「Only for you 〜この永遠がある限り〜

 ぼんやりと明かりの灯る一室。
 シャルは、ベッドに腰掛けているウボォーの太股に座り、その胸にもたれかかっていた。
「今日はどんな仕事だったの?」
「たいした事なかったぜ。楽勝過ぎて、つまんなかった」
 ウボォーはシャルがバランスを崩さない様にと、そっと彼を抱き寄せて支える。
「でもまたノブナガと組んでたんだよね。良いなぁ」
「そんなこと言われたってよぉ、シャルは情報・処理担当が主だろ。
 特に今日は体調が悪いからって、来なかったんじゃねぇか」
「それで心配してかけつけてくれたんだもんな、ウボォーは」
 確かに、シャルの身体からはじんわりとしたぬくもりが伝わってくる。
それは、病人特有のものに間違いなかった。
「ホントに良いのか?寝てなくて」
「うん。こうしてる方が気持ち良い」
 ウボォーの身体は、今のシャルにとっては心地よい冷たさまでも与えてくれる。
「ねぇ、今までで一番楽しかった仕事って、どんなの?」
「面白かった仕事?」
 シャルが頷く。
「そうだなぁ…。うーん、あんま覚えてねぇな…」
 けれどシャルの為に必死で思い出そうとする。
 それだけでも、シャルは愛されていると確信出来た。
「…あ!あった!すっげー面白かったの!」
 突如大声をあげて、ウボォーがパァァッと明るく笑う。
「強かったってのもあったんだけどよ、とにかく面白かったんだぜ!
 キレると目が赤くなってよ!…えーと…何てったっけな……」
「クルタ族だよ。そういえば、旅団が滅ぼしたんだっけ」
「ああ。すぐには殺すなって、珍しく団長が注文つけてたな」
「だって瞳を赤くしてから殺さないと、何の意味もないからね」
 クス…ッ、とシャルは嘲りにも似た微笑みを浮かべる。
「クルタ族。緋の眼を狙われるからって、辺境に隠れ住む事を選んだ、弱い部族」
「そうか?結構手こずったぜ」
「その『弱い』じゃないよ」
 空いている方のウボォーの手を握る。
「戦う事を恐れて、閉じこもったりするから狙われたんだよ。
 仲間の眼を売って、人に紛れて暮らす勇気もない。
 いただろうに、緋の目のまま死んだ仲間とか、己の眼を売れと言い残した仲間が。
 でも記録を見る限り、死者の尊厳だとか何とか言って、そのまま弔ったみたいだけど」
 シャルの言葉に少し考えてから、多少ためらいながらウボォーは同意する。
「まぁ、確かにお前の言う通りかもな…」
「そうだよ。金があれば、権力だって手に入る。
 戦闘力が弱いのなら、他の力を手に入れていれば良かったのに。
 緋の眼って、とても高いお宝なんだよ。つまり、あいつらの価値は眼だけって事」
 クスクスとシャルが笑う。
「お前って…時々過激な発言するよな」
「でも、オレならそうする」
「は?」
 じっ…とウボォーを見つめる瞳。
「もしオレが緋の眼だったら、この目をお前にやりたい」
「シャル…?」
「そしてウボォーをずっと見ていく。売りたいなら、売ったって良い。
 必ず最期の時は感情を高ぶらせて、お前の為に緋の眼を残す」
「シャル…」
 その瞳がどこか儚くて、ウボォーは強く抱きしめた。
「んな事、言うなよ…。お前の盾になる為に、このオレがいるんだからよ」
「分かってる。オレ、当分死ぬつもりはないから。
 だってオレは、あいつらと違って強いしね。…それに、もしもの話だろ?」
「けどよぉ、何かお前の言葉が真に迫ってたから…」
 その言葉に、シャルは己の身を愛しき男に一層委ねた。
 やはり彼を好きになって良かったと、信じてもいないくせに神に感謝したりする。
「だってA級首の旅団やってるからね。いつかは…死ぬかもしれないだろ?」
 現に数人、入れ代わっている。
「オレは強いけど、お前ほどは強くない。だから支援役なんだし。
 別に死は怖くないよ。そう教わったし、いつ殺されても平気」
 瞳を閉じて、ぬくもりを噛みしめる。
「だけど……」
 静かに、口を開く。
「死ぬなら、お前の腕の中が良い」
「シャル…」
「だから、オレより先に死ぬなよ」
「当たり前だろ…。お前を置いて、一人で逝けるかよ」
 ぎゅう…ッ。また強く、さらに優しく、ウボォーはシャルを抱きしめる。
 離したくない。例え、これが歪んだ愛情だとしても。
「フフ…。それにウボォーがオレの為に泣いてくれるかどうか、見てみたいしね」
「くれるかどうかじゃねぇよ」
 声色の変化に、シャルは目を開けてウボォーを見た。
「…………!」
 そっと重ねられる、口唇と口唇。
 初めての、唐突なウボォーからのキス。
普段はシャルからするか、シャルが懇願するかしない限り、決してウボォーからはしないのに。
「お前が死んだら、絶対泣く」
 真面目な瞳で、何の迷いも偽りもなくウボォーは言い切った。
「バカみてぇにお前抱きしめて、名前叫びながら、起きろって繰り返す」
 体温が上がっていくのが、分かる。
「バカ…」
 シャルの瞳が潤む。
(ちょっと見てみたい気もするなんて言ったら、怒るかな?)
「どうした?苦しいのか?」
 うつむいたシャルを心配して、ウボォーが不安丸出しに額を合わせてくる。
「さっきより熱いな…。シャル、もう休んだ方が良いぜ」
「うん…。ありがとう。オレは死なないよ。
 ずっとウボォーと一緒にいたいから、オレは絶対死なないよ」
「ああ!オレが絶対死なせねぇ。お前をおいて逝く事も」
 しばしの沈黙を置いてから、ウボォーは照れながら呟いた。
「オレが死んで、お前が別の誰かにとられんの嫌だしな」
 気付かれない様に、シャルは涙を拭っていた。
「じゃ、じゃあ……寝るか」
「うん。あのさ…お願いがあるんだけど」
「何だ?」
「ずっと抱きしめてて欲しい。ずっと。朝、オレが目覚めるまで」
 微笑んで、ウボォーはシャルを抱いたまま毛布に入る。
 横になると、心なしかシャルの表情が楽になった様に見えた。
「やっぱ無理してたろ?最初っから横になってりゃ良かったのに」
「…だって違うから。抱きしめられた時の感触とか、色々」
「余計に調子悪くなったらどうすんだよ」
「その時は、それだけウボォーがここにいてくれるから、良いかなぁって。
 …ゴメン、ちょっと弱気になってた」
 もっと近くにとばかり、ウボォーがシャルの身体を抱き寄せる。
「本当にゴメン。風邪…うつっちゃうかも」
「そんなヤワな鍛え方してねぇよ…」
「そっか。そうだね…」
 スゥ…と安らぎに満ちた表情で、シャルは眠りについた。

   誰かをこれほど愛しいと思った事が、あっただろうか…

−−−−−

 翌朝。シャルは心地良いぬくもりの中、目を覚ました。
「ウボォー…」
「起きたか?」
 うん、と小さく返事をする。
「気分はどうだ?悪くねぇか?食欲はあるか?」
「随分楽になった感じ。少し気だるい程度かな?」
 ウボォーの心づかいが、嬉しい。
「本当に、ずっと抱きしめててくれたんだ」
「当たり前だろ。惚れたヤツの頼み一つ叶えてやれねぇで、漢なんてやってられるかよ」
「じゃあ、オレが別れてくれって言ったら、別れてくれるの?」
「もちろん!…って、ええぇッッ!?…シャル〜っっ」
 ウボォーの困った顔は意外と可愛くて、シャルは好きだった。
 だから時々、こんな意地悪を言ってしまう。
「アハハッ、冗談だよ。オレの気持ち知ってるくせに」
「いや、でも、つい…」
「誓えるよ。愛してるのはウボォーだけだって」
 ふと切なげに、シャルが囁く。その内にあるのは、罪悪感。
「もう少しだけ…このままでいてよ」
 この身体から、彼の存在が決して消えぬように。

−−−−−

 三日後。本日の陽と共に、シャルはウボォーを見送らなければならなかった。
「ホント、もう良いのか?」
「もちろん。オレだって、何日も風邪で寝込むほどヤワな鍛え方はしてないし」
 玄関で、しばらくは出来ないだろう、会話を楽しむ。
「また、何かあったら呼ぶよ。次は、ウボォーが呼んでくれても良いけど」
 シャルが悪戯に笑う。ウボォーも笑っていた。
「何言ってんだよ。オレと違って、お前はすぐに来れねぇだろうが。
 次も、その次も、またその次だってオレが行く」
 最後の方はバツが悪そうに、ウボォーは顔を背けてしまったけれど。
 そんな恋人の姿に、なるべく声を抑えてシャルは笑った。
「じゃあ待ってる。もしかしたら、次は仕事の時かもしれないけど」
「そうだな。じゃ、もう行くな」
「うん。またね」
 ガチャンッ。
 扉が閉まる。夜の訪れとともに、ウボォーは帰っていった。
 静寂。元々、それがこの部屋の同居人だ。
「急に……静かになったなぁ……」

−−−−−

 もうすぐ陽が頂点に達する。シャルは、少し早めの昼食を片付けていた。
 トゥルルルルル…♪
 シャルの背後で、電話が鳴る。
 相手は、何となくわかっていた。

   誓えるよ。愛してるのはウボォーだけだって。
   だけど…

「もしもし。…ええ。……フフ、そうですね…どうせ、近くにいるんでしょう?」
 楽しげに微笑んで、シャルは受け応える。
「……はい、分かりました。待っています」
 受話器を置く。

   だけどこういう時、オレの本心はどこへ行くんだろう

 鍵をかけたはずの扉が開く。
「久しぶりだな」
「そうですね。…どうぞ」
 来訪者を、シャルは中へと導く。
 彼は慣れた足つきで、己の部屋とばかり歩いていく。
 シャルは、改めて扉の鍵をかけた。

   どれだけ鍵をかけても、アナタはやって来る
   鍵をかける気なんて、毛頭ないけど

   どの道オレには、アナタはとても拒めない

 罪悪感。苦しくも魅惑的な、ドラッグの如き罪の意識。
 オレはウボォーに愛を誓ったその部屋で、彼に抱かれて泣き喘ぐ。
「団長…っ、」
 ウボォーとは違う、『完全なる支配の海』に溺れていく。
「あァ……っッ」

   だから、罰を受けたんだ

−−−−−

「うっ…、うう…ッ、ふ、ぁ…ッ、ぅ…ッ」
 懸命に声をひそめて、シャルは酷く泣いていた。
 拭う事せずに、涙で顔を濡らし続ける。
「…ォー、ゴメン…、ウボォー……」
 壁にもたれ、壁に沿う様に腰を着く。
「お前は…死ぬべきじゃなかったのに……ッ!」

   ずっと傍にいると言ったのに

   どうしてお前はおいていくの
   オレより先に死なないと 約束してくれたのに

   どうしてオレをおいていくの
   残酷なほどの優しさを、この身に強く残したままで……―――――

END



・後書き
 …ふぅ。
長くてすみません!!時川作品、実はこんなもんじゃないよってくらい、
本来、長い作品ばかりなのです。いや、これでも短い方だったり…;
 今まで本にしたヤツ、これ×2ってくらいの長さだったし…;
短く編集したのです。長くなりすぎるという結論で…。本にしようと思ってた原稿を。
もう、本にもしないと決めたし、本シナリオはさらにアダルティ。
 団長が……、な展開が入ってました。

 でも恥ずかしい…。この作品は特に。(なら書くなって?あう;)
 けど
ウボォー出てるし、シリアスだし、アダルティだし。
 この話は、『シャル=クルタ説』を気に入りかけた段階で書いたものです。
別にクルタ族批判ではないんですが、そう取られても仕方ない様な内容ですねぇ;
そんな気、本当にないんだけど;(だからHPに載せるの、悩んだ作品でもあります)。
 ちなみにこの話、「伊勢物語:芥川」効果を狙ってみました。
最初が幸せなほど、後の悲劇により物語が美しくも残酷になるという効果を。

 ま、シリアス・シャルの危うさを書けたと思うので、良いか。
 これからも少しはシリアス書いていきたいですね。でわ