「Cage」

 満月。人の狂気を露にする、魔性の刻。
 遠く澄んだ空に、月が妖しく輝いている。
 オレには、血よりも深い、緋色に見える。
 こんな夜には思い出す。

『オレと、一緒に来ないか?』

 差し伸べられた手が、オレをあの『閉じられた世界』から連れ出してくれた夜を。

−−−−−

 血の匂い。硝煙の匂い。
 オレの周囲に、散らばる躯。
 頬に付着した血を拭いながら、風を受ける。
 そこでやっと、オレは左手の不可解な重みに気づく。
 握られた長い髪。苦痛と恐怖の刻み込まれた首。
 オレが、胴と切り離してしまった。
 表情一つ変えないで、オレはソレを投げ捨てる。
 不出来なボールの様に、ソレは大地を転がっていく。

 脆い。人はこんなにも。
 つまらない。
『シャルナーク』である事に、どれだけの意味があるんだろう。

 ザァァァァ…。
 シャワーの湯が、オレを打つ。
 死の匂いには慣れたけど、それが身体にまとわりつくのは嫌いだ。
 気持ち悪い。
 嗚呼。このまま何もかも、オレごと、流れてしまえば良いのに。

 いつも考えていた。
 生…とか、死とか。
 オレはどうして生きているんだろう、とか。何の為に産まれて来たんだろう、とか。
 その為に知識を求めて、全てに答えを出そうとしたけど。

 オレには何もない。失うモノなど。
 この命だって、生を知らないオレには、何の価値もない。

 だからこの結論は、とても簡単だった。
『ああ、そうか。オレは狂ってるんだ』
 だからきっと、夢さえ見ない。

 真っ暗だ。何もかも。
 この暗闇の中、オレはずっと生きてかなきゃいけない。
 ならさっさと尽きてしまえば良い。こんな命。

−−−−−

 外の世界は、一層つまらなかった。
 それでも一つだけ、驚いた事があったけど。
 外の世界では、命の価値が違う。
 オレは『殺す事も死ぬ事も恐れるな』と教わった。
 でも外の世界では違っていた。

 
>星。

 罪人の命は、空気よりも軽いくせに。

 誘惑はいくつもあるのに、動かないオレの心。
 一層思い知らされる。
 この世界でも、オレは異質なんだと。
 オレは、ただ生きているだけの屍なんだ、と。

 いくつもの死を与え、命の終焉を間近で見る。
 殺しと暮らしが同化する中、オレは考える事を止めた。
 楽しめばいい。
 どうせ殺してしまうのだから、楽しめばいい。
 オレの能力は、そう思い込むのに向いていた。
 気まぐれな神に、オレは生かされているんだ。
 きっと身体中に、傀儡の糸が巻きついている。

 そう思ってた。
 ずっと、そうやって生きていくんだと思ってた。

 あの人の手が、オレに差し伸べられるまで。

−−−−−

 満月。オレの狂気には、月の満ち引きなんて関係ないけど。
 その夜の月は特別で、何故だかいつもより優しく見えた。
 足を伸ばし、後ろについた手に体重をかけて大地に腰掛ける。
 雲一つ無い星空を見上げながら、涼しい風をこの身に受けていた。

 ザ…ッ。
 突然の気配と足音に、オレは振り向く。
「随分と殺したみたいだな」
「誰だ…?」
 そこにいたのは、オレとさほど歳の離れていない若い男だった。
 不思議な気分だった。
 その瞳はオレを吸い込んでしまいそうな、深い色をしていた。
 オレの全てが見透かされている様な、そんな気分だった。
「知らないか?オレの名はクロロ=ルシルフル。幻影旅団の団長をしている」
「幻影旅団…?!」
 その名は知っていた。A級首の、盗賊集団。
 闇に生きる人間でなくても、知らない者はいないだろう。
「それで?その旅団の頭が何の用?」
 携帯を握りしめる。
 睨み付けたオレの視線を、彼は笑った。
「そうはやるな。お前と戦う気は無い」
「…………」
 警戒は解けない。
 心拍数が上昇していく。
 血が、身体中を激しく駆けめぐる。
「オレと来い」
「!?」
「クモに、入らないか?」
 時が止まる思いだった。
 オレの中で、『何か』に亀裂が入る音が聞こえた。
「……止めた方が良い」
 俯いて、答える。
 半ば吐き捨てて、本心からの嘘を告げた。
「どうして?」
 見透かした様に、彼が尋ねる。
「オレは狂ってるから。異質なんだ、この世界では」
 彼の顔は見えない。だけどオレには分かっていた。
 オレが顔を上げた時も、彼は微笑んでいるだろう。
「生も死もわからない。居場所なんてどこにもない」
 無いはずの心が軋む。それは、身体に受ける苦痛とはまた異なる痛み。
「オレを傍に置けば、いつか貴方は破滅する」
 俺は、土を強く握りしめる。
「だから…」
「それがどうかしたのか?」
 さえぎって、彼は言った。
 オレは思わず顔を上げて、彼の顔を見つめた。
 哀れみの破片もない、優しくも冷たい微笑み。
「狂っているのはこの世界も同じだ。異質で何が悪い?
 だからこそ、お前はオレに選ばれたんだ」
 直感した。
 この人がオレを、オレの心を開放してくれる。
 血に、熱が通っていく。
「居場所なら、オレが用意してやる」
「――――」
 涙が、頬を濡らした。
 オレの意志を振り切って、止めどなく溢れ続ける。
「もう一度聞く」
 近づく足音。
 ゆっくりと、彼の手がオレに差し伸べられる。
「オレと、一緒に来ないか?」
 彼には、俺の答えなど分かりきっていただろう。
 確信に満ちた口調が、妙に心地良かった。
「はい…」
 彼の手を、オレは両手で取った。
 目をそらさずに、精一杯笑う。
 オレはそんなに多くのモノ、持っていないけど。

「オレの全てを、貴方の為に」

−−−−−

 心を見つけた。
 あの人が、鍵を壊してくれたから。
 オレが忘れて、閉じ込めてしまった心。

 もう、大丈夫。

「あっ…ん、ぁ…ぅ」
 強く抱きしめる。
 純白の世界の中で、貴方に抱かれる。
「団長…ッ」
 視線が重なる。
 貴方の瞳に、オレを見る。
「あ…」
 口唇を重ねる。快い息苦しさ。
「団長…ッ。ん…」
 愛しい腕の中。
 貴方の全てが、オレを支配する。
「綺麗に…彫り上がったな」
 蜘蛛のイレズミ。
 一番に、貴方に見てもらいたかったモノ。
「はい…」
 その胸に、顔をうずめる。
 オレの全てを、彼の身に委ねる。
 このイレズミにかけて、貴方に誓う。

 オレは、貴方の手足となる為に生きていく。

「うぅッ…、ぁ、だ…んちょ…う……」
 貴方の重みを、この身に感じる。
 微笑む。
「シャル…」
 優しい口づけ。
 オレは、精一杯抱きしめる。
 貴方の首に、腕を回して。

 知っています。
 貴方が、オレを『手足』としてしか愛していない事。
 知っていて、それでも。

 それでもオレは………

 貴方がいないと、生きてはいけない。

 『閉じられた世界』から、オレを連れ去って下さい。
 オレは、決して後悔しないから。

「シャル…起きたのか?」
 開いたオレの目を見て、団長が微笑む。
 上半身を起こして、オレを見下ろしている。
 夜が、明けてしまった。
 オレも半身を起こす。
「シャル……?」
 そして、団長を抱きしめる。
「しばらく…このままでいさせて下さい」
 抱きしめ返してくれる腕が切ない。
 オレの『狂い』を受け止めてくれる、貴方が嬉しい。

「団長………」

−−−−−

 相変わらず、オレは夢を見ない。
 でも良い。
 あの人が、代わりに夢を見てくれるから。

 思えばあの時、あの満月の夜に、
 オレは、あの人の巣にかかってしまったんだ。
 そうしてサナギの様に糸に包まれ、クモへとそっと生まれ変わった。

 オレの周りには、ますます血と屍が増えたけど。

 傀儡の糸を断ち切って、強固な鎖でオレを繋いで。
 神など信じていないけど、貴方は信じられる。
 貴方は神よりも気まぐれで、悪戯なくせに、……あたたかい。

 だから、貴方に望むモノ全てを捧げたい。
 だって貴方は、唯一確かな、

 オレの『絶対』。

 ザ…ッ。
 愛しい気配と足音に、オレは振り向く。
「確かこんな夜だったな、お前をスカウトしたのは」
 愛しい声。自然と浮かぶ、心からの微笑み。
「そうですね」
 オレは、団長への傍へと踏み出した。

 どうか、この鎖の端を握るのが、貴方でありますように。

END



・後書き
 
どうでした?何がって、アノ描写。あれくらいならOKだろと思うのですが;
だってTV22時台で放送可能でしょう、楽勝で。
「失楽園」(古ッ)に比べれば何てことないです。(必死のフォロー;)

 タイトル「Cage」は鬼束ちひろさんの曲からです。
店でこの曲(アルバム)を視聴した時、パッと思い浮かんできて。
だから「Cage」聴きながら読むと、少しはこのダメ文が良く見えてきます。多分;
 
シャルの脆さと、団長への痛みを伴う想い。少しでも出せてたら幸いです。
 でもコレ、一応頑張ればシャルが何番でもOKな話にしたつもりですが、
かなり『シャル=8番』的。コレで違ってたら恥ずかしい事、恥ずかしい事;
(外れてました…。く、くそう/笑)

 ちなみに前半は『漆黒の世界』というイメージで、団長の手を取ってからの後半が、
『純粋な白の世界』というイメージです。ただそれだけの背景。
 他のSSより列の文字数が少ないのも、ワザとだったり…。
 後、団長が現れる途中と最後の表現は、対比になってます。
『突然』から『愛しい』へと変わっていった訳なのです、シャルの団長への想いが。

 でも団シャルはやっぱイイです
大人の世界って感じで。
これからも書いてみようかな、団シャルのシリアス…。(ネタが思いつけば;)