「クモ的記憶取得法」 その日、ウボォーはシャルの家を訪ねようとその玄関前まで来ていた。近くまで来た ついでに。 「シャルー!遊びに来てやったぞー」 タダ飯が目当てと言われれば、それまでだが。 「シャル?どうした?」 いつまでも出てこないシャル。ウボォーが力ずくで開けてやろうかと考えた時、 「スミマセン。遅れてしまって」 エプロン姿のシャルが笑顔で戸を開けた。 「久しぶり」 笑顔を返す。しかし、シャルの反応はいつもと違っていた。 ウボォーの言葉の意味がわからないと、ウボォーを見つめ返している。 「どうした?」 「どこかで…お会いしましたか?」 「は?」 今度はウボォーが、シャルの言葉の意味を見失った。 何か怒らせるような事したか、と不安がる。 「もしかしてあの人のご友人ですか?」 「え?」 勝手に結論を出されて困るウボォー。 「少々お待ち下さい。あなた、お客様です」 困惑するウボォーを置いて、リビングへとシャルは入っていく。 (“あの人”って、誰だ!?) とにかく多々ある疑問の1つでも解決しようと、身を乗り出してその人物を探す。と、 「何だ、ウボォーじゃないか」 「団長ッ!!!?」 ウボォーの視線の先には、ソファーで新聞片手に紅茶を飲んでくつろぐクロロ、とい う信じられない光景が広がっていた。 「な、ななな…?」 上手く言葉が出てこないウボォー。クロロは立ち上がり、その手を掴む。 「シャル、少し出てくる」 「はい。わかりました。やっぱり、あなたのご友人だったんですね」 「ああ。じゃ、行ってくる」 「行ってらっしゃい」 シャルの笑顔に見送られ、クロロは強制的にウボォーを連行していった。 |
「記憶喪失!?」 クロロに連行された密室の中、ウボォーが驚愕の声を上げる。 「そう。数日前、オレが訪ねるとシャルは部屋で倒れていた。そして目覚めた時、全て の記憶を失っていた」 神妙な面持ちで語るクロロ。 「だがサブリーダーであるシャルが記憶喪失という事態は、皆に動揺を招きかねない。 そうならない為に、この事は黙っていてくれ」 「なるほど。わかった。で」 ウボォーは冷たい目でクロロを睨む。 「何で縛られてるんだ、オレ?」 ウボォーは柱に縛り付けられていた。縄と柱の双方に、念が込められてある。 「返答次第じゃ、即刻制裁」 どキッパリv 解かれた縄を振り払い、ウボォーははっきり告げる。 「ンな事、言わねぇよ。オレだって、アイツらに余計な心配かけたくねぇし」 「そうか。オレはお前を信じていた」 爽やか笑顔。 「本気で殺る目してたくせに」 しかし、ウボォーにはまだ腑に落ちない事がある。シャルの態度だ。 普通、記憶を取り戻させようと友人等の写真なりを見せるはず。けれどシャルは、全く そんな様子が見えなかった。 「団長」 「何だ?」 「何でシャルは、団長の事“あなた”なんて呼んでたんだ?」 ギクv 「数日前なんだろ、アイツが倒れてたの。なのに何で、最重要事項の旅団の事さえ知らな い様子なんだ?」 ギクギクv 「団長!?」 「…出来心だったんだ」 気まずそうに目をそらし、クロロは更に驚愕の事実を語った。 「記憶喪失だとわかった時、オレの中で“自分に都合のいい記憶を植え付けろ”と悪魔の 声が聞こえた。ダメだと、オレは天使の出現を祈った。だが」 両手で顔を覆う。 「出てくるのは悪魔と悪魔と悪魔と…」 「要するに、団長の中に天使はいなかったって事か」 何となく、わかる気がした。 「で、どんな“都合のいい記憶”を植え付けたんだ?」 「…怒るなよ」 威厳も何も無いままに、クロロは静かな瞳で語りだした。 |
―――回想。 「シャル!しっかりしろ!?」 力なく倒れるシャルを抱き起こし、必死に呼びかける。 「シャル!!」 「…ん…」 「シャル!?」 クロロの顔に安堵が浮かぶ。 「あれ、オレ…」 「シャル、良かった!心配したぞ、本当に」 「あ…の…」 不思議そうな、それでいてどこか不安げな瞳で、シャルがクロロの腕から離れる。 「シャル?どうした?」 「…シャルって、オレの…名前です、か?」 「はい?」 冗談かとも思ったが、シャルの瞳は至極真剣だ。 フル回転するクロロの思考回路。そして、結論を弾き出す。 「もしかして…」 出来る事なら、嘘であって欲しい。 「記憶喪失?」 「多分…」 とても心細そうに、儚げにシャルがうなずいた。 「そんな…」 思い出させなければ。旅団の事。そして何より自分の事を。 「あの…」 「何だ、シャル?」 「とりあえずオレの名前はシャルなんですか?」 「いや、お前の名前はシャルナークだ。で、オレがクロロ」 両手でシャルの肩を掴み、安心させる様に強く告げる。 「お前は…」 クモだ、と教えようとした。が、ふと耳元で悪魔が囁く。 “今なら、シャルを思いのままに出来る” 不思議そうな表情を浮かべてシャルがクロロを見つめる。クロロは悩んだ。その間も、 クロロの深層風景では悪魔が大量増殖していく。 そのどこにも、天使の姿は無かった。 苦悩した末、クロロは甘美な誘惑に、屈した。 「オレの大事な妻だ。オレたちは、永遠の愛を誓いあった夫婦なんだ」 爽やか笑顔で言い切る。 「ええっ!?」 驚愕。 「だ、だってオレは男で…貴方だって…」 もっともな疑問を述べる声にも、その驚きが乗り移っている。 けれどクロロは、何をそんな、という笑顔で嘘を重ねていく。 「シャル。世界には同性結婚が認められている国もある。だからオレたちの事は、ちっ ともおかしくないんだ」 クロロの背中を、無数の悪魔が後押ししていた。 「オレたちは数々の障害を乗り越え、誰もが羨む固い絆で結ばれた、それは幸せな夫婦 で…」 その後、この刷り込みが成功した事は、言うまでも無い。 「―――と、言う訳だ」 (この男は…!!) 呆れ果てるウボォー。 「けどよ、どうすんだ?戦えねぇんじゃ、簡単に殺られるぜ。いつリベンジに来られる か、わかったもんじゃねぇのに」 「それは…まぁ…しばらくは、オレが返り討ちに…」 「いつかボロが出るぞ」 「頼む!」 両手を合わし、クロロがウボォーに頼み込む。団長なのに。 「夢を見せてくれ!シャルは必ず治す!頼む!少しだけ!!」 「ちょ、止めろよ、団長ッ。…ったく!わかった。しばらく黙ってる」 「本当か?すまない。この恩は、1ヶ月は忘れない」 「オイ…」 しかしウボォーは、このクロロのワガママを許した事を、後悔する事になる。 |
数日後。ウボォーはクロロから急な呼び出しを受けた。 前に自分が監禁された場所へと向かう。 「何の用だ、団長」 ガチャリ。戸を開け、中に入ろうと… 「うわぁあぁ!?」 あまりの驚愕風景に、地面に突っ込んでしまうウボォー。 そこは室内にもかかわらず、穏やかな春の日差しに包まれ、古き良きのどかな日本の 庭が広がり、純和風の縁側まで用意されていた。 まるで“どこ●もドア”を開けた気分だ。 その風景の中、クロロは赤いちゃんちゃんこに巾まで身につけ、縁側に座布団上で正 座し、湯のみを手に緑茶をすすっていた。 そのまま老人会の茶飲み会に何の違和感なく紛れ込み、ともすれば友情まで育んでし まいそうな勢いだ。 「ああ、ウボォーさん。いらっしゃい」 穏やかな表情で、クロロは微笑む。 「さぁ、一緒に緑茶を味わいましょう」 「あ、ああ、あの…」 戸惑うウボォー。だがクロロの誘いに、結局その隣に腰を下ろす。 「な、何でオレを呼んだんだ?」 フ…、とクロロはどこか憂いをたたえる微笑を見せる。 「私(ワタクシ)、クロロ=ルシルフル。この数日間、それはそれは幸せな一時を過ご しました。愛しのシャルと、一生叶わないかもしれないラブラブ夫婦生活を送れて」 ズズ…ッ、と緑茶で喉を潤す。 「食事を食べさせあい、風呂では背中を流してもらい、夜には添い寝さえ…」 (この男…) 呆れと怒りが、同時にウボォーを襲っていた。 「ですが私、懐かしくなってしまいました。シャルに“団長”と呼ばれる日々が」 クロロは遠い瞳で語る。 「“団長”と呼ばれ、クモの事もバラし、その華麗に舞闘する姿を見たい…。そう、思っ たのです」 「つまり…?」 「飽きてしまいました、仮面夫婦生活に」 要するに、クロロにとってはある種のイメクラだったという…。 「という訳で、シャルの記憶を取り戻す方法を考えよう」 「おい!!」 ウボォーが激怒するのは当然の事なのだが、クロロは何を詫びる事もなく、キッパリ 告げた。 「これは、団長命令だv」 |
クロロに導かれて進む。ウボォーは命令通り、ずっと考えていた。 「団長」 「何だ、ウボォー?」 ふと思いついた考えを、提案する。 「パクに記憶探ってもらって、何で記憶喪失になったのかを突き止めた方が、早いんじゃ ねぇ?」 完全に、以前の記憶が失われた訳ではないのだから。 かなりの名案だと思った。が、 「ダメだ」 即座に拒絶するクロロ。 「何で?」 「この数日オレがシャルにした事をパクにしられてみろ!生きていけないぞ、オレ!!」 「シャルに何したんだ、アンタッ!!!?」 ウボォーは内心激怒していた。クロロに、ではなく、こんな男に命を預け、ついて来 た自分に。 「それは聞くな」 気にする事無く、クロロは扉に手をかける。 「ココだ。こんな事もあろうかと、オレが用意しておいた対策本部」 キィ…。 「スゲ…」 室内の光景に、ウボォーが息を呑む。 クロロいわく対策本部は、言ってしまえば普通の高級マンションの1室だ。だが、驚 くべきはその部屋を占める物。 生活感などどこにもない。あるのはただ、無数にも思える本の海。 「ココに、オレが(趣味で)集めた医学書を全て取り揃えた。これら本の“記憶喪失” という項を調べれば、道が開ける事は間違いない」 軽く口元に笑みを浮かべ、テーブルチェアーに座る。そのテーブルの上には大量に積 み上げられた分厚い本の数々で溢れている。 沸き起こる頭痛を堪え、ウボォーもクロロの向かい側に腰を下ろす。 「でもよぉ」 自信なく、ウボォーが小さく言う。 「オレ、医学なんてわかんねぇぜ」 滅多にケガしない上に、しても舐めて治すのが常なので。 「大丈夫だ。そんな事だろうと…」 自信たっぷりに、クロロは1冊の本を取り出す。 「『サルでもわかる!超難解医学読本』を盗っておいた」 「易しいのか難しいのか、よくわかんねぇタイトルだな、オイ」 読書中…。 クロロの用意した読解本を側に、必死で戦闘&鍛錬に関してしか使われない脳細胞を フル回転させ続けるウボォー。視線が落ち着きなく、本を泳ぐ。 (ったく、こういうのは専門外だぞ。興味ある事ならまだしもよぉ…ッ) 泣きそうになる。 ふと、視界にクロロが映る。ウボォーは、微かな違和感を覚えた。 (?今、団長、笑ってなかったか?) 肩を震わせ、夢見る様に笑っていた気がした。 (まさかな…。ンな笑える事は載ってねぇし) 再び、活字の世界に戻る。が、またわずかに空気の揺れる気配を感じた。 まさか!?という思いと、でもあの団長だぞ!?という思いが交錯する。 「…………」 本を盾に、目でクロロの様子をうかがう。 間違いなく、クロロは笑っていた。むしろ、にやけていた。 強化系は、勘の良い生き物である。 「団長!!」 クロロから本を取り上げる。 カバーを外すと、そこには『完全口説き文句全集』の文字。 「あ、あの、それは…」 懸命に言葉を探すクロロ。 ウボォーはその本を握りつぶしながら、大きく息を吸う。 「人に訳わかんねぇ本読ませといて、何読んでんだアンタぁぁッッッ!!!?」 「仕方ないだろ!!シャルの記憶が戻ったら、オレまた相手にされなくなるんだぞ!!!!」 記憶喪失者が記憶を取り戻した時、その間の記憶を一切失う場合がある為。 「シャルを元に戻す事が最優先だろうがッ!!」 |
2日後。一向に、案と言える案は浮かばなかった。 「何も見つかんねぇ…。頭イテ…」 カツサンドを頬張りながらも、苦悩するウボォー。 「仕方ない。あの方法を使うか」 「何かあんのか!?」 「ああ」 短くうなずき、席を立つクロロ。その足が、玄関へと進む。 「パクから能力を盗ってくる」 「ちょっと待て!!!!」 引き止める。 「テメェの我欲のカタつける為に、大事な“手足”を利用するきか!?」 「何を言う!あの能力さえ無ければ、パクは死なずにすむんだぞ!!」 「まだ知らねぇハズだろ、それは!!」 クロロだって、捕われの身になるのに。 「大丈夫だ。いかに“団長”&“記憶を探る能力所持”という要素がそろっても、オレ が死ぬ事はない!」 「だったら敵捕まえた時は、全部!アンタが調べてくれんだな!!!?」 「それは嫌だな。面倒だ」 (コイツ…ッ!!) ウボォーは懸命に拳を握り、未曾有の殺意を押し留める。 「なら最後の手段だ。これだけは、使いたくなかったが…」 「さっきのを最後の手段にしろよ!!」 「そんなに怒ると、身体に悪いぞ」 にっこり爽やか笑顔で、ウボォーの腕をポンポン叩くクロロ。 「あのなぁ」 必死で怒りを抑える。 「…で、その“最後の手段”ってのは?」 クロロの瞳は、いつになく真面目だった。 「記憶を取り戻すのに最適な方法は、頭を強く打つ事」 「それは団長の中で、だろ」 「そこで…」 ウボォーを無視して、クロロは話を進める。 「シャルの後頭部に“ビッグバンインパクト”をかませ」 「死ぬぞ、アイツ!!」 ウボォーは力の限りツッ込んだ。 「ドントマインド×2vその時はお前を制裁するだけだ」 「そうきたか」 怒りに、呆れが混じりだす。 「と、まあ冗談はさておき。それしかないだろう。手加減すれば、たいした事にもなら ない。お前の力でなければ衝撃も与えられない。記憶を失っているとはいえ、シャルは クモだからな」 「確かに…」 「頼んだぞ。いざとなったら、オレがシャルの気を引くから」 その笑顔は、とても清々しかった。 |
シャル宅。 「いらっしゃい、ウボォーさん」 「ああ…」 ぎこちなく挨拶を返すウボォー。その心の中は、シャルへの謝罪と彼の無事への祈り で満ち溢れている。 「さ、リビングへどうぞ」 何も知らない明るい微笑みで、シャルは奥へ進みだす。それは、ウボォーに背を向け た事と同義だ。 クロロが目で合図する。 (シャル、悪い!) 拳にわずかに念を込め、振り上げる。 (せーの…) 振り下ろそうとしたその時、 「あ。紅茶でいいですか?日本茶もありますけど」 シャルが振り向く。 「…って、ウボォーさん、何を?」 「えッ?いやッ、その…パンチの練習をこう…」 2、3度、軽く腕を前後させる。かなり、わざとらしい。 「ウボォーさんって面白いですね」 「はは…」 ドキドキドキ…。 再び、シャルがウボォーに背を見せる。 (今度こそ!) 腕を上げる。 (せーの…) 「あ。甘いものは嫌いですか?」 またも振り返るシャル。 「べべべ、別に…ッ!」 ムリヤリ手を、自らの頭に持っていく。 「良かった」 ドキドキドキ…。 2人は見てしまった。振り向く一瞬の、冷たく鋭いシャルの瞳を。 (振り向いたのは偶然じゃねぇ…。身体が覚えてるんだ) 頭を抱え、ウボォーはシャルに促されるままソファーに座る。 『どうすんだよ、団長』 『大丈夫だ。ちゃんと切り札を用意しておいた』 クロロがソファーを立つ。どこから取り出したのか、何かが盛られた皿を持って。 白い布が被されていて、ソレが何かはわからなかった。けれど物凄い嫌悪感がウボォー を襲う。 自慢気に白い布を取り、中身を見せるクロロ。 (げッ!!) ソコには、 「クッキーを作ってみたんだ。食べてみてくれ」 黒コゲ発ガン性物質の山。 瞬時にウボォーは、クロロの“シャルの気を引く方法”を理解した。 「絶対、美味しいぞ」 にこにこv そう。クロロは自分の料理の味の悪夢性を、全く無自覚なのだ。 何をどう作っても、必ず黒コゲ発ガン性物質にする、ある意味天才的な最凶さ。そし て食感はガリ…ッ、にもかかわらず味は良好。が、1口食べようものなら、その後暗闇 で1時間は寝込みたくなる悪夢性を。 クロロはその味にシャルが感動し、その時に隙が出来ると確信しているのだ。 「あ…」 当然、その奇妙な外見に、シャルも絶句してしまう。しかしすぐに、 「ありがとうございます」 シャルは健気にも微笑んだ。 「い、いただき…ます」 意を決した瞳で、シャルはそのクッキー?を手に取る。 「待て!シャル、ダメだッ!!」 制止しようとするウボォー。彼の耳に、ガリ…ッという音が絶望的に、その言葉と同 時に響いた。 「どうだ?上手いか?」 わくわくvクロロが、無邪気に感想を待つ。 「…………」 シャルの顔が、みるみる内に青白く染まっていく。 力無く、シャルの身体が、軸が倒れる様に傾いていく。 「シャルッ!?」 急いでクロロが、シャルの身体を抱きとめようとするが、 ガン!!!! シャルの後頭部は感心してしまうほど見事に、柱の角にぶつかった。 柱のぶつかった所に、綺麗なヘコミまで刻んで。 「うわぁぁぁッ!!シャル、シャルッ!!」 強く、シャルの身体を揺さぶるクロロ。 「お、おい!大丈夫か、シャル!?」 すぐさまウボォーもシャルに駆け寄る。 「何て事するんだ、ウボォーッッ!!!?」 「思いっきり原因はアンタの料理だろうがぁあぁぁッッ!!!!」 2人(特にクロロ)は冷静さを欠いていた。 その柱の上にもう1つ、同じヘコミがあった事に気付かぬほど。 |
「シャルー、シャルぅー!!」 クロロはシャルの身体を抱きしめ、涙し続ける。 (コレがオレらの団長なのか…) もちろんシャルは心配だが、どうしても呆れが先行してしまうウボォー。 特に外傷も脈の乱れも内出血の可能性も無い為、さほど心配する必要もないし。 「う…」 苦痛のこもった吐息が、シャルの口からもれる。 「シャル!?」 「いっ…たぁ…」 後頭部をさすりながら、身体を起こすシャル。 「シャル、良かった。心配したんだぞ」 「…あれ?何で、団長がオレの家に?ウボォーまで」 おまけに2人ともに不安な視線を贈られ、ますます不思議そうな表情になる。 「シャル。お前、今オレの事“団長”って…」 信じられないと、クロロがシャルの両手を取る。 「何言ってるんですか。団長を団長と呼ぶのは、当然の事でしょう」 わかりきった事を尋ねるクロロに、少し苛立つ。 「ったく、ホント心配かけやがって」 ウボォーが笑顔で、シャルの頭を乱暴に撫でる。 「ちょっ、止めてよ!髪が乱れるだろ!何するんだよ、ウボォー!?…もう、2人とも変 だよ」 完全に、シャルの記憶は戻っていた。 これでウボォーの苦労も報われたと言うものだ。 「お前、記憶失っちまって、自分が誰だかもわからなくなってたんだぜ」 「え?な…何それ!?」 冗談だろ、とシャルが驚く。 どうやら記憶を失っていた間の事を覚えていないらしい。だが、シャルが覚えている 最後の日付と実際の日付の差を指摘すると、シャルは素直にその事実を受け入れた。 「なるほど…。でも惜しいなぁ。記憶を失っていた間の事も覚えてたら、記憶喪失につ いて、また1つオレの知識が増えたのに」 まるで人事の様に、シャルは悔しがる。その間の事を、思い出そうと試みる。 「いっ、いいだろ別に思い出さなくて!元のお前に戻ってくれただけで、オレは十分嬉 しいぞ!!そう!知識より大事な物だってある!!!!」 阻止しようと、焦燥し早口でまくし立てるクロロ。 ウボォーはまたも、呆れにまとわりつかれていた。 「なぁ、シャル。記憶失う直前、何があったか覚えてるか?」 「いきなり言われても…。えーと、確かあの日は…」 ―――回想。 「米が重い…。何できれた事忘たのさ、オレ」 スーパーの袋片手に、帰宅するシャル。 「ん?何、アレ?」 テーブルの上に、見目麗しい和菓子の乗った皿が置いてある。 「オレは作ってない。って事は、団長かな?今日、来るって言ってたし」 手に取って見る。 「感触もいいな。本見て作ったんだ。良かった…」 安堵の息をこぼす。 補足。クロロの料理は全て黒コゲ発ガン性物質。けれどそれは、何も見ずに作った時。 料理本を側に作った時は見た目も写真通り、かつ味も舌触りも良好の、絶品となる。 「食べてみよ」 ぱくり。ソレが、胃に通される。 「あ、おい…し……」 倒れゆくシャルの身体。そして、 ガン!!!! 柱の角に、思いっきりシャルの後頭部が直撃した。 「―――って事があった気が」 固まる空気。 「中のアンが、例の物質でさ…」 悪魔の味を思い出し、シャルが口元を押さえる。 「本当だ。柱にヘコミが2つある」 確認するクロロ。 「ちょっと待て!!団長が入った時にはもう、シャルは倒れてたんじゃなかったのか!?」 「正確には、1度シャルの家に入った(不法侵入)が、いなかったから荷物を置いて探 しに行って、戻ってきたらシャルが倒れてたんだ」 「ほぉ…」 凍りつく空気。 「全部アンタの責任じゃねぇか」 ギクッ!! 「あ、ああ、ああの…」 バキボキと指の関節を鳴らすウボォー。身体からは、すさまじい念が揺らめく。 「落ち着けウボォー!!ほ、ほら!辛い事ばかりじゃなかったろ!?楽しい事だってあった ハズだ!!」 「ああ。監禁され、制裁されかけ、オレ1人に医学書読ませ、パクは能力盗られかけ、 シャルを殴るよう命じられ、その責任を押し付けられかけ…」 ウボォーは笑う。 「楽しい事ばかりだなぁ…」 「目が笑ってないぞ、ウボォー!!」 クロロは脅えた。床に座り込んだまま、後づさっていく。 「シャル。ちょっと部屋荒らしちまうが、すぐ出てくから我慢してくれ」 「あ、うん」 とりあえず、勢いで了解するシャル。 「うなずいちゃダメだ、シャル!!!!」 「さぁて、覚悟はいいか?団長」 「おおお落ち着け!オレは団長なんだぞ!!」 「細かい事気にすんなよ」 一歩、ウボォーが前に出る。 「細かくない…ッ!」 「ブッ殺す」 ウボォーが高らかに、拳を振り上げた。 「嫌だーーーッ!!」 素早く起き、音速で逃げ出すクロロ。 「大人しく殺られろ!!!!」 「い〜や〜ッ!!!!」 強風が、室内に吹き荒れる。 「???」 その場に、やっぱり何もわからないシャルを残して。 ここに、シャル記憶喪失事件は無事解決しましたとさ。めでたしめでたしv 「ちっともめでたくないーーーッッ!!!!」 END ☆ |
・後書き ごめんなさい。(最近、謝罪で始まるのパターン化してるなぁ;)長すぎです;推敲って難しい…。 けどいかがでしたでしょうか?トキ様のオーダー、 『「壊れた団長さん」が出てくる話』を ちょっとは守っている気がするのですが。リクに応えられていたら嬉しいです。 ちなみにタイトルは、事典で“喪失”の反対語を調べたら“取得”だった所から。 そしてオチ(シャルが記憶喪失になった原因)は、友人の協力のおかげですvvv あの“夢日記”の夢提供者ならではの、団長クッキングオチ。持つべきものは、旅団好きの友人…v(←オイ;) あと、今回のシャルは団長が言ってる通り、団長を全く相手にしてません!完全な団長の一方通行。 ま、結局はウボォー受難話だった訳ですが。好きなのに苦労かけてゴメン、ウボォー。好きだからこそ!?(笑) 喜んで頂けたら幸いです。それを、心よりお祈りしますv |