「恐怖の女王様事件」

 その恐怖は、例によって黒いあの男によって引き金を引かれた。

「これを見ろ!!」
 バァアァァン!!!!
 アジトで、一段高い台に乗ってクロロが自信たっぷりにある小瓶を掲げる。
「何だ、それ?」
 またか、と呆れ気味に尋ねるフィンクス。
 現在この場には、シャルとヒソカ以外の全員。シャルは所用で外に出てるだけで、ヒ
ソカは完全にサボリである。
 クロロは機嫌良く、明確に下心に満ちた笑顔で笑う。
「これは、9割の恋愛成就率を誇る秘薬だ。文献によると、これを恋人にかければその
愛情がいか程のモノかわかるらしい」
「まさか…」
「シャルに試してみようと思って
 キャ両手で大事そうに小瓶を握る。
「でもそれって、信用できんのか?どーも怪しいぜ」
「そうだよ。大体、恋人同士だったら愛情度高くて当然だろ?成就も何も」
「それに、その後に別れてるかもしれないですよ」
 ウボ、マチ、シズクがそれぞれ疑問を述べる。他の団員も思う所は同じ。うんうんと
頷きクロロの答えを待つ。
「大丈夫だ」
 クロロが笑顔で払いのける。
「生涯添い遂げあったカップルが、9割
「じゃあ、その文献が怪しいのでは?いくら何でも…9割は…」
 パクが遠まわしに自制を求める。そんな怪しい薬の犠牲になるシャルが、哀れでたま
らないのだ。しかし、その気持ちがクロロに届くはずもなく。
「心配無用だ。信用度は高いぞ。何たって入手難度Sの古書だからな」
「ちゃんと詳しく読みました?惚れ薬とかの類なら、私は反対です」
「序文は読んだ。惚れ薬ではないらしい。不思議だとは思うが、特に副作用も無いみた
いだし…試す位は良くないか?」
「でも………」
 クロロを思い留まらせる良い言葉が見つからず、沈黙が訪れる。
「と、皆も賛成してくれた事だし」
 ニコリとクロロが笑う。
「百聞は一見に如かずだ
 バシャリ!!!!
「何故そこにシャルが!!!?」
 彼らの視界には薬を浴びて、びしょ濡れるシャル。
 絶妙最悪タイミングで、帰ってきた所でした☆

 

「つか、賛成してねぇ…」
「反対の言葉が無かっただろう。だったら賛成じゃないか」
「!!!?」
 本当に、何て前向きな思考回路。
「…………」
 当のシャルは、ポタポタと髪から液体を滴せている。その瞳がぼんやりと宙を見つめ
る。
「…………」
 その無反応がかなり恐い。もし薬の効果が無かった場合、この後の自分たちを待つモ
ノは――――クロロの地獄。
「シャ…ル?」
 恐る恐る、パクが呼びかける。
「………ん」
 シャルがわずかに反応を示す。
「シャル?シャル?!」
 ガクガク。クロロがシャルの肩を揺さぶる。
「団…長…?」
「シャル!」
 抱きつき嬉しそうに、何も考えてない笑顔でクロロがシャルを抱きしめる。
「団長?」
「シャル、オレの事、どう思う?」
 普段のシャルなら、ここで顔を真っ赤にしてクロロを殴り飛ばそうというものだが。
「もう、団長」
 にっこりと、シャルが微笑む。クロロの頬を両手で優しく掴んで、
「好きですよ。決まってるじゃないですか」
「シャリュぅ…」
 感激でクロロの視界が滲む。こんな、こんな幸せを味わえる日があったなんて。
「ふふ…可愛い人
 クスvとシャルが妖しく笑う。
(悪女系だ!!!!)
(あのシャルが悪女系に!!!!)

 驚愕し、クロロとは違う意味の涙を流す他団員。
「シャル〜vvv
 ぽわわ〜ん。花も散らすさ、恋する黒色26歳。
(団長はまたこんなだし!!!!)
 呆れる他団員。
「シャル、大丈夫か?」
 驚きを抑えつつ、フィンクスが声をかける。どう見てもおかしいシャルをクロロから
引き離し、自分と向かい合わせにする。
「目ェ覚ませって!!お前が甘やかすと、マジで何もしねぇんだから!!」
「フィンクス」
「ん?」
「オレに、そんな口の聞き方をして良いと思ってるの?」
「は?」
 予想外の言葉。一瞬、頭が付いて来ないフィンクス。その姿に、シャルがため息をつ
いた。
「全く…。まぁ、良いか。こういう躾から始めるの…好きだしね」
「???」
 理解できないフィンクス他(クロロ除)
「フィンクス」
「な、何だよ…?」
 その瞳の妖しさと冷たさに、思わず後ずさってしまう。
「椅子」
「は?」
「椅子って言ったんだよ。物分りが悪いなぁ、もう」
「だから、何言っ」
 ドス!!!!
「〜〜〜〜ッ!!!!」

 すねを思いっきり蹴られ、予想外の痛みにフィンクスが床に崩れる。
「ほら、四つん這いになって」
「な…ッ!?」
「まだわかんないの?フィンクスが、このオレの椅子になるんだよ」
「はぁッ!?何でオレがンな事しなきゃなん、ぐッ!?」
「ふふ
 フィンクスの肩を、笑いと共に踏みつけるシャル。そのままかかとで踏みにじる。
「『何で』?決まってるじゃない。下僕がこのオレに従うのは当然でしょ?何たって、
オレは旅団のサブリーダー。2番目に偉いんだから」
(女王様系だ!!!!)
 この状況で楽しそうに笑うシャルを見て、本格的に一同が怯える。
「ちょっと止めろよ、シャル!!いだだッ!!!!」
「あははは止めて欲しかったら、どうすれば良いかわかるでしょ?」
「あだだッ!!わかった!!わかったから!!あだッ!!!!」
「ふふ良い子だね
 シャルが、ようやく足をのける。
 逆らったら殺されそうなので、フィンクスを助けられる者はなし。ただ心の中で詫び
倒す。
 それはフィンクスも承知済み。だから涙を飲んで仕方なく。
「ほ、ほら…」
 四つん這うこれだけでもかなりの屈辱なのに
「それだけ?」
「は?」
「『生意気にも逆らい、不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。シャルナーク
様、どうかこの椅子を使い、ご機嫌をお直し下さい』は?」
「ッ!!!?」
 フィンクスの表情が固まる。その表情を見て、シャルは益々機嫌良く笑った。
「あははッ冗談だよ、冗談!フィンクスに敬語は似合わないもん。あはははッ
 上機嫌でフィンクスに腰掛け、腕と脚を組む。
「ほら、もっとしっかりしてよ。それでも旅団?力入れて」
「うぅぅ…」
 その姿は、かなり悲惨な物だった。
『恐いよ〜!シャル、恐いよ〜!!』
『ちょっと待てよ!あれのどこが、“愛情がいか程のモノかわかる”薬だよ!?人格豹変
してんじゃねぇかッ!!!?』
『私に聞かないでよ!!私だってわからないし、恐いんだから!!』
『まさかあのシャルが、よりにもよって“女王様系”になるなんて…!!』
『団長、あんな目に遭ってもシャルの事が好きだったんだ。すご〜い』
『シズク、感心しない!それに団長だって、シャルにあそこまでされてないわよ!!』
『で、フィンクスはどうするね?』
『だって、恐いぞ!?オレ、あのシャル止めるの嫌だ!!!!』
『オレはまだ死にたくない』
『ボノレノフに同じ』
『じゃ、それまで黙って耐えるか』
 こうしてフィンクスを人身御供に捧げる事が、本人未承諾のまま決定された。
 この場合、鉄の結束よりも命である。
「あの、シャ、シャル…?」
 流石にようやく夢から覚めたのか、恐がりつつもクロロが呼びかける。すると、
「あ、団長。どうしました?」
 にっこりと優しげに微笑み、立ち上がる。
「見苦しい所を見せてすみません」
 胸元を緩めて、クロロに身体を密着させる。
「オレの事、嫌いになりました?」
「え、ま、まさか…」
「じゃあ、許してくれるんですね?」
「許すも何も…」
「嬉しい
 抱きついて、クロロの頬を口唇でなぞる。思わず『はにゃ』とだらしない顔になる
クロロ。
(こんの色ボケぇええぇぇッ!!!!)
 全員の怒りが頂点に達した事は、言うまでも無い。

 

 恐怖の女王様誕生から1時間。飽きたのかフィンクスを解放し、シャルがどこかへ行っ
たその隙に、
「どういう事だよ!!!?」
 別室でクロロへの尋問が始まっていた。
「だから反対したんです!!」
「最後までちゃんと読まないから、こうなるんだよ!!わかってる!?」
「だ、だって〜」
「『だって』じゃない!!!!」
 全員に、一斉に怒鳴られる。
「いいか!?」
 代表して、ウボォーが切り出す。
「フィンクスを見てみろ!!あの生気の抜けきった、今にも影と同化しそうな姿!!まるで
一時期のボノレノフみてぇじゃねぇか!!!!」
「うわー、それ傷つくなー、オレ」
 どこか遠くボノレノフが呟く。
「とにかく本を出せ!!オレたちが調べる!!!!」
「けど…」
「何だよ?」
「途中でページが破れてて、よくわからないんだ」
「ンなもんをシャルに試すな!!!!」
「うぅぅ」
 正座したまま、小さくなっていく情けなさ。しかし彼こそ団長な訳で。
「でも大丈夫だよ。パクがいるからね」
「ええ。私たちが調べます。解決法も全て。見たところ、団長には危害を加えない様で
すし…シャルの事、お願いします」
「わかった…」
「私たちが調べてる間、何もしないで下さいよ」
「はい…」
 クロロが了承する。そこへ
「ここにいたんですか、団長
 ビク!!!!
 声だけで、怯えて凍りつく団員たち。
「団長、出かけませんか。デートしましょv」
「デ、デート?シャルから誘ってくれるのか?」
「ええ。それでオレ…」
 胸元を、シャルがちらと見せる。
「欲しい服があるんですけど
「何でも買ってやるよ
「うわぁもう、団長、大好き
「えへへへ
(貢がせる気だ!!!!)
 流石、悪女+女王様。
「フィンクス!」
 びく
「な、何だよ…?」
 すっかり苦手意識が染み付いた様で、語気も弱く逃げ腰なフィンクス。
「四つん這いになって」
「は!?」
「早く」
「何でだよ!?団長とデートすんだろ!?何でオレが、ッ!!」
 息が止まった。シャルの瞳が、至極冷たくフィンクスを見据えている。冷や汗が、だ
らだらと全身を伝う。
「ここから街までどれだけあると思ってるの?このオレの脚が疲れちゃったらどうする
のさ。ほら、早く四つん這いになってよ」
 ゲシッ!!!!
「痛ッ!!!!」
 またもすねを思いっきり蹴られて、フィンクスが地に崩れ落ちる。手と膝をついたと
ころで、即座にシャルが腰を下ろす。
「お、降りろよ!いくら何でも、お前の乗り物になる気は…、うわッ!?」
「ふふ似合うじゃない。やっぱり反抗的な下僕には、身体に教えるのが1番だからね」
(悪魔だ、コイツ!!!!)
 フィンクスの首には、輝き放つ首輪。そのリードを引きながら、シャルはフィンクス
の反応を面白がる。
「こ、こんな…ッ!!!!」
 いくら何でも、黙って従うなど出来ない。ここで一気にブチ切れて、シャルに一泡と
フィンクスが振り落とそうとした、直前
「何か文句ある?下僕のくせして」
「あだだだだだッッ!!!!」
 一足早くシャルが、フィンクスの手を踏みにじった。
「悪かったから!!や、止めてく、いだだッ!!」
「あれ?して欲しいから、わざと反抗したんじゃなかったの?こうやって…さ!!」
「ぐッ!!」
 急にリードを引かれ、瞬間首が絞まる。
「あはははッ苦しいなら、早く歩き出しなよ。馬みたいにさ」
「うぅぅ…」
 心で彼は泣いていた。
 これが操作されての事ならまだ良い。だがこの状況は、あくまで自由意思なのだ。
それなのに…
「さ。団長も行きましょそれとも団長も…」
「いや!!オレは…歩くよ。うん」
「そうですか?じゃあ、会話しながら楽しく行きましょうねほら、歩いて!!」
「うぅぅぅ」
 とことこ。とことこ。
「あまり揺らさないでよ!もっと乗り心地良く歩けないの!?」
 その去り姿を見送りながら、残された団員たちは哀情以上に
(自分じゃなくて良かった!!!!)
 と、切に思うのだった。

 

 シャル緊急対策本部。
「パク?わかった?」
 テーブルに身を乗り出し、床に付かない足をブラブラするコルトピ。
「……ええ」
 頭が痛い。パクはそんな表情で、古書と瓶から読み取った情報を話す。
「成就率9割は本当よ」
「マジで!?」

 驚愕。
「だったら何で、シャルはあんな…!?」
 ウボォーが呆気に取られつつも、尋ねる。
「正確にはあの薬、相手の人格・感情を反対にする物なの。鏡に映った本性を露にさせ
る、ってとこね」
「そっか。それで皆に平等に優しいシャルが縦社会を厳しくなって、フィンクスにあん
な事するようになったんだー」
「て事はフィンクス、意外と大切にされてたね。いつもからかて、怒らせてたのに」
「じゃあ本当のシャルは、凄く優しくて仲間思いで、ボクたちが傷つくのも実は悲しく
思ってくれてるんだ…」
「イイ奴だよね…」
 納得しあう身長ベスト4。
「いや、だから何でそれで成就率9割?」
 その感動を打ち消して、当然の疑問を再びウボォーが投げかける。
「団長はこの薬を、『恋人』にかけると『愛情がいか程のモノかわかる』って言ったで
しょ。これは昔、恋人同士だけが使う事を許されていた」
「それで?」
「冷たくなったのよ、恋人が。そして酷い目に遇わされた」
「は?」
「この薬は嘘をつかせない。豹変した性格の中で、正直に相手への感情を露にさせる」
「つまり…」
 全員が、何となく答えに達しようとしていた。
「冷たくされればされる程、それだけ真に愛されているという証。そして使用者はその
愛を試してしまった事を詫び、優しい本質に愛を深めて冷たい仕打ちに耐える」
 極端に言うと、肉体・精神共に辛酸を嘗めた使用者が、薬の切れた恋人の愛を受けた
瞬間『結婚してくれ!!(涙)』と。
 元々恋人同士。時代背景もあって、拒否される事は滅多に無かった。
「なら成就しなかった残りの1割は…」
「逆に優しくなったのね」
「なるほど…」
「で、その効果はいつ切れるんだ?」
「そうね…」
 確証はない。永き眠りより醒めた薬が、何の成分変化も起こしてないと。それでも
「1週間よ」
 パクは記憶を伝えた。

 

 その後の調査からも結局、判明した解決策は薬の効果切れを待つのみとだけ。
「さて、1週間どうする?」
「逃げるのも団長に任せ続けるのも無理だし」
「簡単だ」
 マチが一言告げる。
「どういう事ね?」
「ヒソカに押し付ければ良い。今のシャルなら、気が合うかもしれない。好きな奴に冷
たくなるなら、その逆もまた真だ」
「けど、シャルがヒソカを嫌ってるかどうかは…」
「アタシはヒソカが嫌いだ」
 きっぱり
「でも、あの…」
 フォローに困るコルトピ。確かに変態的といえヒソカだって仲間なのに。
「良いじゃないか。サボり常習の仮制裁とでも思えば。それに優しくされれば、制裁で
も何でもないし」
 ―――間。
「それもそうか」
 全員一致の可決となった。

「やぁ、マチ嬉しいなぁ、ボクを誘ってくれるなんて
 己の未来も知らず、相変わらずのヒソカ。
「早速、食事でも」
「シャルと行け」
「シャルと?何で?」
「気にするな」
「???」
 全く理解できない所に。
「ヒソカ、来たんだ」
「や、シャル◆久しぶり」
「こちらこそ」
 軽く、シャルが微笑む。ヒソカが何も気づかぬ内に、マチはそそ…ッと退場していく。
「ヒソカ…」
 シャルの腕が、ヒソカの首に伸びる。
「どうしたの、シャル?何だかとても積極的な気がす」
「相変わらず、人の神経逆撫でする格好だよねぇ」
「え?」
 眼前で、爽やか満面笑顔を浮かべているシャル。とても今、刺だらけの発言をしたと
は思えない。
「気に入らない」
「え?あの、シャ、!?」
 ズダン!!
 突如、回されたシャルの腕に後ろ襟を掴まれ、ヒソカはそのまま床へと投げ倒される。
「???」
 流石の道化師もビックリ。わからない事の連続だ。
「化粧でもしなきゃ、恥ずかしくてこのオレの前に出れないってのはわかるけど…、下
僕のくせして遅刻して、加えて第一声に詫びがないなんて…!!!!」
 妖しく、冷たい瞳でクスとシャルが笑う。
「キッツイお仕置きが…必要かな
「――――ッ!!!!」

 その直後、この世の地獄を体現するかの様な悲鳴が、アジト中に轟いた…。

「うわぁ…」
 シズクが息を呑む。他団員も、隠しカメラが捉えたヒソカの悲劇に視線を注いでいた。
「シャル…ヒソカの事もちゃんと、仲間だと思ってたんだな…」
 感嘆を含め、ノブナガが呟く。
「たまに集合しても、1人でトランプして笑ってる奴なのに…」
 同じくマチも、意外そうに零す。
「良いサブリーダーだよな」
「そうね。本当に良い子…」
 全員の感想を代弁するウボォーとパク。
 けれどもう1つ、彼らには共通する思いがあった。
 先程のフィンクスと状況は全く同じなのに…どうして…

(シャルへの感謝と感心しか湧いてこないのだろう……)

 結局の所、ものを言うのは日頃の人間関係、と。

 

「はぁ…」
 深く、沈んだため息が1つ。
(シャル、オレの事嫌いなのかな…?)
 落ち込む黒い人、じゃなくてクロロ。
 聞けば、あのヒソカでさえ冷たくされたらしい。つまり、シャルに優しくされてる人物
は唯一自分だけ。
(どうせ嫌われてるなら…)
 善からぬ考え(自覚済)が、クロロに起こる。
(この1週間、思いっきりシャルとラブラブしよ…)
 思い立ち、すぐさまシャルがいる部屋へ赴き、戸に手をかける。
「はぁ…」
 とりあえず慰めて貰おうと、手に力を伝えたその時、
 ドスッ!!!!
(え!?)

 中から、低く強く、恐怖を掻き立てる打撃音が聞こえた。
 恐怖と好奇心が、クロロの中で揺れる。
 ドスッ!!!!
(ッ!?)

 迷っている余裕はなかった。気配を消して、わずかに戸を開け覗き見る。
(ッ!!!?)
 硬直するクロロ。中ではシャルが
 ドスッ!!!!
「ったく、オレがいないと何も出来ない無能のくせに」
 ドスッ!!!!
「オレに気安く触れてきて」
 中ではシャルが、全長40cmのクロロ人形(ぬいぐるみ)を壁に押し付け
 ドスッ!!!!
「身の程知らず!!」
 腹に拳をめり込ませていた。
「ふん」
 床にクロロ人形を投げつける。今までで最も冷たい瞳が、クロロ人形を刺す。
「ふふ…」
(!!!?)
 ギュム!!とシャルの足が、クロロ人形の顔を潰した。そのまま、ぐりぐり踏みにじ
る。
「あははは痛いですか、団長?でも、オレが好きなら耐えれるでしょう?」
 心から愉悦して、クロロ自慢の顔を何度も踏みつけ、踏みにじる。
「嗚呼、本物でこう出来たら良いのに…
 うっとりと、シャルは想像する。
「そうしたら、貴方の退屈な顔も…少しはオレ好みになれるんじゃないです…か!!
 ムギュゥウウ!!!!
(〜〜〜〜ッ!!!!)


 別室。
「どうしたんだ、団長?部屋の隅で絶望背負って」
「全身黒い分、もう影と一体化だな」
「まるで一時期のボノレノフみたい」
「だからオレ傷つくって、それ」

 

 1週間後。
 彼ら(女性陣除)は、実によく地獄に耐えた。
「何で、私たちは何もされなかったの?」
「それをしちゃうと、アダルト直行になっちゃうでしょ」
 説明代行どうもです;
「ともかく今日で1週間。もう少しの我慢だな」
 ウボォーが笑う。他団員も、近い地獄の終わりに安堵していた。
 もうすぐ、いつものシャルが帰ってくる。

「…………」
 部屋の外、シャルはそんな彼らの様子を感じながら、、笑っていた。

 

「団長
「シャ、シャル。…どうした?」
 その爽やかな笑顔に思わず心トキめくクロロ。だがその笑顔の裏を見てるだけに、
落ち着かない。
「ふふちょっとお願いがあるだけですよ」
「お願い…?」
「ええ…」
 シャルが、クロロの胸に飛び込む。
 ダメだとわかっていても、今なら世界を求められてもOKするかもしれない。
「薬の入ってた瓶、オレにくれません?」
「ああ、それなら…、え゛?
 予想外の言葉に、咄嗟にシャルと距離を取る。
「な、何で…?」
「だって折角外の世界に出れたのに、大人しく戻るなんて出来ないでしょ」
「でも何故、薬の事を…?」
「このオレを誰だと思ってます?」
「なるほど」
 妖しさを込め、シャルが笑いかける。
「良いじゃないですか。オレが欲しいんでしょ?あげますよ」
 見せつけるように、シャルが胸元を開く。その肌が、一気に曝される。
「こ…断る」
「何故?」
「!?」
 再びクロロに抱きつくシャル。
「良いじゃないですか。オレは、貴方の望む『シャル』でいてあげますよ」
 まるで普段のシャルの様な微笑を作る。
「お休みの時は添い寝してあげます」
「え」
「読書の時は腕の中でページめくります」
「え
 ぐらつく心。
「『愛が生まれた日』をデュエットだってしてあげます」
「ホントにvv
 耳元でシャルが囁く。
「本当に…」
 ドキドキ。クロロの鼓動音が、耳を澄まさずとも聞き取れるまでになる。
(落ち着け!落ち着け、クロロ!!)
「ねぇ、団長
 どっどっどっど。(鼓動音)
(た…)
 クロロの身体中を汗が伝う。
(助けて、お母さ〜〜〜んッ!!!!)
 ある種、パニック。けれど
「ダメだ!絶対に!!」
 奇跡の生還。
「どうして?」
「それは、シャルの本心じゃない。嫌悪がわかっているのに…」
「シャルですよ、オレは。オレだって『本物の』シャルナーク」
 真っ直ぐにクロロを見つめるシャル。
「パクに言われたでしょう。今のオレは『鏡に映った本性』だと。オレは薬の力で生ま
れたんじゃなく、呼ばれたんですよ」
「シャル…」
「確かにオレは貴方が嫌いだけど…逆らいはしません。貴方が、団長である限り」
「だが…」
「なら、貴方は欲しいモノは殺してでも奪うんだから…オレの愛を盗んでみたらどうで
す?」
 挑戦的に、シャルが笑った。
「オレはね、団長」
 シャルの手がクロロの頬に伸びる。
「もう、誰もオレを見ない闇に戻るのは嫌なんです」
「!」
 クロロの心に、痛みが走る。
「どうです?悪い話じゃな―――!?」
「すまない」
 シャルの表情が驚きに染まる。強いクロロの抱擁の中で、思考さえ止まる。
「ずっと、ずっと傍に居たのに…何も気づかなかった。傍に居たのに、お前も『シャル』
なんだと思う事すらしなかった」
 勝手に呼び出して、思いに沿わぬからと消滅を願った。愛しい、想い人に。
「愛してる」
「な、何を…」
 腕から逃れようとシャルがもがく。が、クロロは強い力で放さない。
「オレは、貴方の大事なシャルじゃない…」
「シャルだよ」
 優しく、クロロが微笑む。
「愛してる。オレは魂ごと、『シャルナーク』が好きなんだ」
「オレは嫌いだ…」
「言われ慣れてる」
 ようやく腕の力を緩め、クロロは冗談めかして笑った。
「オレ、打たれ強いからな」
「――――」
 シャルはしばらくその笑顔を見て、そして深く息をついた。
「あ〜あ。気分がそがれちゃった」
 つまらなそうに腕を伸ばし、クロロを押し離す。
「シャル?」
「帰る」
「え?」
「驚いたり怯えたり、そんな反応が楽しいのに…真正面から愛を語られても面白くない」
 興ざめの面持ちで、髪をかきあげる。
「もう1人のオレの事は知らないけど…少なくともオレは」
「……!」
 シャルは明るく、どこか優しい満面の笑顔を贈っていた。
「団長のそういうトコ、大ッ嫌い」
 言葉と同時、シャルの瞼が下りる。刹那、糸を切られた人形の如く、シャルが崩れる。
「シャル!」
 慌てて、シャルを抱きとめるクロロ。
「シャル…シャル?」
「ん…」
 呼びかけに応え、ゆっくりと瞳が開かれる。
「団…長?」
 ぼんやりと、シャルは状況を把握していく。
「な、何してるんですか!!」
「わわッ」
 ガン!!!!
 背後に逆字に倒れ、頭部を思いっきり床にめり込ませるクロロ。シャルが半脱ぎ&
抱きしめられ姿に気づき、瞬時に全身でクロロを跳ね除けた為。
「セクハラですよ、変態!!!!」
「うぅ…」

 痛む頭を押さえ、シャルの前に立つ。
「シャル…?」
「何ですか?変な顔して」
「いや…」
 普段の、1週間前までのシャルだ。
 待ち望んだこの瞬間。なのに、寂しさが残るのは何故だろう。

『大ッ嫌い――――』

「ぁ……」
 クロロの頬を、涙が伝った。
「団長?団長、どうしました?」
「いや…」
「でも…」
 心配そうに、シャルが顔を覗き込む。
「シャル」
「はい」
 クロロがそっと、シャルの手を取る。
「憎んでもいい。嫌ってもいい。だから…」
 包むように、シャルを抱きしめる。
「オレの傍にいてくれ」

 何故だろう。言われ慣れたこの言葉が、これ程に嬉しい。
 抱きしめ返す腕を回して、シャルは心から微笑んだ。

「その言葉、忘れないで下さいね」

 こうして今も、成就率9割は守られていく――――。

END  

 

・後書き
 
わかってます。ちゃんと自覚してます。嗚呼…
何て中途半端な代物なんだ…ッ!!!!(悔涙)
後輩と語り合ってた時は、もっと勢いも笑いもあったハズなのに…(涙)文才無いって嫌だなぁ…。
約1ヶ月前のネタなんです。パソ壊れた時点で、半分まで出来てました。
だから、そのブランクの間に…大分薄れましたね…最初のネタと;
ホントに、ギャグにしたいのかシリアスにしたいのか、わかりませんもん(爆)
だからかあまりの中途半端さにヘコみ、完成が予定を大幅に遅れてしまいました(死)ダメ管理人…。

 女王様シャルは、別名・裏シャルでございます。
裏シリーズも、時川作品の定番なのです。(の割に、過去「レツゴー」でしかしてない)
ちなみにコレ、一時期は「裏行きちゃうか?」とまで悩みました。
 ウボォーの方が大きいのに、椅子に選ばれたのがフィンクスなのはウボォーが大きすぎたからです。
座ると高くなって手踏めないし、自分が座っても1円玉を背に乗せた程度しか感じないだろうしで、
裏シャルが全然面白くないからです。でも、椅子以外で酷い目に遇ってますけどね、ウボォー。

 ともかく、精進します…。裏シャル…また出したいなぁ…
(←オイオイ;)