「ここでキスして」

 今日は最悪だ。“運が悪い”の一言では済まない。
「シャルッ!!違うんだ!頼む!!話だけでも聞いてくれ!!」
 ドンドンドン…ッ!!
 いつになく、固く重く、冷たい扉を叩く。
「シャルッ!!!!」
 この扉が、天の岩戸に思えてくる。
 クロロの脳裏に、あの忌まわしい出来事が甦っていた…。

 

 数時間前。クロロはシャルを含む他団員と、仕事上がりの打ち上げをしていた。
 と言っても、もう帰ろうかとの空気漂う終盤。その中、クロロとシャルはお宝整理で
別室にいた。
「これで良し、と。団長、団長の飽きたお宝の見積もり、終わりましたよ」
「ありがとう。こちらも大体終わったし、そろそろ解散にするか」
 お互いに顔を見合わせ、笑う。
「なら、一緒に朝食にしませんか?実は食事の用意、2人分してきたんですけど」
 シャルの頬が、微かに赤く染まっている。
「もちろん。その招待を断る理由が、どこにも見当たらないからな」
 クロロはシャルの傍へ動くと、その髪に優しく口唇を寄せた。
「後はオレは片付けておく。お前は、アイツらに解散を伝えてきてくれ」
「…はい」
 シャルはとびきりの笑顔で立ち上がり、軽い足取りで駆けていく。その姿に、クロロ
も思わず笑みをこぼし続けてしまう。
 ここまでは、幸せだった。今日の運勢はに違いないとまで、思ったのに。
 運命とは、いつも残酷に裏切ってくるものだ。
「さて…オレも準備するか」
 コートに付いたホコリを払いつつ、立つ。完全に気を緩めて。
「団長」
「ああ、待ってたぞ。頼む」
「はい。行くよ、デメちゃん」
 相変わらずの無表情で、シズクがデメちゃんを具現化する。盗んだ宝をホームへ運ぶ
のは、彼女の役目だ。
 デメちゃんを構え、クロロの脇を通って宝の山へ踏み出そうとする。
「あ」
 床のヘコミに足をとられ、シズクの身体が傾く。そのまま、バランスを取り戻せずに
棒が倒れる如く真っ直ぐ倒れていく。無表情で。
「シズク!?」
 とっさに手を伸ばす。その手がシズクの腕を掴んだ時、
 バキ!!!!
 デメちゃんがクロロの頭を急襲した。もちろん、偶然の出来事だが。
 コントかこれは、と泣き出したい面持ちでクロロは宙を舞った。
 ドタン!!!!
 クロロが、勢い良く床に倒れこむ。
「う…。大丈夫か、シズク」
「はい」
「まった…く!?」
 声の聞こえた方向のおかしさに、クロロがハッとなる。上から聞こえるハズの声が、
耳元近くで聞こえたからだ。頭を打った所為かとも思ったが、それも違う。
 そう言えば、床にいつもの硬さと冷たさを感じないような…。
「団長、重いんですけど」
「!?」
 のんびりした声が再び耳元で聞こえた時、クロロは現状を理解した。
 クロロは、妙に上手い具合にシズクの上に覆い被さっていた。
「わッ、悪い!!」
 慌てて、とりあえず腕を立てて上体を浮かせる。
 その時、運命は残酷にクロロを裏切った。
「あ、シャル」
「ッ!!!?」

 何の起伏も無い声が、クロロが最も恐れた事態を申告した。
 油の切れたブリキ人形の如く、ゆっくりと扉の方へ首を動かすクロロ。
「…………」
 呆然と、シャルは2人に視線をやっている。
 端から見れば、クロロがシズクを押し倒した格好の光景に。
 コント確定
「シャ…ル?」
 無言に怯え、恐る恐る恋人の名を呼ぶ。
「!?」
 おののくクロロ。シャルの拳が、意識的が無意識的か、強く握られていた。
「ち、違うんだ!!」
 慌てて立ち上がり、誤解を解こうとするクロロを、キッ!とシャルが睨みつけた。
 クロロは息と言葉を飲み込んでしまう。
 言わなければ。何か言わなければ。そう思うが、シャルの睨みに言葉がひるむ。
「団長…」
「シャル…」
 怯えるクロロ。シャルの顔が、急速に真っ赤に染まっていく。それから
「お邪魔しました!!どうぞ、ごゆっくり!!!!」
 
バシィィン!!!!
 扉を壊す勢いでシャルは走り去っていった。気配は、一瞬で消えた。
「シャル!!!!」
 手を伸ばすも、虚しさが残るばかり。
「あの、団長」
「……何だ、シズク?」
 冷たく沈黙する扉に、クロロは泣きそうだった。いや。独りだったなら、涙している。
「もう宝を全部吸い込んだんで、帰りますね」
 全く事態を解さないまま、シズクも一礼して去っていった。
「シャルぅ…」
 多大過ぎるショックに、クロロの髪は下りきっていた。

 

 そして、現在に至る。
 シャルの誤解を解く為に、とにかく話を聞いてもらおうと幾度玄関を叩けど、返って
くるのは沈黙のみ。
「シャルーーー!!!!」
 ドンドンドン…ッ!!!!

「話を!!話だけでも聞いてくれッッ!!!!」
 泣き出しそうな声で、幻影旅団の団長らしからぬ情けない声で、クロロは訴える。
「誤解なんだぁあぁぁッッ!!!!」
 扉を叩こうとクロロが腕を挙げたその時、扉の向こうに気配を感じた。
 カチャリ、とクロロでさえ解けなかったカギが開く音が耳に届く。
 半歩引いて、扉の向こうにいる恋人の登場を待つ。
「うるさいですよ、団長」
 まだ怒っているのがわかる。シャルのクロロを見る目は冷たい。
「シャル、落ち着いて聞いてくれ」
 クロロがシャルの手を取る。シャルはすぐに振り払う。
「誤解なんだ。別に、オレとシズクは何でもないんだ」
「誤解ですか…」
「そう!誤解だ。完全な誤解なんだ」
「へぇ…」
 頭から信じていない様子のシャル。
「シャル、信じてくれ!本当にただ、転んだだけなんだ!!」
「転んだだけ?」
「そう!転んだだけだ!!事故なんだ!!」
「ふぅん…」
 クロロの言葉に、シャルから放たれる空気が変わる。より、冷たいものに。
「なら、聞きますよ」
「ああ」
 大きくうなずく。
「何故、シズクは嫌な顔1つしてなかったんですか?」
「そういう奴だろ、シズクは!!」
「まぁ、オレもそう思いますけど」
 クロロの必死を軽く流す。答えは初めからわかっていた。
「本当は何を聞きたいんだ?」
「貴方は、何者でしたっけ?」
「へ?」
「貴方の職業と地位は?」
 シャルの質問の意図が読めないまま、クロロは答える。
「幻影旅団の…団長」
 そんな決まりきった事を聞いて、シャルはどうする気なのだろう。
「その通り。貴方はA級首の幻影旅団・団長。そしてシズクはその団員。その2人が…」
 キッ!!
 まるで仇でも見るかの様な、シャルの視線がクロロを突き刺す。
「何の受身も取れずに、偶然の事故で、床にあんな体勢で倒れ込むと…?」
「うッ」

 マズイ。
 天下の幻影旅団にとっては転ぶ事すら珍しい。転びかけても、手をついてバク転する
なりすればいいのだから。
 確かに、意図しない限りあの体勢は滅多にありえない。だが、アレに限っては紛れも
なく、不幸な事故なのに。
「どうなんです?」
「お前の疑う気持ちはわかる!でも、本当に事故なんだ!!なっ!オレにはお前しかいな
いんだ!!シャル…ッ!!」
「だから何です?“お前だけ”という言葉は、男が浮気をした時によく使う言葉なんで
すよ」
「いや、別に普段から言ってるだろ!!!?」
「言ってました?」
「あ」
 そう言えば、“好き”は連発しいても“お前だけ”はあまり言ってない気が。
「あはは…」
 苦し紛れに笑うクロロ。相変わらずシャルの表情は冷たい。
「で、でもほら、浮気と仮定しても、浮気は浮気。本気じゃないし」
 クロロは、自分でも何を言っているかわからない状態だった。
「ああ、そうなんですか」
 シャルは、ニッコリと明るく笑った。
「わかって…くれたのか?」
「ええ。わかりました」
 その笑顔と言葉に、安堵するクロロ。シャルが、その首元に触れてくる。
「オレにとって、貴方は要らない存在だと」
「え?」
 がし。クロロがシャルの言葉を飲み込むより早く、その襟首をシャルが掴む。
「シャ、シャル…落ち着…」
「どっかに逝って来い!!!!」
 青い空へと、クロロが投げ飛ばされる。
「うわぁあぁああぁぁッッ!!!!」
 この日、クロロは流星となったのだった。

 

 夜。1人の男が、山奥で汗を流していた。
「10万、と…。これで、食後の軽い運動は終わりだな。さっ、風呂の準備だ」
 腕を伸ばし、体側を伸ばす。心地良い風を感じながら、今日の仮宿へ向かう。今日の、
とは言っても5日目だ。
 普段はせいぜい2日程度しか同じ場所にはいないが、この山で鍛錬を始めた日、偶然
温泉を掘り出してしまった事もあり、すっかり気に入ってしまったのだ。
 まだ家主が去って年が浅いのか、仮宿の廃屋もそれなりに棲みやすいし。
「あー、今日も頑張っ…」
 引き戸に手をかける。
「たぁあぁぁああぁッッ!!!?」
 驚愕
「おかえり、ウボォー」
 バーカウンターに座り酒を飲みながら、クロロが笑顔で手を振っていた…。

「な、ななな、な!?」
 驚きの余り、言葉にならないウボォー。
 無理も無い。彼がこの小屋を出た時、確実に内部は純和風の木造だったのだ。けれど
今、目の前に広がる光景はバーカウンターその物。
 カウンター奥には、多数のボトル(中身入り)が棚に並んでいる。
 天井にも明かり穏やかなライトが輝き、壁も明らかに木以外の物へと変わっていた。
 “どこ●もドア”が、引き戸となって現れた気分にさせられる。
「どうした、ウボォー?ほら、座れ」
 ウボォーの驚きなど他所に、クロロが自らの隣のイスを叩く。
 素直に従い、イスに着く。クロロの出した酒で喉を濡らし、気を落ち着かせると、
「何したんだ、アンタッ!!!?」
 叫んだ。
「改造した。このオレにこんな古臭い小屋なんて背景、似合わないからな」
「どうやったら数時間で小屋の中がバーカウンターになるんだ!!!?」
「念能力?」
「ンな能力あるかッッ!!!!」
 力の限りの叫び。だが、クロロに動じる様子はない。それどころか、
「世の中には秘密の1つや2つあった方が、楽しいぞv」
 軽やかに笑って見せた。
「そうだな。そういう奴だよ、アンタ」
 怒り心頭で呆れるウボォー。どうしてこう、面倒が自分に降りかかるのか。
「で、用件は?」
 とにかく早く追い返し、精神的に疲れた身体を休ませよう。ウボォーはそう切り替
えて尋ねた。
「ああ。とても深刻な話があるんだ、これが」
 まるで世間話でもする主婦の様な顔で、これまた主婦の様に手招きをするクロロ。
「とてもそうは見えねぇけ…」
 反らしていた視線を、呆れながらクロロに向ける。
「どぉおぉぉッ!!!?」
「…………」
 クロロは今の声からは想像出来ない、暗く、重苦しい闇を背負ってうつむいていた。
崖にいれば、確実に飛び降りそうだ。
 とにかく、すさまじい変わり様。
「だ、…団長?」
「じっ、実は…実は……」
 明らかな涙声で、クロロは事の経緯を語った…。

 

 数分後。とにかく疲れ傷ついた心を癒す為、早くクロロの満足する答えを返そうと
ウボォーは考えを巡らせる。
「なら、少し距離を置いてみるってのは?」
「なるほど。確かに離れて初めてわかる大切さ、というのもあるしな」
「ちょっと手の届かねぇ存在になってみれば」
「わかった。決めたぞ、ウボォー!」
 ウボォーの言葉が、クロロの心に火をつけた。
「オレはアイドルになる!!」
「何故!!!?」

「このビジュアルをもってして、トップアイドルになり、新人賞総なめ&紅白出場を
果し、ドームコンサートも満員にする!!そしてその暁に…」
 拳を握り、炎をまとい、楽しそうに決意を語る。
「総理大臣になる!!!!」
「何で!!!?」

 また心労重なるウボォー。
「総理になって、流星街に物資を贈る」
「ダメだろ!公人が流星街に住人の存在認めたら!!」
「なら、廃棄物に見せかけて贈ればいい。地域票は大切だからな」
「だからオレたちに選挙権は無ぇよ!!!!」
 疲れていても、付き合いの良いウボォーでした。

「なるほど、そういう事が…」
「ああ…。それで、どうしたらシャルの許しを得られるか、相談に乗ってもらおうと、
わざわざ小屋を改造してまで、お前を待った訳だ」
「何故、バーカウンター?」
「ドラマで見て、カッコイイと思ったから」

 涙を拭いながら、クロロがさらりと答えた。
「でもよぉ、そんなのシズク連れてって説明したら良いだけだろ」
「ダメだ。シズクは天然だぞ。もし、何か余計な一言を言ってみろ。炎に油を注ぐ様
なものだ。それに、アイツは携帯持ってないから、連絡がつかない」
 それにはウボォーも納得した。あの毒舌が良い方に働いた例は、皆無だ。
「だからって何でオレなんだ?そういう事は、パクとかマチに聞いた方がいいんじゃ
ねぇの?同性が良いんなら、フランクリンとか」
「ああ。それはオレも思った。特にフランクリンなら、シズクの扱いにも慣れている
からな」
「じゃあ、何で?」
 至極当然の疑問をぶつけるウボォーの眼前に、クロロは答えとばかりダンボール箱
を置いた。
「コレは?」
「オレはアイツらに連絡を取ろうと、まず携帯にかけた。が、電源がOFF。別にお
かしい事じゃない。獲物を盗ってる最中の可能性もあるし。だからオレは、ハンター
サイトから携帯の微かな電波やN●Tの記録を調べ、自ら足を運ぶ事にした」
「で?」
「そうすると、お前とシャルとヒソカ以外の全員が同じ場所にいる事がわかった。好
都合とその場所に赴くと、そこは深い森の最果て。だがアイツらの姿は無く、代わり
にこの箱を見つけたんだ」
 そこまで言われた時、急いでウボォーはダンボール口を開け、中身を確認する。
 その中には、かなり見覚えのある携帯が8本。
(押し付けられた!!!!)
 ウボォーは、全てを知った。
 仲間って何だろう。鉄の結束って何だろう。
 いつもは別行動でも、いざ仕事となれば抜群のチームワークを発揮した自分たち。
幼い頃から付き合いのあった、大切な仲間たち。
 そう思っていたのは自分だけだったのか。
 泣き暮れても足りない悲しみが、ウボォーを襲っていた。
 しかしクロロは、消えた団員の居場所を思案していた。
「まさか神隠し!?」
「幸せだな…」
 それは、ウボォーの本心だった。

 

 一方、シャル家では、
「酒きれたぞ。シズクー」
「うん、今出すね」
「あ、ツマミも頼む」
 ウボォーを生贄にした9人が、宴会を行っていた。
 シャルが、頭痛に耐えてその光景を見守る。
「なぁ、シャル」
「何、フィンクス?」
「リビング、流石に10人集まると狭いな」
「急に押しかけて、言いたい事はそれだけ?」

 シャルの手は、携帯を握りしめていた。
「だって、ココが1番安全だし。その為に、オレたちは携帯という生贄を捧げ…」
「ウボォーの事忘れてるぞ、フィンクス」
 ノブナガが、事もあろうに笑いながら指摘する。
「あ、そっか」
「で、本当の所、用件は何?宴会場が欲しかった訳じゃないだろ?」
「もちろんだ」
 ビール缶を手に、マチが食卓に着く。パクも傍らに、食卓に手をついて立つ。
「私たち、シャルと団長に仲直りして欲しいの」
「…そんな事、皆には関係…」
「あるんだな、コレが。その所為で、前の仕事の報酬が入らない」
 フィンクスが、悩んでみせる。
「それにシャルも、事務に手がついてないみたいだし。わかってるんでしょう?団
長が浮気なんてしてない事」
「ツマんない意地張ってないで、仲直りしなよ。団長はああだしさ、シャルが大人
にならないと収拾つかないよ」
 マチが酒を飲む。
「そんな事……わかってるよ…」
 気まずそうに、シャルは顔を彼らから背けた。

 

 一方。クロロの暴走も落ち着いた小屋。
「シャルの家に行けと?だが…」
「だってそれしかねぇだろ。行って、謝る」
「謝ったぞ、オレは」
「シャルが聞き飽きるまで?」
「それは…」
 聞き飽きるも何も、投げ飛ばされた。
「言い訳せずに、ただ謝れよ。言い訳するから、ややこしくなるんだ」
「そうしたら、シャルは許してくれるだろうか?」
「それは団長次第だろ」
「…そうか。そうだな」
 穏やかに微笑むと、クロロは静かに席を立つ。
「ありがとう!行ってくる!!」
「あ、ちょっ…」
 次の瞬間には、クロロの姿は遥か遠方にも確認できなくなっていた。
 1人、バーカウンターに置き去られるウボォー。
「…ったく、しょうがねぇ奴…」
 カウンターに残るグラスの中で、氷が澄んだ音を立てた。

 

 再びシャル家。
 台所で、突然の来客の所為で遅れた夕食の準備を、すねながらシャルが進める。
「“仲直りしろ”とか言って、あの騒ぎは何だよ。本当、いつまで居座る気なのか」
「団長がココに来るまで」
「は?」
 ほろ酔い気分で楽しげに笑い、フィンクスがシャルの頭を叩く。
「それって…本気?」
「本気も本気。お前らが仲直りするまで、楽しい共同生活
「そっ、そんな…」
 瞬く間に、シャルの顔から血の気が引いていく。
「ンな顔すんなって、すぐ来るから」
「何でそんな事言い切れるのさ!?」
 泣きそうな表情で、シャルはフィンクスに掴みかかる。
「言い切れるさ。ウボォーの性格考えれば。アイツ、面倒見いいからな。第一、オレた
ちの逃亡はそれが前提なんだぜ」
「???」
「ま、団長が来てからの…」
 ピンポーン、ピンポーン♪
「来たみたいだな」
 フィンクスが、何か含んで笑う。よく見ると、皆もその音を渇望していた様な笑顔を
浮かべている。
「ほら、シャル。お客さん」
「…。わかってるよ」
 顔を赤くして、玄関へ向かうシャル。
「フェイタン、例のヤツ
「わかてるね」

 気配を消して、フェイタンも玄関へと向かった。

「シャル!」
「だ、団長…」
 数日ぶりの再会。何故だか、シャルは落ち着かない。
「その…な」
 真剣な面持ちで、クロロがシャルを見つめる。その空気が、シャルを呑む。
「あ、あの…」
 煮え切らないクロロ。シャルはムッと、機嫌を害す。
「何ですか!?言いたい事があるなら、ハッキリ言って下さい!!」
「そうだな」
「!?」
 クロロが優しく、激しさを伴ってシャルの手を取る。
「悪かっ…」
 ガチャリ。
「え?」
 2人は同時に冷たい感触を得る。見ると、クロロの右手首とシャルの左手首を、金属
の輪と鎖が繋いでいた。手錠だ。
「皆、繋いだね」
「ご苦労様」
 今まで宴会をしていた面々が、“良かった”と2人の脇を抜けて出て行く。
「あの…コレは?」
 息ピッタリに、手錠を掲げて尋ねる。
「ソレ、呪いの手錠。念が込められてて、仲直りするまで鍵でも開かねぇし、壊れもし
ねぇ。念は、ちゃんとオレたちが込め直したから」
「ああ、そうなんだ」
 笑顔のフィンクスに、つられて笑う2人。
「…って、ええッ!!!?
 2人が理解した時、彼らは既に玄関をくぐっていた。
「盗るの苦労したね」
「何言ってんのさ。アンタは探しただけで、実際盗ったのはアタシらだろ」
「いいじゃない。フェイタンがいなければ、存在さえ知らなかったわ」
「全くだ。それより、宴会の続き」
 ガシャァン!!
 扉が閉まり、2人は奇妙な空間に取り残されるのだった。

 

「…………」
「…………」
 気まずい無言が、2人を包む。
「あの、団長」
「な、何だ?」
「夕食の準備があるんで、台所行きたいんですが」
「あ、ああ。いいぞ」
 ふとした事で互いの手が触れ合う状況に、胸が高鳴りっぱなしの2人。
「あの、包丁使うんで、手…気をつけて下さい」
「ああ」
 落ち着かない。2人の顔は、異様なほど紅潮していた。
「団長、オレ…」
「ん?」
「あッ…」
 向かい合う顔の近さに、シャルが息を呑む。
「……」
 うつむくシャルが、クロロにはどうしようもなく、愛しく思えた。
「シャル…ッ」
 左腕だけで、クロロがシャルを抱きしめる。
「すまなかった。あの時、言い訳などするべきでは無かったのに」
「団長…」
「誤解を解くより、誤解させた事を謝るべきだったのにな」
 苦笑するクロロ。その肩の震えがシャルにも伝わる。自然と、シャルは笑みを零して
いた。
「今ごろ気付いたんですか?」
 包丁をまな板の上に置き、右腕をクロロの背に回す。
「シャル…」
 手錠に繋がれた手を、シャルの頬へ動かす。己の頬に触れる手に、シャルが自らの手
を重ねる。もう、金属の奇妙な冷たさと感触は消えていた。
「愛してる。お前だけだ。信じなくてもいい。信じるまで、言うから」
「じゃあ、もう言う必要は無いですね」
「でも、言いたいから言う」
 視線を重ね、笑い合う。ゆっくりと、2人の口唇が近づく。
「お前だけだよ…」

「ぁ…ッ」
 ベッドの上で、シャルが身をよじる。その身体を覆う様に、クロロが重なる。
「シャル…」
 存在が消えたと言っても、やはり手錠が邪魔で、2人は着衣したままだった。はだけ
た所から、シャルの白い肌が小さな光に照らし出される。
 手錠の繋ぐ手を、互いに強く握り合う。互いの存在を確かめ合う様に。
 もう手錠の呪いは解けているだろう。だが、そんな事はどうでも良かった。
「愛してる…」
 今、この時だけを全てに思いたかった。

 

 眩しい。ああ。窓から陽が差し込んでいるのか。
 静かに瞳を開け、腕の中のシャルを見る。手はまだ、握り合っている。
「団長…」
「もう起きてたのか」
「いえ。オレもたった今」
「そうか…」
 同時に、身体を起こす。どうせ脱ぐのに、乱れた服を整えて。
 手錠に繋がれた手を少し宙に上げる。目配せし、軽く下ろす。
 ストン…。
 手錠は、静かにベッドに沈んだ。
「団長」
 両腕で、シャルが抱き付く。当然、クロロも両腕で抱きしめ返す。
「つまらない意地張って、ごめんなさい」
「オレも、これからは無闇に気を緩めないようにする」
「あ。そんな団長は嫌かも」
「あのなぁ」
 笑い声が、幸せな響きとなって2人を包んでいく。

 こうして、クロロとシャルのケンカは終幕を迎えたのだった。

END  

 

・後書き
 
どんなブツでしたでしょうか?占天様のオーダー
『団シャル甘々ギャグで、シャルが、“団員の誰かが転びかけて、団長にしがみつき、一緒に転ぶ。
いわゆる誤解の代表シーン”を見てしまい、団長が浮気をしていると勘違いする話』
を基に、
書いてみました。てか、後半のごく一部だけです;甘々をまだ守ったのは;しかも、ギャグ?えー;

 またウボォー、可哀想…。今度は、仲間にも見捨てられ…(涙)でも、付き合い良すぎ、この人。
 ちなみにフィンクスが「報酬がない」と言ってたのは、団長が沈んでると宝に飽きるも何も無く、
売り払う物が無いから。団長命令でも、ただ働きはNO!!(笑)
 後、“仲直り作戦”立てた奴らが、団長をシャルに謝らせる先導役にならなかったのは、
「付き合いきれない」と思ったからです。で、1番面倒見の良いウボォーに押し付け。
彼が不器用な性格なのを知ってたから、計画も知らせないまま(笑)
 ラストは…ついにずっと着衣したまま、です;てか、個人的に着衣のまま…ってのが好みなんで;
チラリズムと言うか、何と言うか…。全部脱ぐより、多少着てた方が…
って、危ないなぁ、オレ…;
 タイトルは、好みです(死)歌詞がいいですよ
この歌、シャルに歌われたら、団長死にますね(笑)
でも、恥ずかしいタイトル…;いえ、ぱっと見&このSSの話です。歌の方は全然
vvv

 ただ、シャルが本気でキレたら、こんなもんじゃ済みません。
いつか、最凶シャルがキレたらどうなるか、というSSをUPする予定。ネタは出来てるんで。

 それでは、この駄文が少しでも喜びを運ぶ事を祈ってます
vvvでわ☆