「ミュージック・アワー」

 この日、シャルは悩んでいた。
「どうしよう…」
 その言葉が何百回、ため息と共にこぼれた事か。
 全ては、クロロのある誘いに起因する。

「シャル。今度、2人で海でも行かないか?」
 我ながらナイスな提案だと確信しきった笑顔で、クロロはシャルをデートに誘う。
「う、…海…ですか?」
「ああ。冷たくてさっぱりして、絶対気持ちいいぞ」
「あ、あの…誘いは…その…嬉しい…、そう!嬉しいんです。でも…」
「嫌なのか?」
 寂しげな瞳で、見つめてくるクロロ。シャルは続きの言葉を飲み込んでしまう。
「嫌なら、そうと…」
「ま、まさか!団長の誘いを喜びこそすれ、嫌がる訳ないじゃないですか!」
 とっさの笑顔で、シャルは思わず承諾した。

「はぁ…」
 はっきり断れば良かったとでも言うのか。そんな事、自分には出来ない。特に、承諾
した後のあの本当に嬉しそうなクロロの笑顔を見てしまったら。
 結局、それだけ自分がクロロに惚れているのだと言える。
「どうしよう…」
 本来なら、クロロの誘いほど嬉しいモノは無い。大手を広げて喜べないのは、それな
りの理由、というかある隠し事をシャルが持っているからだ。
「泳げないんだよね…オレ」
 落ち込む。しばし考え込む。
 出来るなら、知られたくない事実。長い付き合いの団員たちにさえ。彼らの自分に対
する“何でも出来る器用な仲間”というイメージを、壊したくは無い。
 だからそれが発覚する恐れのある海水浴など断りたかった。
「でも…」
 脳裏に過ぎる、クロロの笑顔。
 シャルは、両手で軽く己の頬を叩いた。
「何を弱気になってるんだろ。出来ないなら、出来るようになればいい。まだ、約束の
日まで結構あるし」
 席を立ち、拳を握る。
「よし!練習しよ」

 

 シャルは、熱心に本を読んでいた。それはもう、熱心すぎるほど。
 その本の表紙には“1週間で出来る水泳マスター”と書かれていた。
「なになに…。まず、水に顔をつけられるようになる事、か…」
 間。
 シャルは洗面所にいた。目の前には、水を張った洗面器。
 じゃぶ水に顔をつける。
「…………」
 そして気付く。
「オレ、水に対する恐怖心なんて無いじゃないかーーーッ!!!!」
 落ち着け自分!と涙する。ひっくり返された洗面器が、高らかに宙を舞った。

 バシャバシャバシャ…。
 浴室に、水の跳ねる音が響き渡る。
「膝を曲げずにしなやかに、足ではなくももを動かす感じで…」
 バシャバシャバシャ…。
 本を片手に、湯を浴槽いっぱいに張り、その淵に腰掛けて足を上下させ続けるシャル。
その目は真剣そのもの。
 バシャバシャバ……、ピタ。
「でも背泳ばっかりする訳じゃないし、バタ足だけこんな中途半端な形で習得しても、
意味ないよな…」
 根本的な誤りに気付いてしまう。
「かと言って、プールや海には行けない…。泳ぎの練習の為にプールを貸し切るのも、
仮にもハンターとして、旅団として、何よりいい歳してどうかと思うし…」
 急に、虚しくなる。涙も出そうになってくる。
 そして思い出す、忌まわしきあの日の思い出。
「オレが…、オレが今こんな苦労にしてるのも、全部アイツの所為だ…ッ!!」

 

 時は十数年前。まだ、シャルが幼児期だった頃にさかのぼる。
 それは、初めてプールに行った日の事。
「シャル。お前、いつまでそんな浅いトコで遊んでんだよ?」
「別にいいじゃないか。それに、そっちは深すぎて足が届かないんだから仕方ないだろ」
 フィンクスの問いに言い返すシャル。
「あ、そうか。お前、小せぇもんなぁ」
 からかう様にフィンクスは笑い出す。シャルはムッとなる。
「今だけだ!何だよ!少しばかり背が高いからって!!フィンクスより低いの、オレだけ
じゃないだろ!?」
「でも小さい」
「今だけだ!!見てろ!すぐにフィンクスよりもおっきくなって、見下ろしてやる!!」
「どうぞ。楽しみに待ってますよ、シャルくん」
 笑いながら、ぽんぽん、シャルの頭を叩く。
「うーーー」
 この日、シャルはフィンクス、フェイタン、パクと4人でプールに来ていた。
 まだ幼いという理由で滅多に街へ出れなかったシャルは、プールへ行くというフィン
クスたちに好奇心の塊と化して、連れて行って欲しいと頼み込んだ。
 が、現実は厳しく、シャルの身長にあうプールは深さ50cm程度の物だけ。当然、
シャルは1人で、泳ぐというより水遊びをしなくてはならなかった。
 時折、退屈していないかとカキ氷やジュースをおごってくれるパクの優しさに、一層
虚しさをかきたてられながら。
 今となっては新鮮さよりも、やっぱりクロロのトコに押しかければ良かったと、後悔
が上回っていた。
「ハハッ。悪かったって。すねんなよ」
「うるさいッ!すねんてなんかない!!」
 どんなに言い返しても、フィンクスより優位に立てず、さらに内心悔しがる。
 相変わらず背後で笑い声がする。
「そうだ!折角の初体験だし、次いつ来れるかもわかんねぇしな。楽しませてやるよ」
「え!?…って、わぁッ!?」
 突然シャルの身体が宙に浮く。シャルは、フィンクスの肩に担がれていた。
「何するんだよ!?下ろせッ!!」
「楽しませてやるって言ったろ?こんな浅いトコじゃなくて、もっと深いトコで泳がせ
てやるよ。感謝しろ」
「うわぁッ!!いい!いい!止めろ!!バカッ!!」
 暴れるシャル。だが、フィンクスには全然きかない。
「大丈夫だって。ちゃんと身体、持っててやるから」
「わぁぁッ!!」
 恐らく、シャルの全身が浸かってしまうだろう水深のプールに入るフィンクス。
「ほら。ココなら自由に泳げるだろ?」
 ジャブンッ!
 シャルの腰を両手で掴み、そのまま何の予告もなくプールにその全身を浸からせる。
 息など吸う時間もなかったシャルは、すぐに息苦しさに襲われる。
『うーッ!うーーッ!!』
 空気を求めて、両手足をバタつかせるシャル。
 けれどそんなシャルの訴えは、
「何だ。嫌がってた割に結構楽しんでんじゃん」
 フィンクスには全く伝わらなかった。彼はシャルが楽しくて、1人で泳いでみたくて
手足をバタつかせていると勘違いをしたのだ。
『た、助けて!!誰かーーッッッ!!!!』
 その後、意識を失う寸前で、シャルは何とか愛しの空気に出会えたのだった。

 回想を終え、シャルにあの頃の怒りが甦る。
 結局、あの時のトラウマで泳げなくなるし、フィンクスより背が高くなる事もなかっ
た。
「うぅ…。水への恐怖心を拭うのに、一体どれだけ苦労した事か…」
 それでも、泳げるようにだけはならなかった。
「神様、オレ…どうしたらいいですか…?」
 悲痛な泣き声が、静かに浴室に響いた。

 

 そして、デート当日。天気は快晴。
 シャルの、念習得時よりも涙を飲んだ努力、ふれふれボウズを大量制作した労力は、
見事に実らなかった。
「…………」
「どうした、シャル?気分でも悪いのか?」
「いえ…。ところで、泳ぐ…んですよね?」
「当然」
「でも…イレズミが……」
「何だ。それを心配してたのか」
 クロロの表情が一気に晴れる。
「大丈夫だ。ちゃんとそれを考えて、誰も知らない穴場を見つけたからな」
「そ…うですよね…」
「今日は何の心配もせずに、2人っきりでいられるぞ
 この日に限っては、その嬉しそうな笑顔を見るのが辛いシャルだった。

 青い海。白い砂浜。そんな、まさしく海!という光景が、ますますシャルを憂鬱に
させていく。
「シャル。いつまでも日陰で本なんか読まずに、オレと泳ごう」
 隣で、クロロが笑顔で誘う。
「も、もうちょっとだけ!いっ、今、キリが悪いんです!!」
「そう言ってから、47分経ってるじゃないか」
「ずっと、キリが良くならないんです!!」
 作り笑顔で、ムリムリな言い訳をし続けるシャル。その心の中では、時間を稼いで
いる内に雨でも嵐でも津波でも竜巻でも来ないものかと、必死で祈っていたりする。
 科学的に、絶対有り得ないとわかっていても。
 それほどシャルは焦っていた。楽しいはずのデートが、断頭台への階段にすら思え
る。
「シャル…」
 ビクッ!!
 クロロの寂しげな声に、シャルの身体が反応する。
「本の方が、オレよりイイのか…?」
 真っ直ぐな、全てを見透かす黒い瞳が、シャルだけを映し出す。
「えー…っと」
 限界だ。シャルは本能で直感した。
「オレといても、楽しくないのか?」
「まさか!!」
 即答する。それだけは、何物にも代え難い本心だから。
「じゃあ、一緒に泳ごう」
「嫌です」
 即答再び。
「そうか…。わかった」
 かなり激しく落ち込むクロロ。重い足取りで、1人海へ向かう。周囲を暗く重い空
気が取り囲んでいるのが、目に見えてわかる。
「オレは波打ち際で、書いては波に消される文字を見ながら、お前への愛を詠おう…」
「ごめんなさいッ!!!!」
 シャルは慌てて引き止めた。はっきり言って、恐いから。
「じゃあ、一緒に泳いでくれ。1人は寂しいんだぞ」
 瞳に涙を潤ませ、シャルの両手をとりながら哀願するクロロ。
「とても普段1人で、しかも団員の誰にも所在を掴ませず過ごしている人のセリフと
は思えませんが」
「だからこそ、シャルが傍にいる時に1人は嫌なんだ」
「でも…」
「嫌ならオレは、砂浜にお前への愛を綴るだけだ」
「どうか一緒に泳がせてください」
 焦る瞳で、土下座さえしたい気分で、シャルは反射的に告げた。
「本当か?なら泳ごう。すぐ泳ごう」
「えッ!?」
 墓穴今更、判断出来ても遅すぎるが。
「わっ、わぁっ!?」
 急にシャルが手を引かれる。驚く暇もなく、お互いのパーカーが濡れるのも構わな
いと、クロロがシャルを海へ連れ入る。
「ッ…」
 シャルの身体が、思わず硬直する。その所為でバランスが崩れ、シャルはそのまま
海に突っ込んでしまう。
 水への恐怖心など無い。身体を浮力に任せて浮かせる事も、たまに入浴時にやって
いる。ただ、泳げないだけだ。でも、そういえば…。
 シャルは気付いてしまう。
 そういえば全身が水に包まれる時、いつも身体の一部は何かに触れていた気がする。
浴槽にしろ、大地にしろ。
 けれど今、突然の転倒に団長の手は離れ、完全に触れるモノの無い状態で自分は海
中…。
 シャルの頭は真っ白になった。
 脳裏に、あの時の息苦しさがせきを切って押し寄せる。
『うわわわわ』
 空気を求めて、音速を超えるスピードで両手足をバタつかせ出すシャル。
「シャルッ!?どうしたんだ!?」
 当然、動揺したのはクロロだ。シャルに何が起こったのか理解しようと、必死で脳
をフル回転させる。
「シャル!とにかく落ち着け!!シャルッ!!」
 だがクロロの声は届かない。
『もうヤダ〜!!誰か助けて〜ッ!!』
 シャルは以前、混乱したまま手足をバタつかせる。
 そして、クロロは叫ぶ。とりあえず現場報告を。
「ココ、足つくぞ!!」
『ッ!?』

 ぴた。今度はしかとシャルの耳に届く。
 冷静さを取り戻せば、目前に砂が。手を伸ばすと、容易に触れる事が出来る。
「…………」
 落ち着き払っているフリをしながら、静かに立つシャル。その顔は、昔のマンガか
お前は!?というボケをかましてしまった事実に、真っ赤に染まっている。
「シャル…、お前まさか…」
 ゆっくりとクロロが口を開く。もう、シャルには誤魔化す気力もなかった。
「はい。オレ…泳げません……」
 今までひた隠しにしてきた秘密を、シャルは素直に認めた。
「…だが、どうしてだ?それならそうと、正直に言えばオレだって…」
「だってオレ…、みんなの持つオレのイメージを、壊したくなかったんです。みんな、
オレの事を“何でも出来る器用なヤツ”って目で見てるから…」
 そんな自分が、まさか泳げないなどと言える訳がなかった。必死で、期待通りの虚像
を守ろうとした。
 数歩、浅瀬へ移動し腰を落とす。胸の辺りに波を受けて、シャルはうつむく。
「期待には、応えたいじゃないですか」
「そんな事の為に?」
 シャルの長年の決意を、あっさり否定するクロロ。
「そっ、そんな事ってどういう意味ですか!?オレは真剣なんですよ!!」
「でも…バカだよ、お前は」
 クスリと笑いながら、シャルの隣に腰を下ろす。
「“何でも出来る”なんて、無理に決まっている。万が一出来たとしても、ツマらない
だけだぞ、絶対」
「え…?」
 全てを惹きつける漆黒の瞳が、シャルの瞳を映す。
「出来ない事が多すぎるから、人は頼る。それが、人と人とを様々な形で繋ぐ。何でも
出来たら、一生孤独だ。オレもお前と、決して出会う事はなかった」
「団長…」
「少なくとも、オレの前で無理はするな。お前の長所も短所も、全部含めて受け止めて
やれるだけの器量は、あるつもりだからな」
 クロロは優しく微笑む。
「オレは、不完全なお前が好きなんだよ」
「ぁ…」
 その口唇が、そっとシャルの口唇に触れた。
「…いいか?これは命令だ」
「…はい」
 クロロを好きになって良かった。限りない喜びが、シャルを占める。
「よし。じゃあ…」
 シャルの笑顔を確認すると、クロロは立ち上がる。
「練習するか。泳ぎの」
 ほら、とばかり、手を差し伸べてくる。
「練習?」
「やっぱり、出来る事は多い方がいいだろ?」
 この上ない最良の提案という自信に満ちたクロロの笑顔。
 シャルの答えは、1つしか用意されていなかった。
「よろしく、お願いします…」

 

 バシャバシャバシャバシャ…。
「そうそう。上手いぞ、シャル」
「練習しましたから。…バタ足だけ」
 クロロの腕にしっかりと掴まるシャル。まるで抱きついているかの様な距離の近さに、
頬をほのかに赤く染めて。
「海は浮力が強いから、身体が浮くだろ」
「気持ちの問題です。理論で全て片付くなら、とっくに泳げてます」
「それもそうか」
 クロロの笑い声が、よりシャルの顔を赤くする。
「…………」
 せめてもの反抗と黙り込んで、シャルはバタ足を続ける。身体を、絶対の信頼と共に
クロロに預けて。
(可愛い…
 真剣なシャルに悪いと思いながらも、どうしても先行する気持ち。
 水に濡れた布越しに透けて見える白い肌。その肌の白さを際立てる赤く染まった頬。
そんなシャルを間近で見ていると、どうしても落ち着かなくなる。
(やはり海に誘って正解だなそれに、ここなら誰もいないし、来ない…
「団長」
「!!!?」

 予想外の声に、良からぬ思いを抱いていたが故に、必要以上に焦るクロロ。瞬間的に
心拍数は跳ね上がり、海水以外の液体が額を流れたりする。
「今、ヘンな事を考えてたりしませんでした?」
 感情の見えない絶対零度の瞳。腕に、爪がくい込んでくる。
 クロロは、凍りつく様な恐怖を覚えた。
「まっ、まさ…か!オ、オレはッ、…いい、いたって…純粋…だぞ」
「そうですか?」
「もちろん!!」
「なら、いいんですけど」
 そう言って、いつも通りの瞳になるシャル。クロロは安堵のため息をこぼさざるを得
なかった。
(殺されるかと思った…)
 ドキドキドキドキ…。

 

 そうしてシャルの練習が始まってから、一時間後。
「すごいな、シャル。バタ足(だけ)でなら、泳げるようになったじゃないか」
「ありがとうございます。団長のおかげです」
 爽やか笑顔で返すシャル。クロロは笑顔の裏に複雑な感情を隠す。
 シャルの泳ぎは…ほほえましいと言うか、可愛いと言うか、ぶっちゃけて面白いと言
うか、非常に判断しにくい代物だった。
 手を前で重ね、バタ足だけで器用に進む。1時間前まで全くのカナヅチだったとは思
えないほどの上達振りではある。
 ただその速度はあまりに速く、また息継ぎが未修得な為に、息が苦しくなる頃には思
いっきりヒザを145度近く曲げたバタ足を披露したあげく、沈没していく。
 それなのに、純粋で真剣な表情のシャル。
 クロロにとって、涙なしには見続けられない光景だった。
「シャル、そろそろ休憩しないか?」
「え…。でも、もう少しで15分間息を止められるようになれそうなんですけど」
「いや、そればかり練習しても意味が無…、じゃなくて…ええと、そうだ!何事にも適
度な休息は必要だぞ。焦っても、何にもならないだろ?」
 何としても、シャルを軌道修正させなければ。
 シャルは名残惜しそうに、考え込むが、
「そうですね。休みましょうか」
 快諾した。
 ビーチパラソルの下、シャルお手製ランチとドリンクで休憩タイム。
「後は、手と息継ぎだな」
「ああ。そういうのもありましたね」
「…忘れてたのか?」
「忘れてました」
 言い切るシャル。つい、バタ足の習得に集中しすぎまして、と付け加えて。
 1つ、深くクロロが息をつく。
「ま、センスはあるようだしな。すぐに完璧に泳げるようになるさ」
「はい!」
 シャルは、満面の笑顔を浮かべてうなずいた。
「だが練習ばかりだとつまらないだろ。練習はまたにして、遊ぼう。折角の、デートな
んだから」
「いい歳した大の男2人が、波打ち際で遊ぶんですか?オレ、まだ泳げませんから、遊
ぶとなるとそうなりますよね」
「うッ…」
 クロロは、言葉を失った。精神にも、大打撃直撃。
「じゃ、じゃあ、今から浮き輪なりゴムボートなり水上バイクなり盗ってこようか?」
「何言ってるんですか。時間がもったいないし、何より貴方は旅団の団長ですよ」
 即座にシャルが、“冷静なサブリーダー”と変わる。
「いいですか?オレたち旅団は設立以来、数々のモノを貴方の命令の下に盗り続け、今
やA級首です。その団長である貴方が…」
「わかった!わかったから!!もっと団長として、精進するから!!」
「絶対ですよ」
「はい…」
 太陽が、やけにまぶしく見えるクロロであった。

「ところで、いつから泳げない事に気付いたんだ?それだけのセンスがあれば、もっと
早く泳げるようになっていたと思うんだが」
「そうですね…。泳げなくなった日は、今でも鮮明に覚えてるんですけどね」
 シャルはフ…、と遠い目をして青空を眺める。
「?」
「あの日が、オレにとって最初で最後のプールになったんです…」
「あの日って、フィンクスにプールにムリヤリ入れられた日か」
「はい、そう……って、何で知ってるんですか!?」
 予想外の言葉に驚愕する。フィンクスから聞いたにしても、ムリヤリだと感じたのは
シャルだけなのだから、その結論に達するはずはない。
 クロロは、意地悪な笑顔でシャルを抱き寄せる。
「見てたからな」
「み、見てた…って?」
「あの日、こっそりお前の後をつけて行ったんだ」
「つけてたんですか!?」
「ああ」
 事も無げに、認める。
「あの日、お前と一緒に遊ぼうと誘いに行ったら、フィンクスたちと一緒にいるだろ。
だから」
「だから…って。だったら、ムリヤリだとわかったんなら、どうして助けてくれなかっ
たんですか!?」
「だって、オレに何の誘いの声もなく、しかもオレが傍にいないのにお前が楽しそうに
笑っていたもんだから…」
 肩を掴んで向き直させ、その瞳をじっと捕らえる。
「嫉妬したんだよ」
「うぅ…」
 顔を真っ赤にして、シャルは照れくささと決まりの悪さに戸惑う。その様子に、益々
クロロは楽しそうに笑う。
「バチが当たったんだ。オレを置いていったりするから」
「けど、オレは命の危険にさらされたんです!まったく、性格悪いですよ」
「ハハハッ」
 より、クロロが意地悪な笑いを深める。
「離してください!!」
 シャルはムッと機嫌を悪くして、クロロの手を振り払う。クロロには、そんな仕草も
ただ愛しく映るだけなのだが。
「フフ…ッ。悪かった、悪かったよ」
「笑いながら謝られても、全然誠意が感じられません!!」
「そう怒るなって」
 相変わらず笑いながら、後ろからシャルを抱きしめる。
「重要なのは過去より今だと思うぞ」
「時には過去も重要です!」
 もう…、とため息をこぼす。
「絶対泳げるようになって、見返してみせますからね!!」
「じゃあ、また一緒に来ような」
「……はい」
 不思議な事に、触れ合っていても夏の暑さは全く気にならなかった。
 ほんの少し、シャルの身体が熱を帯びていた様に感じられただけで。

 

 シャル宅。
 布団の上、腹ばいになって泣きそうな表情で無様に倒れているクロロを、シャルは呆れ
に満ちた表情で見つめていた。
 赤く腫れた、クロロの首の後ろや背中やらに、シャル特製皮膚薬を塗りながら。
「……どうして日焼け止め塗らなかったんですか?」
 その口調は、心から呆れ返っている事がよくわかるものだった。
「念で何とかなるかと思って…」
「なる訳ないでしょう!!」
「痛ッ!!シャ、シャル…、もう少し優しく塗ってくれ……」
「自業自得です!!!!」
 バシ!
 思いっきり、クロロを叩く。クロロの声にならない声が、情けなく響く。
 けれど呆れ顔から一転し、シャルは優しく微笑む。
「まったく情けないですね、団長」
「ぅ…。そ、れは……」
「ごめんなさい」
「???」
 その柔らかい口唇をクロロの耳元へ近づけ、そっと囁く。
「これからは、出来る限り傍にいます。貴方が、誰にも嫉妬しなくていいように」
「…………」
 らしくなく照れてしまったクロロに、シャルが満足そうに笑う。シャルの笑い声だけで
なく、空気の振動まで伝わってくる距離で。
「オレも好きです。だからどんなに呆れさせられても、貴方の短所を受け止められます」
「…忘れるなよ」
「え?」
「それはオレも同じだからな」
 身体を起こして、シャルは可能な限りの嬉しさを笑顔に表す。
「もちろんでも…」
 クス。それは数時間前クロロが浮かべた、意地悪な笑みに似ていた。
「こんな状態じゃ、全然キマりませんよ、団長」
 バシ!
「あだだだだだだッッッ!!!!」
 その後もシャルの笑い声は、部屋中を包み続けるのだった。クロロの悲鳴にも劣らない、
本当に、幸せそうな笑い声が。

END  

 

・後書き
 どうでしたか?何だかギャグとシリアスの狭間を彷徨う作品に見えますが;占天様のオーダー
『団シャルで、2人で海に行くんだけど、実はシャルは泳げなかった!!』
をテーマに書いてみました。ギャグ度低いのにシリアスじゃない、中途半端なSSに思えます;
え?時川が“やる事成す事中途半端”なヤツだから仕方ない?……確かに。(←オイ)

 シャル、最後は意地悪でしたねぇ。仕返しです
3倍返しは鉄則です(笑)
でも、いまだに“あのメンバーでプール行くってどうよ…;”とか悩んでみたり。
フィンクスやパクは、シャルより確実に年上だろうと思ったので。(あえてフェイタンの名を避けてみる)
“幼い”が理由で流星街から出れないならマチも出せないし、あんまり大勢で行くのも変だと思い、
お気に入りのウボォーやマチは出番なし。いや、パクやフェイタンも登場、とは言えませんね;

 ちなみにタイトルは、先日放送された「FightTV24」CDTVでのポルノグラフィティ・メドレーを見て、です。
文化祭でも流れていたし、時川所有のカラオケゲームにも収録されていたし、と安易に決定;
 その後、10回近く歌い続けてイメージ固め。
結果を見てみると…、固まってないですね;ヨーグルトくらいの柔らかさ(苦笑)うぅぅ…;

 けれど!感謝と愛はいっぱいです!!少しでも、喜んで頂ける事を祈るのみでございます
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