロの微笑みに、シャルは背を向け、2・3歩進む。振り向いたその顔は、満面の笑顔。
「そんなに、オレに辞めて欲しくなかったですか?」
「ああ。お前がいなくなったら、誰がアイツらをまとめるんだ?オレ自ら動く
事は、滅多にないんだぞ」
「でも団長。団長は、たった1言でこの事態に終止符を打てたんですよ」
「え…?」
 微笑みが、からかう様な笑顔に変わる。
「たった1言、“辞めるな”と命令すれば良かったんです」
 迷いのない強い瞳で、シャルは続ける。
「言ったでしょう?オレは、団長の命令なら何でもするって」
 ああ、そうか。クロロは感じる。
 自分はこの笑顔を気に入っているのだ。
 辞めたいと言われた時、らしくもなく取り乱してしまう程に。
 クロロはいつもの、仕事を命令を下す時の冷たさを含んだ笑みを浮かべる。
 それを感じ取り、シャルはクロロへと向き直す。
「クモを辞める事は許さない。お前は、クモだ」
 シャルは嬉しさを押し殺した笑顔になる。
「はい」
 力強く、偽りの全く無い言葉。普遍の本心。
「オレのこの命が、尽きるその時まで」
 陽が空を赤く染め始めている。

−−−−−

「シャル…」
 クロロが手を伸ばしたその時、シリアスム−ドはぶち壊される。
「いたぞーッッ!!」
「団長ぉーーーーッッッ!!!!」
 物凄いスピードで迫ってくる8人。
「ゲッ、忘れてた!!」
 再び勃発する追いかけっこ。
 威厳も何も投げ捨てて、逃げ出すクロロ。
「待てぇーーーッッッ!!!!」
 
ゴオォォオォォォォ。
「わあぁっ!!」
 台風並の強風を巻き起こしながら、シャルを取り残す一同。
 あまりの強さに、よろめく身体。が、その身体が倒れる事はなかった。
「ウボォー」
「…大丈夫か?」
 シャルの腕をしっかり掴み、支えるウボォー。
 シャルの姿を確認したウボォーは、その場に残ったのだった。
「うん、大丈夫。…でもあれ位すぐに持ち直せるのに。結構心配性なんだ」
 からかう。
「うっ、うるせぇよ。持ち直すったって、
 どの道、地面に手ェつかなきゃなんなかっただろうがよ」
 バク転の要領で。
「まぁね。ありがと、ウボォー」
「ふん」
 きまり悪そうに、ウボォーは顔を背ける。
 しばしの静寂。
 ウボォーが、意を決した様に口を開く。
「マジで…クモ辞めんのか?」
「え?あー…」
 そう。ウボォー(他7人)は、真実を知らない。
 シャルはすぐに適切な回答を弾き出す。
「辞めないよ。団長が、必死で説得してくれたし。
 それにオレ、やっぱりクモが好きだし。ハハ…」
 ゴマかそうと、明るい作り笑顔を浮かべる。
「そうか!良かったぜ、ホント。団長も、やるときゃやるなぁ。
 ま、それでこそオレらの選んだ団長なんだけどな!」
 明るい笑顔が返ってくる。
 ウボォーが強化系で良かった。シャルは、本気でそう思った。
 やれやれと、シャルが胸を撫で下ろす。
「で、あのな、シャル…」
 視線をそらし、照れ隠しに頭を書く。
 そんなウボォーの顔は、わずかに赤かった。
「今度、団長に…いや、団長に限った事じゃねぇけど、
 何か悩みがあったらよ…………相談しろよ」
「!」
 予想していなかった言葉。シャルに、驚きが訪れる。
 内心の嬉しさを抑えて、シャルは笑う。
「それって、ウボォーに?」
「へっ?い、いや、別にオレにって訳じゃなくてだな、他の…ほら、何だ?
 お前の相談しやすいヤツでいいんだぜ、別に」
 筒抜けの照れ隠しのまま、ウボォーは続けていく。
「オレ、相談事苦手で、相談されても、適切な事を言ってやれるかどうか疑問だしよ。
 でも、悩みってのは打ち明けちまうだけでも、結構楽になれるもんだからな」
「…そうだね。うん、そうする。頼りにしてるよ」
 笑い合いながら、ホームへの帰路をたどって行く2人。
 陽が、その身の半分を地平線にうずめていた。
「ところでウボォーは、暇だったから来たの?
 それとも、オレが大切だから来てくれたの?」
 子供の様に楽しげな、シャルの笑顔。
「ばっ、バカッッ!!暇だったからに…決まってんじゃねぇかよ!」
 顔を真っ赤にして、反論する。まさに、単純一途。
 だからシャルは、ウボォーをからかうのが好きだった。
 そして彼の良くも悪くも、己の感情に正直な所が。
「えー。オレって、愛されてないなぁ」
「そっ、そんな事ねぇって。なっ。気にし過ぎだって」
 懲りずに、シャルの『演技』に本気になってくれる所が、好きだった。
 団長たち8人がホームに戻る数時間。
 実はウボォーには、シャルにからかわれ続けるという未来が用意されている。
(ありがとう…)
 誰へのものか、シャル自身すらわからないのに、感謝の言葉がふと心を占めた。
(ありがとう…本当に……)
 シャルは、心の奥底から満面の笑顔を浮かべた。

−−−−−

「認められるかッ!こんな…ッ、オレがみっともないままに終わるなんて、
 
嫌だぁぁああぁあぁッッッ!!!!
「待てーーーぇッッ!!!!」
 突風が、周囲の物をなぎ倒していく。
 自業自得。そんな言葉に、締めくくられる事件だった。

「シャルぅーーッ!!助けてくれぇえぇぇッッッ!!!!」

END



・後書き
 
……この話の団長は、
例のCDの団長と同じイメージです。だから虐げられてます;みんなに。
言うまでもなく、すっごくCDの影響を受けた話ですから(笑)
 このシャルは、あまりぶっ飛んだボケをかましてません。(そうか?)
 あくまで例のCDの
団長が頭に最も強く鮮明に(そりゃもう、シャル以上に)
焼きついていた時期に考えたネタなので;
 それと、フェイタンがカップリング率2位なのは、昔、どこからかそんな情報を入手したからです;
今思うと「?」な感じです。(2位は誰なんでしょう?個人的に団長希望)
けどまぁ、話的に2位でいた方が楽しいので、使ってみました。

 でも団シャルチックな話が書けて楽しかったです

あの『ラスト直前の語らいシーン』を書きたいが為に、書いた気もします;
いや、虐げられる団長書きたかったってのもありますが;
 何気にウボシャルだし
vv
 
ちなみに『メイド・シャル』の事を、私は『フルアーマー』と呼んでます。
誰か、描いてくれないかな…。似合うと思うんだけど…(死)
 あんな事されたら、ボクは瞬殺されます。出血多量で。(鼻からの)

 ちなみに、最近団長を『逆さ十字』と称するのがマイ・ブームらしいです;
だから『捧げモノ』にも「逆さ十字の〜」って。(ネタ的にはのコレ(↑)の方が古いです。3月下旬作)

 
これからも、ネタと欲望と妄想のおもむくままに、書いていくんだろうなぁ…(遠い目)