「約束の季節 〜逆さ十字の恋人3〜

「無い…」
 暗い廃ビルの窓の淵に腰掛け、何度も携帯の液晶が移す文字を見直すイルミ。液晶の
発する光に照らされた彼の顔は、一見いつもの無表情に見えた。
 が、その声色は低く、どことなくその表情も怒気を帯びて見える。
 ピ…♪
 全てのモノが凍てつきそうな空気を放ち、彼は静かに携帯の電源を切った。

 

 その日は、よく晴れた日だった。
「ふぅ…。あぁ、肩が痛い」
 己の肩を揉みながら、シャルがノートパソコンの電源を切る。
「けど、こればっかりはオレがやらないと…。分業した方が、後々面倒になるし…」
 シャルがしていたデスクワークは、旅団が盗んだ宝を好条件で購入&情報厳守の信用
の置ける収集家のリストアップ等々の財務整理だ。
 それぞれ繋がりのある仕事だけに、いざ、という時を考えると分業にする訳にはいか
ない。
「でも、終わると達成感が何とも…」
 体側を伸ばしながら、シャルは爽やかな笑顔を浮かべる。
「さて、おやつにアイスでも」
 席を立つ。その時。
 ピンポーン、ピンポーン♪
 インターホンが鳴った。
「はい。どちら様ですか?」
 鍵を開け、玄関を開ける。
「あ、貴方は…」
「やぁ」
 思わず驚くシャル。来客は、それほど意外な人物だった。
「久しぶり。前に1度会ったよね」
「あ、ああ…」
 シャルの視線に映るのは、長い黒髪が特徴のアノ男。イルミだった。
 急速に脳内で考えるシャル。確かに1度、クロロがある依頼をした時、自分も同席し
ていた。だからといって、会話も事務的なものだけで、ましてや自宅の住所など教えた
りはしていない。
 とにかく、イルミ来訪の理由が全くわからなかった。
「な、何の用?」
「未払いなんだ」
 シャルの問いに、即座に返事が返ってくる。
 益々、シャルは訳がわからなくなる。
「何の事だよ。オレは、ゾルディック家に何にも依頼してないし、敵に回す様な事もし
てない。変な言いがかりは止めてくれる?」
 少し苛立って、シャルはきっぱり告げる。
「君じゃない。未払いなのは、クロロ。君の団長の方。前に受けた仕事の報酬、まだ振
り込まれてないんだ。期限は昨日だったのに」
 そう。
 イルミが昨夜せわしなく確認していたのは、この事だった。
 自分はクロロの“手足”でもないし、暗殺だってボランティアじゃない。タダ働きな
どもっての外だ。
「そんな事、オレじゃなく団長に言えばいいだろ!」
「クロロになら何度も電話をかけたよ。だけど、今の今まで電源切ってて連絡がつかな
いんだ」
「それは…」
 シャルは言葉を飲んだ。
 当然、クロロは携帯を持っている。だが、あくまで“かける専用”と思った方がいい。
 こちらからかけて、クロロが出る(電源ONの)可能性など、キャリーオーバー発生中
ロト6の1等が、自分1人に当たる可能性よりも低いからだ。
 おまけに、携帯の発する電波から場所を特定されない為と、聞こえの良い理由を並べて
いるが真実は、読書の邪魔をされるのを防ぐ為、だ。
「だからって、オレの所に来る必要は無いハズだよ!オレの住所を調べる手間があるんな
ら、8月31日まで待って、ヨークシンに来ればいい」
「だって君、旅団の財務省なんでしょ」
「は?」
 確かに、旅団の財務は全てシャルが取り仕切っているが。
「ヒソカが教えてくれたよ。君の住所と一緒に」
「ヒソカがッ!?」

 そう言えば。シャルは思い出す。
 ヒソカはイルミとペアを組んでハンター試験を受けたと言っていた。それを聞いたクロ
ロがイルミの腕に興味を持ち、依頼したのが先月の事。
「ちゃんと領収書も用意してきたから、早く払ってよ。延滞金込みで」
「だから何でオレが!?」
「“旅団の財布のヒモを握ってるのはシャルだ”ってヒソカが言ってたから」
「確かに旅団の財務を請け負ってるのはオレだけど、アレは団長個人の依頼で、旅団とは
全くの無関係!!」
「でもクロロも旅団でしょ。それに、君から後で請求すればいい」
「ダメ!特別な理由でもあるならまだしも、たった1人のワガママの為に、皆の金を使う
訳にはいかない!」
 声を大きく、シャルはイルミを睨みつけて言い返す。
「じゃ、ココでしばらく待たせてもらうよ」
「は?」
 部屋に上がろうとするイルミを、その両肩を掴んで防ぐシャル。
「何で団長が、ココに来るって確信してるんだよ!?」
「だって“団長はシャルと恋人同士で、他の団員に隠れて通ってるんだよ”ってヒソカ
が言ってた」
「!!!?」
 事も無げに、最重要指定の秘密を口にされて、シャルの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「そそそ、そん、そんな事、ある訳ないだろ!!」
 ドキドキドキ…。
「ふぅん。でも、君が立て替えてよ」
「だから団長個人の為に、旅団から金は出せない!」
「少しの事じゃないの?君が頼めば、クロロはいくらでも払うよ」
「何でそう思う?」
「だって“団長は、シャルに嫌われない為なら何だってするんだよ”ってヒソカが…」
「アンタはヒソカの言う事なら何でも信じるのか!?」
 あくまでイルミは、冷静に無表情に受け流しす。
 一方シャルの心の中では、理不尽な請求をするイルミよりも、金を払わずに自分に受難
を届けたクロロよりも、自分の事を好き勝手イルミに吹き込んだあの男への激怒の嵐が荒
れ狂っていた。
 ぎり…ッ、と両の拳を強く握りしめ。
(ヒソカーーーーーッッ!!!!)
 今度会ったらただじゃ置かない、と固く怒りの炎に誓いを立てるのであった。

 同時刻のヒソカ。
「あっ。何か命の危機かも…」
 突然自ら襲った寒気に、身震いしていた。本能が訴える謎の恐怖に、付きまとわれて。

 

「とにかく!金はビタ1J払えない!払うつもりも無い!!」
「ふ〜ん…。ま、それならそれで、こっちにも考えがあるけどね」
 微かに冷たい空気を放ち、イルミが針を数本構える。
「コレで君を操作して、クロロに請求させればいい(by「それぞれの決意」)」
「……」
「かなり違和感が出るだろうけど、君が甘えれば騙されるだろうし」
「ふぅん…」
 ス…ッと、シャルが携帯を取り出す。“クモ”を感じさせる、鋭い瞳でイルミを睨む。
「操作系のオレを操作しようなんて、面白い事言うね」
 バチ…ッ!!
 静かな、青白い火花が2人の視線上に散った。かと思うと、
「なんてね」
 先ほどまでの“爽やか青年”顔に戻り、ダイアルし始める。
「?」
 訳がわからない様子のイルミ。けれどシャルの戦意が0なのを感じ、針を仕舞う。
「……あ、もしもし。…はい、……そうですね。じゃあ明日、楽しみに待ってますね
 ピ…ッ♪
 天使の笑顔で電話を切るシャル。その笑顔は、一瞬で脱ぎ去られる。
「これで確実に明日の午後、団長が来る。その時、自分で団長に請求すればいい」
「…………」
「オレは、ゾルディック家を敵に回すほどバカじゃないの」
「それはわかってるけど…」
「?何?」
「君だとクロロは携帯に出て、しかも家に来るんだ。おまけに“楽しみに待ってます”っ
て事は、以前からの約束だったって事なんだ、と思って」
「!!!?」
 墓・穴
「やっぱりヒソカの言ってた事、全部本当なんだ」
「ち、ちちち、違う!!!!だ、団長は…ええ、え…っと、そう!宝の売却先や前回の収入の
計算がついたから、その報告で来るだけだッ!!!!」
 その顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「ふぅん」
「ほ、本当なんだからッ!!!!」
 半分、泣き出しそうな表情だった。
「わかったよ。じゃあ」
「ちょっと待て」
 何故か、部屋に再度上がろうとしたイルミの両肩を掴み、シャルが制止する。
「帰るんじゃないの!?今の流れならさぁッ!!」
「ココに来るまでにも相当な金かかってるのに、また来てやるほど親切は出来ない。君の
団長の報酬未払いが悪いんだし、オレを1泊させてもバチは当たらないと思うけど?」
「そ、それはそうだけど…」
「仕事関係以外で殺しは(あまり)しないから、心配しなくていいよ。オレも、オヤジに
“旅団とは戦うな”って言われてるし」
「そういう問題でもないけど…」
「なら、どういう問題?」
「え?そ、それは…」
 唐突に語気を弱め、またも顔を赤くしてシャルが言葉を濁す。
「その、た、他人を部屋に泊めるのは…、こう、えぇ…、な、仲間なら…まだしも。倫理
的にと言うか、道徳的にと言うか、抵抗が…」
「まさか君(旅団)から“道徳”なんて言葉が出てくるとは思わなかった」
 もっともな意見をさらりとツッ込むイルミ。
 彼はシャルがいかに純情なのかを知らないので、その反応は当然だが。
「こっちも商売なんだから、引き下がれない。ココに来るまでにオレの気配に気付いて、
逃げられでもしたら困るしね。君の家で待ち伏せた方が、確実」
 ジィ…ッと、感情の無い瞳にシャルが映る。
「で、でも…」
 煮え切らない態度のシャル。赤く染まり、困りきった戸惑いを宿す顔は、イルミにさえ
不思議な興味を抱かせていた。
「あ、もしかして…」
 今までのシャルの体温&脈拍数上昇の様子から、イルミが気付く。
 相変わらずの無表情。なのに、彼を包む空気が冷たく、変わった。
「襲われたらどうしよう、って?」
「ッ…」
 いきなり腰を抱き寄せられ、シャルの身体がイルミにぶつかる。おまけにあごを指先で
捕らえられ、イルミの顔が今にも触れ合わんばかり、視界に広がる。
 口唇間の距離など、ほんの数mm。
「あ、あ、ああ、あの、あののの……ッ」
 シャルの身体が硬直し、その硬度を保ったまま、急速に震え始める。
「?どうした……」
「嫌だぁあぁああぁぁッッ!!!!」
 イルミが言い切るより先に、シャルの壮絶な悲鳴が轟いた。同時に、
 ドッ、ゴォオオォォオォン!!!!
 けたたましい破壊音を響かせて。
「はぁ…はぁ…ッ」
 ぱらぱら…と破片を零す天井の人型から、シャルが真っ赤な顔で空を見上げていた。
 それは、37度目の経験。

 その日、例のごとくクロロが、ではなくイルミが、星と流れたのであった。

 

 翌日。昨日にも増して、晴れ渡る正午。
 シャルは、昼食の用意をしていた。
 いつもならクロロの訪れる日には嬉しさが満ちるのだが、今日はそれだけでもない。
「忘れてるんだろうな、きっと。いつも、面倒な事は早めに済ませろ、って言ってるのに」
 イルミが、やって来るのだから。
 今もどこかで、いつクロロが来てもいい様に、玄関を監視している事だろう。
「いくら恋人同士だからって、金銭面に関してはきっちりしておかないとね」
 呟きながら、テーブルを拭く。
 ピンポーン、ピンポーン♪
「あ。団長、来たのかな?」
 エプロン姿のまま、どこか嬉しそうな笑顔でシャルが玄関を開ける。
「やぁ」
 優しく笑うクロロが、そこに立っていた。
「お久しぶりです。やっぱり、団長だったんですね」
 にっこりと満面の笑顔を見せて、シャルはクロロを中へ導く。
「昼食、まだですよね?一応、2人分作っておいたんですよ」
「ああ。ありがとう」
 うなずいて、クロロはテーブルに着く。
「今日の昼食はカボチャの冷製スープとペスカトーレ。それとデザートにティラミスです。
これからの季節にピッタリでしょう?」
 シャルが、見る者全ての食欲をそそる料理の盛られた器を、綺麗に並べていく。
「……あの」
「ん?」
 わずかに頬を紅潮させ、恥ずかしそうに瞳をそらしながら、どこか落ち着かない様子で
クロロの隣に座る。
「今日は…ずっと傍に……いてくれるん…ですよね?」
 力の入りすぎた肩、硬くなった身体を震わせ、シャルがクロロに聞く。
 クロロはクス、と笑って、シャルの肩で自らに近い方に手を置く。
「もちろん。時間が許す限り…」
「ぁ…」
 心から嬉しいと、シャルから自然と吐息をこぼれる。
「あ、ああ、じゃあ、さっ、冷めない内に、食べま、しょう」
「そうだな」
 変に緊張するシャルが楽しくて、クロロが一段と笑みを深めて笑った。

 

 食事は、本当に美味しかった。
 “食べ飽きる”という言葉が、シャルの料理には見当たらない。
 満足した身体をゆったりとソファーに沈ませ、食後のコーヒーを友に携帯を操作する。
液晶に映る文字列を目で追い、クロロは何かを確認している様だった。
「団長、何見てるんですか?」
 食器を洗い終えたシャルが、ティーカップ片手にクロロの隣に身を寄せる。そのまま携
帯を覗き込む。
 シャルの瞳が画面を捉える直前に、クロロは素早く画面を変えた。
「あれ?団長、携帯新しいの盗ったんですか?」
 率直にシャルが疑問を述べる。その携帯は、明らかにシャルの記憶に残るクロロの携帯
と違う機種だった。最新の物ならまだわかるが、それも違う。
「珍しいですね。団長が自分で手続きするなんて」
「たまには、な」
「フフ。明日、吹雪にならなければ良いですね」
 言葉とは裏腹に、そこに悪意や皮肉などは含まれていなかった。ただ純粋に、シャルは
笑う。と、ふと何かを思い出し、その笑顔を消した。
「あ、そうだ。団長、まだあの依頼の報酬、未払いでしょう。昨日、イルミが来て大変だっ
たんですから」
「そうなのか」
「そうですよ!おまけにヒソカも、ある事無い事色々吹き込んでるみたいですし…」
 不満を告げるシャルに対し、クロロは苦笑する事も言い訳する事もせず、ただ無表情で
聞いていた。
「そう言えば、団長が来てるのに…まだ今日は来てませんね。見張ってると思ったのに」
「急な仕事でも入ったんじゃないのか?」
「…そう、ですね。きっと」
 シャルの住む高級住宅街のすぐ近くには、世界に名を轟かせる大企業の本社がいくつも
あるオフィス街が広がっている。その中には“旅団”として関連を持った企業もある。
 だからイルミに急な仕事が入ったとしても、おかしい事ではなかった。
 今日を逃しても、ヒソカから仕事のある日を聞けば確実にクロロを捕えられるからだ。
 そう、どこかしら疑問を残しながらも、シャルは自分を納得させた。
「でも夜には来ますよ。団長、逃げずにちゃんと、払ってくださいよ。幻影旅団の団長が
料金未払いで追われてる、なんて、みんなに示しがつきません」
「ああ。わかった。それよりも…」
「えッ?」
 シャルの全身がわずかな重みを感じ、ソファーに沈む。それがクロロの重さだと気付い
た時には、すでに身動きが取れなくなっていた。
「あ、ああ、の…ッ?」
 状況が把握出来ず、それでも顔を真っ赤に染め、シャルは必死に言葉を紡ごうとする。
「重かったか?」
 薄く口元を緩めて、クロロが少しだけ上半身を起こす。
「いえあのッ、あ、いえ、その…ッ」
 重いとか、そういう事ではない。
 身動きが取れないと言っても、腕は自由に動かせたし、格好を気にしないのであれば、
脚だって多少は動かせる。
 シャルが言いたいのは、もっと別の事だ。
「い、今まだ…昼…なん…ですけど…」
「それが?」
「それが?って…。あの、明るい内から…その……」
「久しぶりだから、な。いいだろ?」
「ででででも〜ッ」
 思い通りに動かない身体を、何とかしようと必死で動かす。ただ、シャルの意思に反し
て、その姿は“ほほえましい”以外の何物にも見えなかったが。
「カーテン開いてますし…」
「ここは11階で、しかも屋上だろ?窓から見えるのは、見晴らしのいい風景だけだぞ」
「だだだ、だけど、あっ、その、ソファー…ですし…」
「そんな事は…」
 軽く微笑んで、クロロは手で、そっとシャルの瞳を閉じさせ、覆う。
「こうすれば気にしなくてすむ…」
「ぁ…」
 クーラーの聞いた涼しい室内。シャルの身体は、それを忘れさせるほど十分に熱を帯び
ていた。
「シャル…」
 覆った手を離すと、恥ずかしそうに閉じられたままの瞳が見える。
「――――」
 クロロの笑みが、冷たくその顔に刻まれた。

 

 時刻は、ほんの少しだけ遡る。
「ふふふふ♪シャ〜ル〜vvv
 情けない、真に情けない歓声を発しながら、軽やかな足取りで廊下を歩く、黒い人。
「今回は頑張って、1週間も時間が取れたからな。ああ、シャル…
 その人こそ、幻影旅団長・クロロ。
 ピンポーン♪ピンポーン♪×∞
「……あれ?」
 不思議がるクロロ。いつもなら、30秒以内に笑顔のシャルが出てくるはずなのに。
「おかしいな…。今日1日、どこにも行かないと言っていたのに」
 そして気付く。
「まさか!」
 クロロの心の中で、雷鳴が轟く。
「掃除中にバケツに足突っ込んで滑り、頭を打って気を失っているんじゃ…。いやいや、
料理中、誤って火傷してしまい、救急車で運ばれたとか…。待てよ。風呂場でのぼせ、立
ちくらみを起こして倒れてる可能性も…」
 そのまま、何か違うネガティブ思考に飲まれていくクロロ。すぐに、限界を迎える。
「ダメだ!!このまま、待っているだけなんて出来ない!!!!」
 扉を勢い恐し、中に飛びこむ様に駆け込む。
「シャルッ!!!!」
 が、
「ッ――――!!!?」
 今度は一瞬の内に、驚愕の淵へ落とされる。
「えッ…、えッ!!!?」
 困惑。
 無理もない、今、彼の目に映っているのは、ソファーの上で重なる自分と半裸のシャル、
という光景なのだから。
「だッ、団長が…2人?」
 困惑×2。
「誰だ、キサマッ!?」
 まるで鏡に向かって叫んでいる様な妙な気分に陥るが、この際仕方ない。
「…………」
 もう1人のクロロが、シャルの上がら離れ、無表情のままクロロを見る。
「やぁ。思ったより、早かったね」
 それから髪に触れたかと思うと、勢い良く引っ張った。
「!?」
 髪と共に顔の皮膚が剥がれていく。そして中から、見覚えのある長い黒髪と、無表情な
瞳が現れる。その変わり様、ハリウ●ドの特殊メイクも顔負けといったところだ。
「久しぶり。君をずっと探してたよ」
「イルミ…」
 まだ完全に、驚愕の抜けていないクロロに、イルミが数歩近づく。
「はい、請求書。さっさと振り込んでくれる?」
「あ、はい。…って!何でお前、シャルの家に!?いやそれ以上に、昼真っからシャルとそ
んな!!オレだってまだ、夜にしか触らせてもらえな…じゃなくて」
 飛び出しかけた本音を押し戻し、イルミを睨む。
「と、とにかく!どうしてシャルに手を出したんだ!?」
「昨日の会話の時、君たちが恋人同士で、彼が信じられないほど純情なのがわかったから。
延滞金代わりに、彼が聞いたら赤面じゃ済まない事ヤッて君の評価を落とそうかな、って。
変声機の調整が1番苦労したよ」
「だからって!!」
「君が一昨日の期限までにちゃんと報酬を支払ってくれてたら、オレは何もしなかった」
「そッ、それは…」
「ほら、払って」
 とにかくイルミを追い返すのが先と、携帯を操作するクロロ。
「これで、振り込まれたはずだ」
「……確かに。じゃ、また殺したい奴がいたら、ヨロシク」
 クロロの脇をスッと通り過ぎ、イルミが去っていく。
 ほっ、とクロロは安堵のため息をこぼす。
「あ、領収書いる?」
 戻ってきたイルミ。
「いや、いい…」
「あ、そう」
 今度こそ、イルミは本当に帰っていった。

 

「はぁ」
 わずかな時間の内に感じた疲労を掃うかの様に、クロロが髪を掻き揚げる。
「うッ…うう…ッ」
 固まるクロロ。ゆっくり顔を上げると、瞳いっぱいに涙を溜めたシャルの姿。
「シャ、シャル…」
「オ、オレ…ッ」
 その頬を、涙が濡らした。
 クロロは素早く駆け寄り、頼りなく震えるシャルの肩を抱き寄せる。
「止めt下さい!!」
 とっさに押し退けようとしたシャルの身体を、クロロはそれより強い力で抱きしめる。
「シャル…、スマナイ。オレの所為で」
 その声は、きっとシャルにしか知られる事のない声。
「オレの所為で…ッ」
 心から、詫びる声。
「違う…。違うんです!別に団長に謝って欲しい訳じゃないんです!オレ、団長に抱き
しめてもらう資格なんてありません…ッ!!」
「どうして?」
「だって、オレ、偽者だって気付かなかった。今まであんなに、団長の傍にいたのに!!」
「シャル…」
「オレ、本当は団長の事、好きじゃないのかもしれない。好きだったら、気付いてたに
決まってる!」
 クロロの腕の中、シャルは自らを責めていた。
 許せないのは、原因のクロロよりも騙したイルミよりも、偽者だと気付けなかった自
分。シャルナーク本人だった。
「だから…オレは…ッ!!」
「違う」
 精一杯の愛しさを込めて、抱きしめる。
「本当の事なんて、誰も知らない。オレだって、本当にお前の事を愛しているのか、そ
れとも欲望の処理と見ているだけなのか。問われたら、本心からは答えられない。けど」
 抱く力を緩め、シャルと向き合う。泣き濡れた顔に、優しく微笑みかける。
「オレはお前に触れていると嬉しい。お前が笑っていると、嬉しい。それだけは、確か
な事だと信じている」
 安心を与える笑顔で、シャルの涙を拭う。
「だから、オレは迷わない。……愛してる」
「団長…」
 戸惑いながら、ゆっくりと、シャルの腕が伸びていく。
「オレも…オレも愛してます」
 抱きしめ返し、クロロに己を委ねる。
「…シャル?」
「……いいですよ。今、ココで。アナタに触れられていると…嬉しい、から…」
「シャル…」
 軽く上体を起こし、クロロに微笑み返す。
 クロロがその頬に触れ、シャルがその手に手を重ねる。
 瞳を閉じて、柔らかな口唇が重なり合った。

 

「ん…」
 暗い。窓から、わずかに月明かりが入ってくるだけだ。
 重いまぶたをこすり、次第にクロロは意識を覚ましていく。
(シャル…?)
 いつもなら、シャルが“起きました?”とか“今、食事の準備をしてますから”とか
声をかけてくるのだが…。
「あ…」
 隣で、シャルはまだ眠っていた。疲れていたのだろう。精神的にも、色々あったのだ
から。
 そう言えば、シャルの寝顔を見たのは本当に久しぶりだ。
 そっと、クロロは愛しいその髪を撫でる。
「ぅ…ん…。団、長…?」
「あ。…悪い、起こしたみたいだな」
「いえ」
 シャルは少し眠そうな目を擦り、身体を寝返らせてクロロを見つめる。
「おはよう、と言う時間でもないし…今晩和、と言うのも何か変だな」
 軽く、クロロが笑う。
「そうですね」
 つられて、シャルも微かに声を出して笑う。
「でも、おはよう」
 クロロの口唇が、シャルの額に寄せられた。途端に、シャルの顔が赤くなる。
「フフ…。ところでシャル」
「はい?」
「お腹…空かないか?」
「あ!いけない!夕食の準備しないと」
 急いで起き上がり、ベッドを出て行くシャル。その手を掴み、クロロが引き寄せる。
「だ、団長…」
「この際、2人で外食しよう」
「でも、男2人で…」
「特別室にすればいい。ウェイターを呼ばない限り、邪魔者はいない。ま、金の出は多
くなるけどな」
 楽しそうに、クロロが笑う。その笑顔に、シャルは弱い。
「団長のおごりなら」
「決まりだな」
 また笑い合う。
 ふいに、クロロの笑顔が止まる。
「…今日は本当に、悪かった」
 シャルは、明るく微笑んだ。
「いいんです。結局、何もなかったし」
「…ありがとう」
 少しテレくさそうに、クロロが顔を背けた。
「あ、じゃあ、食事の後は何がしたい?どうせ寝直せないだろ」
「そうですね」
 シャルは冷たさを隠した満面の笑顔を浮かべ直す。
「ヒソカに厳重注意しに行きましょう
「えっ!?」

END  

 

・後書き
 いかがでしたか?またギャグでもなく、シリアスでもない中途半端なモノですが;KATSU様のオーダー
逆十字シリーズ(?)に原作をミックスしたようなもので。主な人物はクロロとシャルとイルミ!
以前の仕事でまだ報酬を受け取っていないイルミがクロロに請求しようとも居所がようとして掴めない。
クロロの携帯は自分が用のあるとき以外「読書の邪魔」等で電源OFF状態。連絡も取れない事にイラだって、
クロロのハニー〈笑〉シャルのマンションに。待たされてる仕返しに、クロロに化けて彼の評価を落とす作戦に!!

たまには先に目覚めてシャルの寝顔を眺めつつ、シャルが起きたら「おはよう」と耳元で囁く(またはキスする)
位の甲斐性あるクロロが見れる話!
を意識して、というか、その細かい設定そのままに書き上げた、「書き手としてどうよ;」的代物ですが;
 喜んで頂けたら、真に光栄でございます
vvv

 イルミン(笑)初登場
彼は時川を「H×H」にハメた原因の方
そして純情シャルも久しぶりのお目見え
最近のシャルは恐かったですからね;(でも、最後が…)
 ただ、最近団長がどんどん情けなくなっているのが、気になるところですね;
 細かい設定を頂けたのは、考えなくていいから、物凄く楽でしたし(←オイ!!/死)

 ちなみに1番悩んだのがタイトル。やはり曲から取りたいと思うも、こういう時に限り、歌番組を見逃し…。
その時、「HEY!×3」の再放送で偶然流れたのが「約束の季節」。
歌詞もイイ感じで、母上もゴスペラーズ好きだし、と安易に決定。(いいのか!?)

 それでは、少しでもリクに応えられている事を祈っております。
 これからも、よろしくお願いします!!!!