「2人のアカボシ」 無数にも思える、色々の光に彩られた電飾街。 そんな光景を一望できる、既に主を失った建築物の屋上際に、幼い子供がちょこん、 と座っている。 「シャルー」 足元で声がした。 見ると、近い年頃の少年が砕けた窓の枠に足をかけ、次の階の枠へ…を繰り返して、 屋上へと軽い身のこなしで駆け上ってくる。 「シャル」 黒髪を揺らして、明るい笑顔でシャルの隣に降り立つ。 「そろそろ帰って来いって。夜は子供だけじゃ怪しまれるからって」 自分を連れ戻しに来た少年を、ゆっくりと首を動かして視界に入れる。 「なら、もっとちゃんと連れ戻しに来てよ」 「え?何か変な服着てるか?」 「違うよ。パンとかお菓子とかジュースとか大量に持って来てさぁ。絶対、連れ帰る気 ないじゃないか。どこから盗って来たのさ?」 呆れて、シャルは再び街に視線を戻す。 「近くのデパ地下から。だって、別に帰らなくても怒られる訳じゃないから…いいかな、 と。どうせ日が変わる前には帰るんだし」 悪戯に笑って、シャルと同じ様に足を際から投げ出して座る。 「それはわかるけど…やっぱり盗って来すぎ。こんなにも、とても食べきれないよ。ク ロロさ、“限度”ってものを知らないの?」 「いいじゃないか。ほら、“大は小を兼ねる”って言うだろ。余ったら、土産にでも」 言い訳するクロロの傍らにある袋を取って、中身を確認するシャル。 「けどコレ、大半が賞味期限…今日なんだけど」 「うぅ」 「賞味期限が先の物から盗れって、いつも言ってるのに!生菓子も多いし!」 「うぅぅ」 「大体、就寝3時間前は食べちゃダメなんだよ!?これでオレが太ったら、どうしてくれ るのさ!!」 「うぅぅぅ」 シャルに責められ、小さく気まずくなっていくクロロ。 「ホンット、クロロは注意不足だなぁ、もう」 「わ、わかったよ…。シャルが食べきれなくなった分は、オレが食べるよ…」 落ち込む。 「別にそこまでしなくていいよ。賞味期限は2、3日過ぎても平気だし。食べるのがオ レじゃなきゃいいから。……フィンクスにでも持って行けば?」 さらりと酷い事。 「わかった、そうする」 シャルの言葉に安心したのか、クロロが笑顔を取り戻す。 「それで、シャル」 「ん?」 「何を見てるんだ?」 「夜景」 簡潔に答える。 「夜景?何でまた?」 「…何だかさ、人生ってこんな感じなのかなーって」 「人生?」 あまりに予想外の答えに、クロロの声が上ずってしまう。 「皆の前で、着いたり消えたり」 「ああ、なるほど」 足をぶらぶらさせながら、シャルはぼんやりと、大きな瞳に街の光を映す。 「そりゃ、全部の光が万人に気付かれる訳じゃないって、わかってるけど。でも…必ず、 誰かは気付いてくれる。必ず、誰かに存在を認識してもらえる」 「…シャル、何か…あったのか?」 明らかに常時と違う様子に、クロロが首を傾げる。 「…………」 シャルは、答えなかった。 「シャル…?」 「オレ、この世に存在してないんだって」 「…ああ」 やっと、クロロは飲み込めた。 そう言えば、シャルはまだ“流星街”の事を知らなかった。 誰から聞いたのかは知らない。知ったところで、どうなるものでもない。どの道、い つかはわかる事だったのだから。 「だから、夜は子供だけで出歩いちゃダメなんだ。怪しまれて、ケーサツとかに補導さ れたら、存在してない人間だってバレちゃうから」 「元々、外に出る行為自体が良く思われてないからな。子供は特に」 「クロロは…知ってたんだよね」 「ああ」 「何で教えてくれなかったの?」 「まだ…知らない方が良いと思った」 それは本心だった。シャルは特に、悩むと哲学を思わせるほど深みにはまって行く傾 向があったから。それこそ、アリジゴク。 「そんなのズルイ」 スネた表情で、シャルは言い返す。 「何も知らないなんて嫌だ。今まで、周囲の環境の違いとか色々…不思議に思った事は あったけど、個人を取り巻く環境が平等じゃないのは当然だから仕方ないのかなって、 勝手にわかったつもりになって、結局……何もわかってなかった。自分の生まれた街の 事も、自分の事も」 「自分の事なんて誰もわからない。オレだって、よくわからない。お前の自分への認識 に、“流星街”の事が加わった程度だ」 クロロにとってそれは、自分でも、驚くほど優しい声だった。シャルの手を取って、 握る。 「存在してる。な、オレもシャルもちゃんと」 「それは同じ“流星街”同士の人間だからじゃないか」 クロロの手が振り払われる。 「ユーレイと一緒でしょ?いない者同士だからわかるだけだよ」 シャルの瞳には、涙が浮かんでいた。 「オレは生まれてもないし、死ぬ事もない。誰も…オレの事なんか知らない」 「……嫌、か?」 質問した後で、クロロは気付く。 嫌に決まっている。だからシャルは泣いているのに。 全くバカな質問だ。どうかしている。 「……わかんない」 シャルは、またクロロの予想に反した返事した。 「嫌な奴、多いから。そんな奴らの中には、オレの存在なんかなくていい」 「あー、嫌われてるからな、オレたち」 わずかに苦笑するクロロ。 流星街と一口に言っても、全住民が仲良く協調しながら暮らしてる訳ではない。特 異な価値観の中、更に複雑に意見・思想が異なり、いくつかの群落に別れている。 その中で特によく思われていないのが、彼らの群落。 「流星街でも外の世界でも、オレの存在って…どこにもない」 「シャル…」 言葉につまる。己の時はどうだったか。周囲の彼らは、どうだったと言っていたか。 「えっと、その…」 存在がない。 簡単な一言だが、子供にとっては鋭利な刃物より凶器かもしれない。 次の言葉は、どうしよう。クロロが記憶を探っても、模範解答などあるはずもない。 「は、犯罪者になっても足がつかないという利点が」 「犯罪者以外になりたくなったら、どうするの?」 「……自費出版…」 「本とかの場合はね」 もっともなツッコミに、返す言葉もないクロロ。 「…もういいよ。もう、いい…」 シャルは再び、ぼんやりと街の灯火に瞳を向けた。 「もういい訳ないだろ」 心配を込めて、シャルに声をかける。 「シャルがそう言う時は、いつもそうだ」 「…………」 「ほら」 もう1度、シャルの手を両手で握る。 「存在してる。いない者同士でもいいじゃないか。こうして温かいのがわかって、相 手の言動や気持ちに左右されてみたりって…やっぱり、互いの中に互いが存在してる からだと思う」 クロロは、明るく笑った。 「そりゃ、自分は周囲の人間が見えて、何喋ってるか聞こえて、触れられるのに、周 囲の人間には自分が空気みたいに透明だって言うなら、オレも相当ショックだけど」 シャルは複雑そうな顔をして、でも今度は手を振り払わないままだった。 「皆いる。外の世界の制度に縛られる必要なんてない。それで、シャルの何かが変わる 訳じゃないだろ?」 「でも…」 握られている己の手に視線を落として、シャルはつぶやく。 「でも、じゃあ、オレの居場所は流星街だけ?」 「え?」 シャルの手が、クロロの手からすり抜ける。 「オレの居場所は、あんな小さな地域だけなの?ずっと、これから死ぬまでず〜っと あそこで生きていかなきゃならないの?」 両手で顔を多い、酷くうつむく。 「そんなの嫌だ…ッ」 「シャル…」 小さな街の小さな地域。 世界から見捨てられ、世界から利用され、それでも世界にすがり続ける愚かな街。 「オレの隣にいろよ」 なだめる様に、その綺麗な髪を撫でながら。 「ずっとさ、オレの隣に。オレの隣を、居場所にすればいい」 「……?」 両手を離し、意味を量ろうとしてクロロの顔を見上げるシャル。 「そうしたらさ、あの街で過ごそうと外のどんな国に行こうと、同じだろ?」 「えー…」 「嫌?」 「うん」 シャルははっきりうなずいた。 「だって、2人で生きてくって事でしょ?オレ、あまり物事知らないし、出来る事少 ないし…。クロロに頼ってばっかりなの…嫌だよ」 「なら、勉強すればいいじゃないか。本とかたくさん読んで」 「無理だよ…。クロロ、今までだってたくさん読んでるじゃない。今更オレが読み始 めたって、知識とか追いつかないよ…」 「そんな事ないぞ」 シャルの頭を撫で続けながら、クロロは何度も笑いかける。 「オレの読む本は物語とかも割合多いけど、シャルは専門書とかの方が好きだろ?そ れに、オレよりシャルの方が手先が器用だ。オレが苦手でもシャルが得意な事とか、 その逆があった時は、助け合えばいい」 「だけど、オレもクロロも、2人とも苦手な時は?」 「そしたらそれが得意な奴に、助けてもらおう」 「他人は信用できない」 「じゃ、オレも信用できない?オレだって他人だろ」 「う…」 言葉につまるシャル。 「…他人でも、クロロは信用できるよ。ずっと、一緒だったし」 「オレだけ?他には?」 「ウボォーとかパクとかフェイタンとかフランクリンとかマチとか…。でも、ノブナ ガとフィンクスは…いつもオレをからかうから信用しない。特にフィンクス」 「あはは!確かにな。はははッ」 「笑い事じゃないよぉ」 顔をわずかに赤くして、シャルが頬を膨らませる。 「けど、これで納得したろ」 「ううん。…後さ」 「ん?」 上目で、恥ずかしそうに。 「離れた時は?一緒に、いられない時は?」 「簡単、簡単」 「?…わわッ」 クロロが、両腕でシャルを抱き寄せる。 「ちょちょちょっと…」 腕をバタつかせ、シャルが困惑する。 「危ないって、こんな場所じゃ」 「う」 急に抱き寄せられたらしょうがないと思いつつ、クロロの指摘の正当さに宙で腕を 止め、そのままにさせる。 その様子に、クロロは声を抑えて笑った。 「…こうして」 クロロは抱きしめたまま、囁く。 「互いの声、温度、感触、香り…その他全部、記憶すればいいんだ。離れてる時は、 その記憶を思い出せばいい。一生離れる訳でもないし、いざとなったら電話もある」 「でも…」 まだシャルは引きずって、振り切れていない様子だった。 「あのさ、シャル」 「何?」 「“流星街”の由来…って、知ってるか?」 「え?」 唐突な問いに、シャルが瞳を丸くする。 「知らない」 1言、シャルが答える。 「昔はもっとどうでもいい様な、記号みたいな名前だったんだって」 「うん」 「色々あって、一般の奴らが気付くより先にマフィアに目をつけられて…様々な物資 が届けられる事になったんだ」 「届けられる…と言うより、落とされる、の方が合ってると思うけど」 場所も考えず、廃棄物に混じって物資が落ちてくる光景を思い出しながら、シャル は素直に言う。 「確かに…間違ってはないが」 クロロが苦い笑いを零す。 「それで、初めて物資が落ちてきた夜。それを流れ星と見間違えた子供がいたらしい」 「え〜〜〜。あれが?その子、目悪いんじゃない」 腕でクロロを離し、身体を起こして、納得いかないと訴える。 「オレたちより更に小さい子供だったみたいだぞ。第一、その当時は今よりもっと最 悪な暮らしだったそうだから、仕方ないだろ」 「今より…」 想像して、シャルは思わず嫌悪に顔を歪ませてしまう。 「まぁ、脚色された、聞こえのいい子守話だろうけど。とにかく、それが始まりだと 言われてる。きっと希望だったんだろうな」 「希望?…にしては物騒だよ、正体」 「それでも、その子にとっては希望だったんだ」 願いを叶える、刹那の煌めき。 例えその正体が、希望とは真逆の存在だっとしても。 「重要なのは、希望を信じられる事」 「?」 「何に希望を見出せるかが大切なんだよ、きっと」 「……よく、わからない…」 「何でもいいんだよ。今のシャルみたいに悩んでる時、頑張ろうって思えるものなら」 余計に悩むシャル。 「1つじゃなくてもいいんだって。だから、シャル、それもオレにしよう」 「え?」 「離れていても、声が聞こえなくても、思い出すだけで頑張れるって存在を、互いに 互いを選び合おう。多くの内の、1つでいいからさ」 「…クロロにとっても、オレが希望?」 「うん。シャルの笑顔、好きだし」 あっさりと認めたクロロに、反対にシャルが恥ずかしくなる。 「何か…プロポーズみたい。隣にいろとか、希望だとか」 「じゃあ、プロポーズでいい」 「じゃあって…!!」 「シャルが元気になるなら、それでいい」 いとも簡単に、クロロは言ってのける。 「シャルを大切だって思ってるし、1人で落ち込んで欲しくない。あ、皆も同じ事を 思ってるよ」 心からの本心を、笑顔に重ねる。 「だから、全部オレにしよう。ずっとオレの隣で、オレの事を考えて。オレもそうす るから」 「…………本当に?」 顔を真っ赤に染めて、 「本当に、傍にいてくれる?何度、落ち込んでも…見捨てずに慰めてくれる?」 「うん。その代わり、オレの面倒は頼むな。不摂生みたいだから」 「うん…」 いつしか、シャルはクロロの服の裾を握っていた。 「そうする」 安堵の混じった声が、クロロの耳にも届く。 「ああ」 クロロは嬉しそうにうなずく。 その笑顔に一層、シャルは照れてしまう。 「じゃ、約束して」 小さな小指を、クロロに差し出す。 差し出した方も、差し出された方も、軽い息苦しさを感じていた。 「約束」 2人の小指が、しっかりと結ばれる。 「…あ、あの、ね…」 「ん?」 あまり恥ずかしさにうつむいていたシャルが、しっかりと顔を上げ、真っ直ぐな瞳で クロロを捕える。 「ありがとう」 満面の、待ち望んでいた笑顔がようやく、漆黒の瞳に映った瞬間だった。 |
それから長い時が過ぎ――――― 「団長!!本ばっかり読んでないで、片付けて下さい!!片付け!!!!」 「ししししてるさ!!」 シャルの怒声にタジタジになりながら、必死で逃げ道を考えるクロロ。 「嘘ばっかり!!さっきから本読んで、紅茶飲んで、くつろいで!!部屋の片付け、ちっと も進まないじゃないですかッ!!!!」 「いやいや、そのッ、いる本・いらない本を分別する為に読んでるだけであって…」 「言い訳しないッ!!!!」 クロロの脳を揺さぶる勢いで、声が響いた。 「あぁぁぁ…」 耳を押さえて、その場に両膝ついてクロロが悶える。 「む、昔は控えめで純粋で素直で臆病で優しくて無邪気で可愛かったのに…」 嗚呼、あの頃は良かった。 「ふぅん」 「う」 シャルがかがんだ為に、その顔が目の前に。 「“面倒は頼むな”って言っておきながら、そんな事を言うのはこの口ですか〜!?」 「いひゃい、いひゃい!ヒャル、わ、わるひゃったひゃら!!」 両の頬を引っ張られ、伸ばされ、情けなく謝るクロロ。 「じゃあ、真面目に片付けますね?」 「ひゅる、ひゅる。まひめにひゅる」 「良かった」 にこりvと笑って、シャルは手を離した。 「うぅ…」 痛む頬を何度も擦る。涙浮かべて。 「いい大人が、しかも幻影旅団長がこれくらいの事で…」 「いくらお前とは言え、旅団員の力で引っ張られて痛くない訳があると思うか…?」 まだ苦痛に襲われ続けているらしい。涙声だ。 「もう…」 1つ息をついて、微かに赤く腫れたクロロの頬を撫でてやる。 「シャル…?怒ってたんじゃ…」 「不摂生だと言うのは、宣告済みでしたしね。訴えても、オレが負けちゃう」 優しく、微笑む。でも少しだけ、意地悪に。 そして 「だから、…仕方ないから」 あの約束は未だ、 「ずっと、隣にいるでしょう――――?」 決して破られる事なく続いているのであった。 END ☆ |
・後書き 久々のSS。だけど駄文;恐ろしいほどに; 文才って…どこかバラ売りしてないものですかね?(←オイ;) 今回、タイトルには悩みました。「2人のアカボシ」なのは、個人的に好きだから。 ただ歌詞が全然違うんで…内容と…。なので、せめて仮タイトルにしとこうと思い、↓の会話を。 時川「弟よ。好きな唄でタイトルがまともなモノは何?」 弟「じゃあ「愛のうた」はダメか…。キンモクセイとか」 時川「お前も「2人のアカボシ」!?でも、歌詞が内容とね;あれは離れる唄だし」 弟「…いや、よくわかんないけど、適当に言っただけ」←音楽界興味0 …とまぁ、こんな感じです。適当姉弟;そして2人とも現在受験生。いいのか; ちなみにこの話は、以前書いた「イノセンス」より更に数年前の設定です。6、7歳くらい? 1番悩んだのは言葉遣い。子供!ってのも似合わないし、大人すぎるのも合わないし。 だから納得いかなかったり。まぁ、旅団だし;で済ませてみました;子供くせにラブラブv(?)でも。 後、勝手に“流星街”の由来などを語ってみたり。書いた本人が体温上げてましたが、OKですか?アレ; それと、フィンクスが何故か酷い言われようでしたが、あれは自業自得です(笑) 多分、フェイ&フランクリン以外の男性陣はからかってると思います。騙したりもしてそうです。 でもウボォーが信用されてるのは、奴はアフターケアがイイからですv フィンクスは、パクとかに怒られない限り謝りそうにないし。ノブナガも。 信用できる人、他にもたくさん(他の初代旅団員とか)いそうですが、名前知りませんからねー。 久しぶりの後書きなので、恐ろしく思いつくまま長々です;こんな奴でも、見捨てないで下さいね; |