それは、あるうららかな晴天の日だった。
「ふぅ…。こういう日は、よく洗濯が乾いてイイなぁ
 洗濯物を並び終えて、シャルは思いっきり腕を伸ばす。
「それじゃ、お茶でも入れて、ゆっくりしようかな…、!」
 ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン……!!
 何度も鳴らされるインターホン。
「誰だろ…?」
 扉へと向かうシャル。鍵を開けようと近づいたその時、
「シャルーーーーーーッッッ!!!!」
「うわぁあぁぁああぁぁぁッッッ!!!!」

 扉ごと、クロロが泣きついて来たのだった。
「ドア壊す気なら、最初ッからインターホン鳴らさないで下さい!!」
 扉は、金具からキレイに壊されていた。

 

   「逆さ十字の恋人」

「…で、何の用ですか?こんな急に」
 リビング。テーブルで、紅茶とクッキーを前に向かい合うクロロとシャル。
「シャル…」
 真剣な瞳で、シャルの両手を取るクロロ。
「何も言わずに、恋人になってくれ」
「はぁ?」
 いつもより1オクターブ高い声を、思わず上げてしまうシャル。
「だっ、誰が…ッ?」
「だからお前が」
「誰の…ッ?」
「だからオレの」
「どうして…ッ?」
「いや、話すと長いが…」
「長くてもいいから、話して下さい!」
 シャルは半ば、内心焦っていた。
 互いに紅茶を喉に流し、気持ちを落ち着ける。
 シャルは、クロロの説明を待った。
「実は昨夜……」

 

 ――――――回想。
 仕事終わりの打ち上げ宴会。
 今思えば、いつもよりアルコール度数の強い酒を飲んだ事が原因だった
のかもしれない。
「そう言えば、今日のお宝の中にウエディングドレスがあったわよねぇ。
フフ、私もいつか着てみたいわ」
 少し夢見る様に、パクノダが言う。
「ん?何だ、パク。お前、結婚したいの?」
 からかいの口調で、フィンクスが笑う。
「無理じゃねぇのか?オレたちはクモだからなぁ」
 ノブナガもからかいに加わる。
「別にそんな気ないわよ。ただ、着てみたいってだけ。ウエディングドレ
スは女の夢でしょ。ねぇ、マチ、シズク?」
「そうだよね。私も着るだけなら、着てみたいかな」
「そう?私は今のところ、考えられないね、自分の花嫁姿なんて」
 あくまで冷静なマチ。あまり興味なしと、酒を飲む。
「もったいないわよ、マチ。折角の美人なんだから」
「別にいいよ。相手もいないのにそんな事してもねぇ」
「ホント、変化系はクールなんだから」
 冗談混じりに、ため息をつく。
「あ、そう言えば、団長たちも、結婚とか考えた事あるんですか?」
 シズクが、話題を男性陣にふった。
 この時の男性陣は、クロロ、ウボォー、ノブナガ、フィンクス、フェイ
タンの5人だった。
「ねぇよ、そんなモン。興味もねぇ」
「お前はそんな事より、身体鍛える方が好きだもんなぁ」
「テメェだって、刀の手入れしてる方が好きだろうが」
「ワタシもないね。くだらないね、その質問」
 呆れた様に、フェイタンが冷静に短く答える。
 答えた事自体、多少なりとも酔っている証拠なのだが。
「オレもないよ。やっぱ、相手がなぁ…。ま、出来たら、そん時に考えん
じゃねぇ?」
「ふーん。そういうものなんだ。男の人にとっては」
 つまらないと、シズクが残念がる。
「団長はどうなんですか?団長、すごくモテそうですけど」
 パクノダが、興味津々に聞いてくる。
「そうだよな。団長なら、恋人の1人や2人いそうだよな」
「うんうん。団長ならいそうだよね」
「会話術も得意そうだしな。ま、黙って座ってるだけでもモテそうだけど」
 確実に酒の所為で、盛り上がっていく会話。
「え?い、いや…」
 焦ったのは、話題の当人・クロロに他ならなかった。
「でも、クモだし…、いないんじゃない?」
 この時、クロロにとって、マチは白馬に乗った王子様に見えたという。
 が、
「いや、いるって、絶対!何たって、団長なんだから!!」
「そう言われれば…、そうかもね」
 ソレは一瞬の希望で終わった。
 当人を他所に、盛り上がっていく会話。
 そして、クロロの最も恐れていた質問が飛んだ。
「で、実際のところ、どうなんですか?」
 期待に満ちた団員たちの目。クロロは、背中の気味の悪い汗を感じた。
 ――――――回想終わり。

 

「あそこまで言われると、いない、って言えなくて…つい……」
「だからって、急に恋人作ろうとしなくても…」
「思わず言ったんだ。会わせるって!」
 後悔いっぱいに、クロロが拳を握る。
「それで、オレに恋人役を演じて欲しいと?」
「出来れば結婚前提で」
 しばしの沈黙。
「……正直に謝ったらどうです?ウソだった、って」
「団長のプライド…崩れないか?」
「崩れますね、コナゴナに」
「しくしくしくしく…(CD的に)」
 泣きたいのは、こっちも同じだと、シャルは紅茶を飲んだ。
「でも、何もオレに頼まなくても…。それこそ、パクやマチ、シズクが
いるでしょう。第一、オレ、男だし」
「あの3人は現場にいたからな。それに、残った団員の内、適役はお前
しかいないと思ったんだ。きっと似合うぞ、女装」
 必死な視線で訴えてくるクロロ。
 確かに、適当な女性を見つけてくるより、団員に演じてもらった方が
楽だし、色々と都合がいい。
 結婚を約束した恋人が、相手について何も知らないという事態が起こ
らずにすむからだ。
「頼む、シャル。こんな事頼めるのは、お前を置いて他にいないんだ」
「でも女装でしょう?初登場時の身体じゃ、男だとすぐバレますよ」
「いや、最近のお前は細くなってきたから、大丈夫だろ」
 かくして、シャルは団長の恋人役を引き受けたのだった。
「けど次もオレが、顔を出さないと、怪しまれません?」
「それは…おいおい考えよう」

 

 そして、数週間後。
 仕事の打ち上げ時に、クロロの恋人発表会が行われる事になった。
 面子は、幸か不幸か、前回の団員と同じだった。
 で、事前打ち合わせ。
「いよいよだな…。シャル、頼んだぞ」
「わかりました。でも、パクには気をつけて下さい。触れられたら、ア
ウトですからね、お互いに」
 今、シャルはトイレ、クロロは恋人を迎えにという理由で部屋を抜け
出していた。他の団員たちに、大分酒が回ったのを確認して。
「ああ。ところでシャル…」
「何ですか?」
 物凄く上機嫌な笑顔で、クロロは近くにあった大き目の箱を開ける。
「衣装…どれがいい?」
 嬉々とした表情で、様々なドレスを提示するクロロ。
「団長…、もし楽しんでるんだとしたら、帰りますよ、オレ」
 サブリーダーはあくまで冷静だった。

 意を決して、見事な女装を披露するシャル。言葉を失うクロロ。
「な、何ですか?似合い…ません?」
「いや、綺麗だ…、スゴク」
 クロロは思わず呼吸するのさえ忘れそうだった。
 シャルは、清楚さを押し出した、水色を主とした服装をしていた。筋
肉を隠す為にショールを羽織り、ロングスカートをはいて。
 おまけに、わずかにウェーブがかった腰まで三つ編みにされたカツラ、
ナチュラルメイクをキメ、まさに完全武装。
「じゃあ打ち合わせ通りに。行きますよ、団長」
「ああ、そうだな」
 エスコートとばかり、腕を差し出すクロロ。つかまるシャル。
 その時のとても楽しそうなクロロの笑顔に、シャルは気づかなかった。

「お、来たみたいだぜ」
「ホント?」
 みんなの視線が、ドアに集中する。
「待たせたな、みんな」
 おぉ〜ッ、と喚声が上がる。
「すっげぇ、美人じゃん。さっすが、団長!」
 フィンクスの賞賛に、かなり酒が回りに回っている所為もあって、激
しく同意する団員たち。
「アナタ、名前は?」
「え?あッ、あ、…えーと、シャル…ロットです」
「ふうん。格好と同じで、名前も大人しいんだねぇ」
 どうして疑問の“ぎ”の字も浮かばないんだ?!、と内心叫ぶシャル。
「で、馴れ初めは?」
「はい…。前に、助けて頂いた事があるんです。その時に…」
「へぇー、団長がねぇ」
(頼むから、これ以上聞かないでッッ!!)
「でも知ってんのか、団長の、いや、オレ達の事?」
「ああ。もちろんだ、ウボォー。全部知っているに決まっているだろう」
 自信たっぷりに、クロロは答える。シャルとしては、これ以上質問が
来る様な会話の流れは避けて欲しいのに。
「ほぉ…」
 キラリ、とノブナガの目が光る。
「!」
 パシィィィッ!
 本能的に、迫る刃を見事に指で挟み、受け止めるシャル。
「…やるじゃねぇか。流石、団長の見つけてきた女だな」
「いえ、そんな…」
 クモなんだから当たり前だろと、笑顔の裏で泣く。
「美人で強いなんて、理想的じゃねぇ?クモやってる身としては」
「私もそう思う。団長のワガママも許してくれそうで、お似合いだよ」
「ありがとうございます」
 優しく清楚に微笑む。
「じゃ、そろそろオレたちは…」
 クロロが退こうと切り出そうとした時、
「じゃあ、もうココで式上げねぇ?とりあえずさ」
(えっ!?)
 予想外の展開。
「そうね。私たちがそろう事って稀だから、ちょうどいいかもね」
 お酒の入り過ぎという失敗を、クロロとシャルは犯していた。
「いや、でもそんな事言われても、心の準備がだな…」
「いいじゃねぇか、団長。式ったって、キスぐれぇだろ」
「?アレ?そう言えば、シャルは?」
 ギク。
「あ、私、呼んできます」
 駆け出すシャル。するとすぐに、
「呼んだ?みんな」
「おお、シャル。お前、驚くぞ〜。団長の恋人、すっげぇ美人だぜ」
「そ、そうなんだ…」
「ん?そういやぁ、お前呼びに行ったはずなんだけどなぁ?」
「え?そうなの!?でも残念だな、オレ、急用出来たから帰らないと。彼
女には伝えとくから!!」
 急ぎ部屋を出る。
 数秒後。
「シャルナークさん、もうお帰りになってしまうそうで!」
「ああ。全く…、何か今日は付き合い悪かったな。ワリィ、いつもはあ
んなヤツじゃねぇんだが」
「いえ、お気になさらず…、って皆さん、何を!?」
 団員たちは、部屋の中心にスポットライトを備え付けていた。
 部屋の端に、クロロを引きずるシャル。その表情は、とても冷たかった。
『何で、何も言わないんですか?!』
『だ、だって、ココで止めたら怪しまれるかなって』
『普段の口の巧さはどうしたんです!?』
「ん、どうしたんだ、2人とも」
「いっ、いえ、何も…」
 無理な笑顔で取り繕う。既に酔いきっている為、簡単にだまされる。
「バカね。気が利かないんだから。2人きりになりたいのよ」
「あっ、そうか。わりぃな、2人とも」
『もう、止められないぞ。酔っ払いはタチ悪いから』
『団長〜ッッッ!!!!』
 クロロの襟首つかんで、非常に冷たい瞳で見つめてくるシャル。
 あわや、クロロの命のピンチかと思われたその時、
「準備出来たんで、来て貰えますか〜?」
「はっ、はい!」
 反射的に返事をしてしまうシャル。
『これでもう、キス決定だな』
『何を冷静にッ!オレの気持ちを考えた事あるんですか!?』
『安心しろ。テクには自信がある』
『そんな自信はいりません!!!!』


 

 で、ステージに立たされる。ライトの光を浴びて。
(ああ…。どうしてオレは、女装して、ファーストキスをこんな見世物
みたいな形で失うハメになったんだろう…?)
『シャル、大丈夫だ』
『団長?』
『力を抜いて、オレに全てを任せろ』
『つまり…キスはするって事ですね……』
 シャルは、本当に泣きそうだった。
 そ…ッ、とクロロがシャルの両肩を抱く。
「目を閉じて…」
 言われた通りに、従う。気配で、全てがわかってしまう。
 近づいてくる口唇の気配に、身体が固まる。
「……や、…やッ、……」
 シャルの口唇が震える。
「やっぱり嫌だぁあぁぁああぁぁぁッッッ!!!!」
「わっ、シャル?!」
 急に突き飛ばされて、バランスを崩すクロロ。思わず、カツラを手に
掴んでしまう。
「ちょっ…、団長!?」
 続いてシャルも、床に崩れ落ちる。
「イタタタタタタ…」
 しかし、すぐにシャルは気づく。クロロの手に握られたカツラに、血
の気が引いていく。
 恐る恐る、団員たちに目をやる。
 団員たちは、しばらく無反応だった。しかし、
「何だ。団長の恋人って、シャルだったのか」
 事も無げに、フィンクスが言う。
「水くさいわね。それならそうと、はっきり言ってくれたらいいのに」
「女装なんてしなくてもさ、私たちはちゃんと祝福したよ」
「そうだよ。何だ、シャルだったんだ、団長の恋人って」
「お似合いだぜ、団長、シャル!」
「ホントだぜ!まさか2人が結婚まで約束してたなんてなぁ」
「ワタシもお祝いするね、団長」
 その他の団員たちも、口々に賛辞を述べてくる。
「え?え?え?」
 訳がわからないシャル。
「では、恋人たちの邪魔するなんてヤボな真似は出来ないわね」
「そうそう。私たちは他所で飲むからさ、ゆっくりしなよ」
「じゃ、行くか、みんな」
「おう!!」
 ぞろぞろと、部屋から出て行く団員たち。取り残される、2人。
「ははは…ッ、はは…ッ」
 笑う事しか出来ない。女装がバレたのも嫌だが、祝福がされるのはもっ
と嫌だ。それなのに…。
「う〜ん。酒とは恐ろしいな、シャル」
「な、何を冷静な…。オレたち、恋人同士、しかも結婚を前提とした関
係だって思い込まれたんですよ!」
 涙を瞳に潤ませて訴えるシャル。
 クロロは、フ…ッ、と優しく微笑む。
「そんなに嫌か?オレの恋人は?」
「だって、オレは男で……。だ、団長だって……」
「オレは気にしない。アイツらだってそうだ。…お前くらいだ」
 何故か、落ち着かない自分に、シャルは戸惑った。
「……すまなかったな」
「……!」
 大切な物に接する様に優しく、シャルの額にクロロの口唇が触れた。
「あッ、あ…、ぅ、ぁ……」
 耳まで赤くなり、硬直するシャル。
 そんなシャルを楽しげに見つめ、吹き出すクロロ。
「可愛かったぞ。本当に…嬉しかった」
 そんな言葉だけ残して、クロロも去っていった。

 

 数週間後。
 流石にこの前の事が気まずくて、シャルは昨夜の仕事を休んでいた。
 テーブルにひじを、手に頬をついて、シャルは何百回目かのため息を
ついた。
「はぁ…。オレ、やっぱヘンなのかなぁ?どうも仕事に行く気になれな
いや。みんなと会うのはもう平気になったのに…」
 心当たりはある。クロロと顔を合わせるのが気まずいのだ。
「ふぅ…。団長があんな事言うから…」
 口唇を感じた、額に触れる。
“そんなに嫌か?オレの恋人は?”
「…オレは……」
 シャルが空に答えようとしたその時、
 ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン……!!
 何度も鳴らされるインターホン。
「まさか…」
 シャルが扉へと向かう。
「シャルーーーーーーッッッ!!!!」
「うわぁあぁぁああぁぁぁッッッ!!!!」

 扉ごと、クロロが泣きついて来たのだった。
「だからドア壊す気なら、最初ッからインターホン鳴らさないで下さい!!」
 またも扉は、金具からキレイに壊されていた。
「子供作ろう、シャル!!」
 切迫した目で、シャルの両手を掴んでくるクロロ。
「また何か約束したんですね!!!?」
「だってアイツらが、お前が休んだのは子供が出来たからじゃ、って盛
り上がるからぁッッッ!!!!」
「どうして懲りないんですか、アナタはぁッッ!!!?」
「頼む!オレと子供を作ってくれ!!そして産んでくれ!!!!」
「冷静になって下さい!!!!」
「オレは十分本気だ!!だから…ッッ!!!!」
「いくら何でも無理ですッ!!!!」
「安心しろ」
 急に落ち着き払い、自信たっぷりにクロロは言い切った。
「オレに、不可能などない」
 呆気に取られるシャル。
 どこからそんな自信が来るんですか!?、と心で叫ぶ。
「と、いう訳でシャル……」
 その場に、シャルをゆっくり押し倒すクロロ。
「お前が欲しいーーーーー!!!!!!!!」
「うわぁあぁぁああぁぁぁッッッ!!!!」


 その日、真昼間にも関わらず、青空に1つ星が輝いた。一瞬だけ。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」
 乱れた息づかいで、大きく開いた天井の人型を見上げるシャル。
「あの人、一生恋人出来ないよ…絶対」

 

 それは、あるうららかな晴天の日の話。
“あの人、一生恋人出来ないよ…絶対”というセリフの後に、“オレ以
外には”と付け加えられれる前の、

 2人の話。

END  

 

・後書き
 どうでしたでしょうか?とりあえず時川的には、KATSU様のオーダー
『団シャルだけどジャ−ジのフィンクスが1度は必ず出てくる話!』を、
意識してみたのですが;
しかも(ネタ内では違うけど、書くのは)
初のシャル・ツッコミ!
団→シャルを書くのも初めてかも;(何気に両想いッポイのは書いたことあるけど)
シャルがまだ団長を意識してないってのが、初めてなのです

 後、ボクもウエディングドレスは夢じゃないです。ネタ上、仕方なくなだけで;
相手がシャル、団長、ウボォーなら(殴ッ)、コチラから申し込みますけど
vvv
 何か、シャルがボケじゃない分、団長がかなり天然ボケになってますが;
でも書いててかなり楽しかったのか(途中、オチという名の光を見失い、遭難しましたが)
完成まで約10時間という、かなりの短記録を樹立してしまいました。

 続き…そうな勢いですが、当分続かないかと思います。多分;
けど、少しでも喜んで頂けたら幸いです
vvv

 ちなみに、『 』でくくられた部分は小声ですので、あしからず。(わかってるって)